初詣
名前変換
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
家でダラダラと正月休みを満喫していると、スマホにメッセージの通知が入ったので手に取る。画面には月島基、と表示されていて、私はドキリとしながらロックを開いた。月島さんから個人的に連絡だなんて、私は年末に何かミスでもしていただろうか。嫌な予感が広がるのを感じながら文を読むと、想像とは全く違う内容が目に飛び込んでくる。
あけましておめでとう。
休みの間、もし空いている日があれば初詣に行かないか。
「初詣…?なんで…?」
私と月島さんは、決して仲は悪くない。むしろ色々助けてもらう場面もあるし、恐ろしく仕事が出来る人なので頼りにしている。厳格なので怖がる人もいるが、私はそんな風には感じていなかった。同僚の子にそれを言うと、悪い人じゃないけどちょっと堅いよね、というような意見が多く、私は少数派らしい。しかし個人的に初詣へ行くような間柄では無く、何故このような誘いが来るのか不思議に思う。もしかして鶴見部長や鯉登さん、宇佐美や二階堂あたりも誘っているのかと考えて聞いてみたが、俺とお前だけだ、とシンプルな返信が返ってきた。つまり二人ということか。気まずくならないか不安にはなったが、あの冷静沈着な月島さんの普段の姿には興味が湧いたのと、一人で家にいても無為に時間を過ごすことは分かっている。私は 分かりました、と返事をするとスケジュールを確認して文字を打ち込んだ。
お昼前、待ち合わせの駅につくとホームの外に出た。よく晴れて空気は冷たく、お正月らしい澄んだ雰囲気が心地よい。待合せより少し早く着いたので時間を潰そうとスマホを取り出した時、ミョウジ、と声をかけられた。
「月島さん。あけましておめでとうございます。もう着いてたんですね」
「あけましておめでとう。まあな、俺が誘っておいて待たせる訳にはいかないだろう」
月島さんはコートにマフラーを巻いた姿で、手には小ぶりの白い紙袋を持っていた。行くぞ、と声をかけられて私は彼の隣を歩く。神社までの道すがら、甘酒を売っている店を見かけてチラリと見やると、月島さんに 飲むか?と問いかけられた。
「いえ、大丈夫です」
「…今日は冷えるし、温まった方がいいだろう。遠慮するな」
そう言うと、月島さんは売店に向かっていき、湯気の立つ紙コップを二つ持って戻ってきた。一つを差し出され、私は恐縮しながら熱いコップを受け取る。ゆらゆら揺れる白い湯気と、甘い香りがふんわりと漂った。お金を支払おうとすると、月島さんは これくらい気にするな、と言って紙コップに口をつける。
「すみません、頂きます」
優しい甘味に生姜がきいて美味しい。会社でしか顔を合わせない人と、こうして新年に連れ立って甘酒を啜っているのは不思議だった。月島さんも甘酒とか飲むんだな、と真顔の横顔を盗み見ながら思う。やがて人通りも増えてきて、人にぶつからないよう避けていると私たちの距離は少しずつ近づき、たまに腕の辺りが一瞬触れ合っては離れた。
「温まったか」
「はい、美味しかったです。神社見えてきましたね」
月島さんは そうだな、と言うと、私の空になった紙コップを見やって手を差し出した。
「捨てて来てやるから貸せ」
私が断る間もなく、月島さんは紙コップをもぎ取ると近くにあったゴミ箱へ捨てた。私生活でもこんなに気が利くとは、月島さんは隙のない人だ。
「月島さん、本当に気配り上手ですね。仕事みたいに完璧です」
「……仕事みたい、か」
月島さんはそう言って少し笑ったが、それには僅かに寂しさが宿っているように思われて、不思議と私の心に余韻を残した。私は今、この人を傷つけたのだろうか。一体どうして。やがて現れた神社の鳥居を潜ると、石が敷き詰められた境内をじゃりじゃりと音を立てながら歩き、手水舎に立ち寄ってから参拝する。
「あ、5円玉2枚あります。さっきのお礼と言っては何ですけど、どうぞ」
「そうか?俺は別に礼なんていいが……使わせてもらおう」
チャリンと音がして、私達が入れたお賽銭が箱の中に消えていく。私は手を合わせると、目をつぶって祈った。今年一年、幸せなことがたくさんありますように。うっすら目を開けて月島さんを横目に見ると、彼はまだ目を瞑って祈っている。月島さんが願掛けなど意外だと考えていたら、彼はゆっくりと目を開けてこちらを見た。視線が合うと、月島さんはすぐに目を逸らした。私達はそそくさと社を後にすると、再び鳥居を潜って外へ出た。
「昼時だし飯でも行くか」
「いいですね、お店調べてみます」
「……お、ここ評価いいぞ。新年も開いてるな。ミョウジ、蕎麦でもいいか?」
「はい、好きです」
「よし、決まりだな」
月島さんは物凄いスピードで高評価のお店を選び取ると、地図を見ながら歩き出した。真剣に画面を見ながら移動しているので会話は大してないのだが、苦痛ではない。無骨な人差し指が、画面を動かしているのが見える。やがて蕎麦屋の暖簾が見えて来ると、月島さんは足を止めて中へ入った。向かい合わせの席に通されると、月島さんは早速お品書きを手渡してくれてそれぞれ注文する。店内に設置されたテレビからはお正月特番の音声が聞こえて、のんびりとした雰囲気が漂った。
「……土産だ」
月島さんはお冷を飲んだ後、持っていた紙袋を私に差し出した。受け取って中を見てみると、いごねりと書かれたコンニャクのようなものが入っている。
「ありがとうございます。佐渡ですか?」
パッケージに目をやりながら問うと、月島さんは頷いた。
「正月に帰ってたからな。俺の地元ではえごねりと呼んでるが……薬味乗せて食うとうまいぞ」
「そうなんですか、ありがとうございます。今夜早速食べてみますね。……なんだか、今日は色々とすみません」
「いや、俺の方こそ……新年早々声をかけてすまない。…俺なんかと初詣行っても、楽しくないだろうに」
そう言った月島さんは、また少し寂しそうな顔になった。そんな事ない、そんな顔しなくていいのに。月島さんに笑って欲しい。そんな思いがふつふつと湧いて出て、私は急いで口を開いた。
「……楽しかったですよ。あと、今も楽しいです」
え、と月島さんが意外そうな顔をした時、お待たせしましたーと蕎麦が運ばれて来た。出汁の香りが食欲をそそる。月島さんは 頂きます、と言うとパキンと割り箸を割り、ずずずっと蕎麦を啜ってから小皿に乗せられたわさびを足して、ネギをパラパラとかけた。私は蕎麦を咀嚼しつつ、前に座る月島さんに意識が引っ張られるのを感じる。すると、彼は突然指を眉間にあてがって顔をしかめた。
「わさび入れすぎた」
私は思わず笑ってしまう。それを見ていた月島さんも、次第に頬を緩めると そんなに笑うな、と言って私を見返した。彼の温かな表情に、なんだか心がじんわりと温まるのを感じる。
「ふふふ、やっぱり楽しい」
私は再び蕎麦を啜ると、噛みながら月島さんの方を見た。目が合ったとき、彼はふいにぐっと唇を結ぶと、箸を置いて私をじっと見つめた。
「好きだ」
私は目が点になって、とにかく口の中の蕎麦を飲み込むと、え?と問いかける。
「お前のことが好きだ」
私が呆然としていると、月島さんはハッと我に帰って箸を掴み、再び蕎麦を啜る。お正月特番のCMが、初売り情報を伝えるのをぼんやりと聞きながら、私ものろのろと箸を掴むとひたすら蕎麦を口に運ぶ。今のは一体なんだったのか。私は告白されたのか。そんな事をぐるぐる考えているので、最早味など分かりもしない。私達は無言で蕎麦を食べ終えると、月島さんは苦々しい顔で すまん、と言った。
「……急に悪かった。今のは忘れてくれ」
そう言うと、ガタンと椅子から立ち上がりお会計に向かったので、私も慌てて立ち上がると月島さんの後に続いた。外に出ると私達は当てもなく街を歩く。閉まったシャッターに、謹賀新年と書かれたポスターが貼られたお店、お正月飾りがつけられた賑やかなスーパーなんかを通り過ぎていく。隣を黙々と歩いていた月島さんは、やがて私の方を見た。普段の冷静な目の奥に、揺らめく熱が宿っているのを感じて私はにわかに緊張を覚える。なんだろう、この心の奥へ届く感じは。
「……少しいいか」
はい、と私が返事をすると、月島さんは近くにあった人気の無い小さな公園に入り、古びたベンチに二人で腰掛ける。少しの間の後に、月島さんはゆっくりと口を開いた。
「……俺なんかの気持ちが迷惑なのは分かってる。あんなこと言ってお前を困らせるつもりは無かったんだが……とにかく、忘れて欲しい」
月島さんは猛烈に後悔しているらしかった。私はそんな横顔を見ていると、次第に胸が締め付けられる。
「迷惑なんかじゃありません。びっくりはしましたけど……そんな事言わないで下さい」
「…… ミョウジは優しいからな」
そう言って、月島はさんはひっそりと笑った。私はその顔を見ると居ても立っても居られなくなって、でもどうしたらいいのか分からずにもどかしくなる。
「そんなのじゃありません。私…私は」
ぴったりの言葉が見つからずに、しかし想いは溢れそうになって月島さんの顔を見た時だった。急に引き寄せられて息が苦しい。彼の力強い腕が私をしっかりと包み込んでいて、突然の出来事に驚く。
「ずっとお前の事が好きだった。初めて見た時から」
耳元で、感情を抑えたような月島さんの声が聞こえる。いつも冷静な彼が伝える言葉は、私の心に火を灯すほどの熱い温度を持っていた。こんなに真っ直ぐ、愛を伝えられたのは初めてだった。
「俺の隣にいてくれないか」
月島さんが本気で言っているのが分かる。力が込められた腕、コート越しに感じる彼の体温。私は心の奥が揺さぶられるのを感じて、はい、と返事をした。きっと今日のことは、私の宝物になると思いながら。
「本当にいいのか?」
月島さんは腕を解くと、私の顔をまじまじと覗き込んで言った。頷いて見せると、彼はほっとしたように笑う。会社では決して見せない表情に、私は胸が高鳴るのを感じた。……いや、よく考えれば、月島さんは私と話す時、たまにこんな風に笑っていた。出社して顔を合わせたエレベーターの中や、資料を手渡した時、残業終わりの人もまばらなオフィス。そんなときにほんの一瞬見せる笑顔は、彼の気持ちの現れだったのだ。
「……早速お礼参りに行かないとな」
「なんのですか?」
「今願いが叶ったから」
そう言うと、月島さんはベンチから立ち上がる。私は彼の願い事が分かって顔が火照るのを感じながら後に続いた。
「……じゃあ、お礼参りに行ってそのあとスーパーに行きましょう。えごねりの食べ方、教えてください」
隣を歩く月島さんは、ああ、と頷くと無言で私の手を取る。温かい手に、冬の寒さも溶けそうだ。
おわり
あけましておめでとう。
休みの間、もし空いている日があれば初詣に行かないか。
「初詣…?なんで…?」
私と月島さんは、決して仲は悪くない。むしろ色々助けてもらう場面もあるし、恐ろしく仕事が出来る人なので頼りにしている。厳格なので怖がる人もいるが、私はそんな風には感じていなかった。同僚の子にそれを言うと、悪い人じゃないけどちょっと堅いよね、というような意見が多く、私は少数派らしい。しかし個人的に初詣へ行くような間柄では無く、何故このような誘いが来るのか不思議に思う。もしかして鶴見部長や鯉登さん、宇佐美や二階堂あたりも誘っているのかと考えて聞いてみたが、俺とお前だけだ、とシンプルな返信が返ってきた。つまり二人ということか。気まずくならないか不安にはなったが、あの冷静沈着な月島さんの普段の姿には興味が湧いたのと、一人で家にいても無為に時間を過ごすことは分かっている。私は 分かりました、と返事をするとスケジュールを確認して文字を打ち込んだ。
お昼前、待ち合わせの駅につくとホームの外に出た。よく晴れて空気は冷たく、お正月らしい澄んだ雰囲気が心地よい。待合せより少し早く着いたので時間を潰そうとスマホを取り出した時、ミョウジ、と声をかけられた。
「月島さん。あけましておめでとうございます。もう着いてたんですね」
「あけましておめでとう。まあな、俺が誘っておいて待たせる訳にはいかないだろう」
月島さんはコートにマフラーを巻いた姿で、手には小ぶりの白い紙袋を持っていた。行くぞ、と声をかけられて私は彼の隣を歩く。神社までの道すがら、甘酒を売っている店を見かけてチラリと見やると、月島さんに 飲むか?と問いかけられた。
「いえ、大丈夫です」
「…今日は冷えるし、温まった方がいいだろう。遠慮するな」
そう言うと、月島さんは売店に向かっていき、湯気の立つ紙コップを二つ持って戻ってきた。一つを差し出され、私は恐縮しながら熱いコップを受け取る。ゆらゆら揺れる白い湯気と、甘い香りがふんわりと漂った。お金を支払おうとすると、月島さんは これくらい気にするな、と言って紙コップに口をつける。
「すみません、頂きます」
優しい甘味に生姜がきいて美味しい。会社でしか顔を合わせない人と、こうして新年に連れ立って甘酒を啜っているのは不思議だった。月島さんも甘酒とか飲むんだな、と真顔の横顔を盗み見ながら思う。やがて人通りも増えてきて、人にぶつからないよう避けていると私たちの距離は少しずつ近づき、たまに腕の辺りが一瞬触れ合っては離れた。
「温まったか」
「はい、美味しかったです。神社見えてきましたね」
月島さんは そうだな、と言うと、私の空になった紙コップを見やって手を差し出した。
「捨てて来てやるから貸せ」
私が断る間もなく、月島さんは紙コップをもぎ取ると近くにあったゴミ箱へ捨てた。私生活でもこんなに気が利くとは、月島さんは隙のない人だ。
「月島さん、本当に気配り上手ですね。仕事みたいに完璧です」
「……仕事みたい、か」
月島さんはそう言って少し笑ったが、それには僅かに寂しさが宿っているように思われて、不思議と私の心に余韻を残した。私は今、この人を傷つけたのだろうか。一体どうして。やがて現れた神社の鳥居を潜ると、石が敷き詰められた境内をじゃりじゃりと音を立てながら歩き、手水舎に立ち寄ってから参拝する。
「あ、5円玉2枚あります。さっきのお礼と言っては何ですけど、どうぞ」
「そうか?俺は別に礼なんていいが……使わせてもらおう」
チャリンと音がして、私達が入れたお賽銭が箱の中に消えていく。私は手を合わせると、目をつぶって祈った。今年一年、幸せなことがたくさんありますように。うっすら目を開けて月島さんを横目に見ると、彼はまだ目を瞑って祈っている。月島さんが願掛けなど意外だと考えていたら、彼はゆっくりと目を開けてこちらを見た。視線が合うと、月島さんはすぐに目を逸らした。私達はそそくさと社を後にすると、再び鳥居を潜って外へ出た。
「昼時だし飯でも行くか」
「いいですね、お店調べてみます」
「……お、ここ評価いいぞ。新年も開いてるな。ミョウジ、蕎麦でもいいか?」
「はい、好きです」
「よし、決まりだな」
月島さんは物凄いスピードで高評価のお店を選び取ると、地図を見ながら歩き出した。真剣に画面を見ながら移動しているので会話は大してないのだが、苦痛ではない。無骨な人差し指が、画面を動かしているのが見える。やがて蕎麦屋の暖簾が見えて来ると、月島さんは足を止めて中へ入った。向かい合わせの席に通されると、月島さんは早速お品書きを手渡してくれてそれぞれ注文する。店内に設置されたテレビからはお正月特番の音声が聞こえて、のんびりとした雰囲気が漂った。
「……土産だ」
月島さんはお冷を飲んだ後、持っていた紙袋を私に差し出した。受け取って中を見てみると、いごねりと書かれたコンニャクのようなものが入っている。
「ありがとうございます。佐渡ですか?」
パッケージに目をやりながら問うと、月島さんは頷いた。
「正月に帰ってたからな。俺の地元ではえごねりと呼んでるが……薬味乗せて食うとうまいぞ」
「そうなんですか、ありがとうございます。今夜早速食べてみますね。……なんだか、今日は色々とすみません」
「いや、俺の方こそ……新年早々声をかけてすまない。…俺なんかと初詣行っても、楽しくないだろうに」
そう言った月島さんは、また少し寂しそうな顔になった。そんな事ない、そんな顔しなくていいのに。月島さんに笑って欲しい。そんな思いがふつふつと湧いて出て、私は急いで口を開いた。
「……楽しかったですよ。あと、今も楽しいです」
え、と月島さんが意外そうな顔をした時、お待たせしましたーと蕎麦が運ばれて来た。出汁の香りが食欲をそそる。月島さんは 頂きます、と言うとパキンと割り箸を割り、ずずずっと蕎麦を啜ってから小皿に乗せられたわさびを足して、ネギをパラパラとかけた。私は蕎麦を咀嚼しつつ、前に座る月島さんに意識が引っ張られるのを感じる。すると、彼は突然指を眉間にあてがって顔をしかめた。
「わさび入れすぎた」
私は思わず笑ってしまう。それを見ていた月島さんも、次第に頬を緩めると そんなに笑うな、と言って私を見返した。彼の温かな表情に、なんだか心がじんわりと温まるのを感じる。
「ふふふ、やっぱり楽しい」
私は再び蕎麦を啜ると、噛みながら月島さんの方を見た。目が合ったとき、彼はふいにぐっと唇を結ぶと、箸を置いて私をじっと見つめた。
「好きだ」
私は目が点になって、とにかく口の中の蕎麦を飲み込むと、え?と問いかける。
「お前のことが好きだ」
私が呆然としていると、月島さんはハッと我に帰って箸を掴み、再び蕎麦を啜る。お正月特番のCMが、初売り情報を伝えるのをぼんやりと聞きながら、私ものろのろと箸を掴むとひたすら蕎麦を口に運ぶ。今のは一体なんだったのか。私は告白されたのか。そんな事をぐるぐる考えているので、最早味など分かりもしない。私達は無言で蕎麦を食べ終えると、月島さんは苦々しい顔で すまん、と言った。
「……急に悪かった。今のは忘れてくれ」
そう言うと、ガタンと椅子から立ち上がりお会計に向かったので、私も慌てて立ち上がると月島さんの後に続いた。外に出ると私達は当てもなく街を歩く。閉まったシャッターに、謹賀新年と書かれたポスターが貼られたお店、お正月飾りがつけられた賑やかなスーパーなんかを通り過ぎていく。隣を黙々と歩いていた月島さんは、やがて私の方を見た。普段の冷静な目の奥に、揺らめく熱が宿っているのを感じて私はにわかに緊張を覚える。なんだろう、この心の奥へ届く感じは。
「……少しいいか」
はい、と私が返事をすると、月島さんは近くにあった人気の無い小さな公園に入り、古びたベンチに二人で腰掛ける。少しの間の後に、月島さんはゆっくりと口を開いた。
「……俺なんかの気持ちが迷惑なのは分かってる。あんなこと言ってお前を困らせるつもりは無かったんだが……とにかく、忘れて欲しい」
月島さんは猛烈に後悔しているらしかった。私はそんな横顔を見ていると、次第に胸が締め付けられる。
「迷惑なんかじゃありません。びっくりはしましたけど……そんな事言わないで下さい」
「…… ミョウジは優しいからな」
そう言って、月島はさんはひっそりと笑った。私はその顔を見ると居ても立っても居られなくなって、でもどうしたらいいのか分からずにもどかしくなる。
「そんなのじゃありません。私…私は」
ぴったりの言葉が見つからずに、しかし想いは溢れそうになって月島さんの顔を見た時だった。急に引き寄せられて息が苦しい。彼の力強い腕が私をしっかりと包み込んでいて、突然の出来事に驚く。
「ずっとお前の事が好きだった。初めて見た時から」
耳元で、感情を抑えたような月島さんの声が聞こえる。いつも冷静な彼が伝える言葉は、私の心に火を灯すほどの熱い温度を持っていた。こんなに真っ直ぐ、愛を伝えられたのは初めてだった。
「俺の隣にいてくれないか」
月島さんが本気で言っているのが分かる。力が込められた腕、コート越しに感じる彼の体温。私は心の奥が揺さぶられるのを感じて、はい、と返事をした。きっと今日のことは、私の宝物になると思いながら。
「本当にいいのか?」
月島さんは腕を解くと、私の顔をまじまじと覗き込んで言った。頷いて見せると、彼はほっとしたように笑う。会社では決して見せない表情に、私は胸が高鳴るのを感じた。……いや、よく考えれば、月島さんは私と話す時、たまにこんな風に笑っていた。出社して顔を合わせたエレベーターの中や、資料を手渡した時、残業終わりの人もまばらなオフィス。そんなときにほんの一瞬見せる笑顔は、彼の気持ちの現れだったのだ。
「……早速お礼参りに行かないとな」
「なんのですか?」
「今願いが叶ったから」
そう言うと、月島さんはベンチから立ち上がる。私は彼の願い事が分かって顔が火照るのを感じながら後に続いた。
「……じゃあ、お礼参りに行ってそのあとスーパーに行きましょう。えごねりの食べ方、教えてください」
隣を歩く月島さんは、ああ、と頷くと無言で私の手を取る。温かい手に、冬の寒さも溶けそうだ。
おわり
1/1ページ