向日葵
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逃げた翌朝は気まずさで暗澹たる思いだったが、宇佐美くんはいつものように笑顔で手を振ると おはよーと言う。
「あ、今日ねミョウジの家行くことになってるから。お母さんと話したんだ」
私は驚いて彼の顔を見返すと、宇佐美くんは嬉しそうに私を見て笑う。知らない間に、宇佐美くんは私の母と仲良くなっていたようだ。
「ちょっと、なんでそんな事になってるの。……あと昨日の話だけどね、私まだ結婚とか考えられないし」
宇佐美くんは、そっかぁ、と返事をすると何か考えているようだったが、やがて口を開いた。
「僕は結婚するって決まってるのに付き合うとか無駄だと思うけど…ミョウジはそういう期間も欲しいんだね。だったらいいよ、早くお嫁さんになって欲しいけど、今は婚約者ってことにしよう」
だからさ、と言うと、宇佐美くんは顔をこちらに向けて私の目を覗き込む。彼の瞳に、私の顔が映っているのが見えた。
「他の男と仲良くしたりしないでね?ナマエの一番は、僕だけなんだから。君は世界で一番素敵な女性だから、守って行くのは大変だけど…僕が全て上手くやるからね。僕だけのナマエ」
宇佐美くんは大きな手で私の指を掴むと、恍惚と言ってもいいような表情でこちらを眺めている。私は男性に手を握られたのは初めてだった。指先に感じる異性の感触に、私は緊張した。
その後にゆっくりと、脳は宇佐美くんの発言の意味を理解し始める。一番は僕だけ。僕だけのナマエ。
「……離してよ!わ、私は…宇佐美くんのこと、好きじゃない!!結婚なんてしない!!」
後戻りできなくなる。そんな恐怖に飲み込まれて、私は咄嗟に宇佐美くんの手を振りほどこうとした。しかしその手は岩のように重たくびくともしない。
「どうしたんだよ、急にそんなこと言って……あ、そうやって僕の気を引こうとしてるんでしょ?困ったな〜、これ以上ないってくらい、僕はナマエの事しか考えてないのに」
でもそういうの好きだよ、と宇佐美くんは言うと、朗らかな笑みを浮かべた。私は膝から力が抜けそうだった。何を言っても話が通じない。
放課後、私の家にやって来て母と何か楽しげに話していたが、頭に入って来なかった。
春がやってきて、私たちはそれぞれの進路へ進んだ。私は自宅から大学に、宇佐美くんは神奈川の寮に。
思えば12歳の頃から、私は宇佐美くんの視線を感じながら生活してきたのだ。その年月は彼の執念そのもののようで、なんだか身震いしそうになる。しかしそんな日常は終わった。私は一人で電車に乗って、目的の駅へ行く。高校時代、朝に必ず満面の笑みで手を振った宇佐美くんはもういないのだ。帰りも一人で帰る。通った鼻筋に、涼しげな目元。頬のほくろ。そんな横顔がこちらを向いて、目を細めて笑うこともない。私は、これで良かったんだ、と胸の中で呟いた。これでいいんだ。私は間違っていない。
私は講義の間、スマホのホーム画面を確認した。通知は何も入っておらず、なんとなくつまらない気持ちになる。高校時代は、毎日会っているのにもかかわらず、宇佐美くんは連絡を寄越した。それが今では一週間に数回程度になっている。寮生活で忙しいのだろう。そんな様子を見た友人が、彼氏?と訪ねてきたので私は首を振った。
「ううん。彼氏いないし」
「そっかぁー、高校卒業して別れたりするしね」
「…ていうか、彼氏いたことないし」
友人は えっ!?と言うと、意外だね、と呟いた。彼氏をすっ飛ばして求婚してきた男なら一人いるが、話がややこしくなるので黙っておいた。
「じゃあさ、今度飲み会誘われてるから一緒に行こうよ!○○大の男の子だって」
そうなんだ、行こうかな。と返事をしながらも、私は宇佐美くんを思い出していた。私をずっと見ていると言った宇佐美くん。こうやって飲み会に誘われたり、女の子に好かれたりするんだろうか。
「じゃ、来週だから。詳しいこと決まったらラインするね〜」
友人はそう言うと、次の講義の教室へと移動していく。私ものろのろとペンケースとレジュメをカバンにしまい、椅子から立ち上がると廊下に出る。宇佐美くんは今、どうしているのだろう。
翌週、私は誘われるまま飲み会に行き、一人の男の子と連絡先を交換した。高木智春、と言う名前で同い年の男の子だ。高木くんは育ちが良さそうで、優しくて真面目な人だった。いわゆる真っ当な人、という印象だ。その彼に連絡先を聞かれたので、私達はたまにやりとりしているのだった。高木くんは何週間かラインでやりとりした後に、二人で横浜に行かない?と誘いかきて、私は迷ったけれど行くと返事をした。宇佐美くん以外の男の子と外を歩くのは初めてだ。これはもしかして、デートというやつなのでは?と、高木くんに特別な感情がある訳では無かったが、なんとなく浮き立つ気持ちになった。これからは人並みに恋愛をしてみたいと思う。
私達は日曜日に予定を合わせ、横浜駅で待ち合わせした。早めに着いたけれど高木くんはもう待っていて、やあ、と気の良さそうな顔でこちらを見る。晴れて麗らかな陽気の中、私達は中華街に移動して食べ歩きをした。派手派手しい門や、ごちゃごちゃと店先に並ぶ雑貨、中国風の建物。異国情緒漂う町の中を二人で歩く。高木くんは人当たりもよく、気を配りながら話してくれるので、少し緊張していた私は次第に安心して言葉を交わせるようになった。
「…あ、防衛大の制服だな」
私は思わず、持っていたタピオカミルクティーのストローから口を離すと、高木くんの視線の先を見やった。旧日本軍の海軍兵学校の制服をモデルにしているという、帽子を被った紺色の詰襟姿は街の中でもよく目立った。後ろ姿で顔は見えなかったけれど、私は瞬時にあの人は宇佐美くんだと分かった。なんせ、毎日見ていたのだから。私は何故か危機感を覚えて、高木くんの後ろに隠れた。
「どうしたの?知り合い?」
「うん。見つかるとちょっと…」
「そうなの?俺も一人防衛大に友達がいるんだ。宇佐美っていうやつなんだけど」
私は目を丸くして高木くんの顔を見返した。彼は不思議そうに私を見ると口を開く。
「柔道の道場で一緒だったんだ。すごい強くてさ、一度も勝てなかったな」
世界はなんて狭いのだろう。私が思考停止していると、制服姿の宇佐美くんがこちらを振り返った。彼は迷う事なくこちらへ歩いてくると、手を挙げて挨拶する。
「智春、奇遇だね。ナマエと何してるの?」
宇佐美くんはにっこりと笑いながら言ったが、私には彼から怒りが噴き出しているのを感じ取った。しかし高木くんは全く気付くそぶりを見せず、俺が誘ったんだ、と照れ臭そうに言う。宇佐美くんは ふぅん、と相槌を打った。私は制服の袖から覗く、宇佐美くんの握りしめた拳をヒヤヒヤとしながら見ていた。
「時重、せっかく会ったんだ。三人でどこか座らないか?ミョウジさんと知り合いなんだってな」
宇佐美くんは微かに舌打ちすると、悪いけど、と言った。
「ナマエは僕の婚約者なんだ。だからこうして彼女を誘い出すのは遠慮してほしいね」
宇佐美くんは高木くんを虫ケラでも見るような目で一瞥すると、私の腕を取って歩き出した。
高木くんは慌てて 時重ごめん、と謝っているが、宇佐美くんは鬱陶しそうに彼を睨むとため息をついた。
「僕とナマエの時間を邪魔するなッ!さっさと帰れよ」
そう言うと、宇佐美は振り返らずにズンズン歩いて言ってしまう。高木くんは、もう追いかけてこなかった。
「あ、今日ねミョウジの家行くことになってるから。お母さんと話したんだ」
私は驚いて彼の顔を見返すと、宇佐美くんは嬉しそうに私を見て笑う。知らない間に、宇佐美くんは私の母と仲良くなっていたようだ。
「ちょっと、なんでそんな事になってるの。……あと昨日の話だけどね、私まだ結婚とか考えられないし」
宇佐美くんは、そっかぁ、と返事をすると何か考えているようだったが、やがて口を開いた。
「僕は結婚するって決まってるのに付き合うとか無駄だと思うけど…ミョウジはそういう期間も欲しいんだね。だったらいいよ、早くお嫁さんになって欲しいけど、今は婚約者ってことにしよう」
だからさ、と言うと、宇佐美くんは顔をこちらに向けて私の目を覗き込む。彼の瞳に、私の顔が映っているのが見えた。
「他の男と仲良くしたりしないでね?ナマエの一番は、僕だけなんだから。君は世界で一番素敵な女性だから、守って行くのは大変だけど…僕が全て上手くやるからね。僕だけのナマエ」
宇佐美くんは大きな手で私の指を掴むと、恍惚と言ってもいいような表情でこちらを眺めている。私は男性に手を握られたのは初めてだった。指先に感じる異性の感触に、私は緊張した。
その後にゆっくりと、脳は宇佐美くんの発言の意味を理解し始める。一番は僕だけ。僕だけのナマエ。
「……離してよ!わ、私は…宇佐美くんのこと、好きじゃない!!結婚なんてしない!!」
後戻りできなくなる。そんな恐怖に飲み込まれて、私は咄嗟に宇佐美くんの手を振りほどこうとした。しかしその手は岩のように重たくびくともしない。
「どうしたんだよ、急にそんなこと言って……あ、そうやって僕の気を引こうとしてるんでしょ?困ったな〜、これ以上ないってくらい、僕はナマエの事しか考えてないのに」
でもそういうの好きだよ、と宇佐美くんは言うと、朗らかな笑みを浮かべた。私は膝から力が抜けそうだった。何を言っても話が通じない。
放課後、私の家にやって来て母と何か楽しげに話していたが、頭に入って来なかった。
春がやってきて、私たちはそれぞれの進路へ進んだ。私は自宅から大学に、宇佐美くんは神奈川の寮に。
思えば12歳の頃から、私は宇佐美くんの視線を感じながら生活してきたのだ。その年月は彼の執念そのもののようで、なんだか身震いしそうになる。しかしそんな日常は終わった。私は一人で電車に乗って、目的の駅へ行く。高校時代、朝に必ず満面の笑みで手を振った宇佐美くんはもういないのだ。帰りも一人で帰る。通った鼻筋に、涼しげな目元。頬のほくろ。そんな横顔がこちらを向いて、目を細めて笑うこともない。私は、これで良かったんだ、と胸の中で呟いた。これでいいんだ。私は間違っていない。
私は講義の間、スマホのホーム画面を確認した。通知は何も入っておらず、なんとなくつまらない気持ちになる。高校時代は、毎日会っているのにもかかわらず、宇佐美くんは連絡を寄越した。それが今では一週間に数回程度になっている。寮生活で忙しいのだろう。そんな様子を見た友人が、彼氏?と訪ねてきたので私は首を振った。
「ううん。彼氏いないし」
「そっかぁー、高校卒業して別れたりするしね」
「…ていうか、彼氏いたことないし」
友人は えっ!?と言うと、意外だね、と呟いた。彼氏をすっ飛ばして求婚してきた男なら一人いるが、話がややこしくなるので黙っておいた。
「じゃあさ、今度飲み会誘われてるから一緒に行こうよ!○○大の男の子だって」
そうなんだ、行こうかな。と返事をしながらも、私は宇佐美くんを思い出していた。私をずっと見ていると言った宇佐美くん。こうやって飲み会に誘われたり、女の子に好かれたりするんだろうか。
「じゃ、来週だから。詳しいこと決まったらラインするね〜」
友人はそう言うと、次の講義の教室へと移動していく。私ものろのろとペンケースとレジュメをカバンにしまい、椅子から立ち上がると廊下に出る。宇佐美くんは今、どうしているのだろう。
翌週、私は誘われるまま飲み会に行き、一人の男の子と連絡先を交換した。高木智春、と言う名前で同い年の男の子だ。高木くんは育ちが良さそうで、優しくて真面目な人だった。いわゆる真っ当な人、という印象だ。その彼に連絡先を聞かれたので、私達はたまにやりとりしているのだった。高木くんは何週間かラインでやりとりした後に、二人で横浜に行かない?と誘いかきて、私は迷ったけれど行くと返事をした。宇佐美くん以外の男の子と外を歩くのは初めてだ。これはもしかして、デートというやつなのでは?と、高木くんに特別な感情がある訳では無かったが、なんとなく浮き立つ気持ちになった。これからは人並みに恋愛をしてみたいと思う。
私達は日曜日に予定を合わせ、横浜駅で待ち合わせした。早めに着いたけれど高木くんはもう待っていて、やあ、と気の良さそうな顔でこちらを見る。晴れて麗らかな陽気の中、私達は中華街に移動して食べ歩きをした。派手派手しい門や、ごちゃごちゃと店先に並ぶ雑貨、中国風の建物。異国情緒漂う町の中を二人で歩く。高木くんは人当たりもよく、気を配りながら話してくれるので、少し緊張していた私は次第に安心して言葉を交わせるようになった。
「…あ、防衛大の制服だな」
私は思わず、持っていたタピオカミルクティーのストローから口を離すと、高木くんの視線の先を見やった。旧日本軍の海軍兵学校の制服をモデルにしているという、帽子を被った紺色の詰襟姿は街の中でもよく目立った。後ろ姿で顔は見えなかったけれど、私は瞬時にあの人は宇佐美くんだと分かった。なんせ、毎日見ていたのだから。私は何故か危機感を覚えて、高木くんの後ろに隠れた。
「どうしたの?知り合い?」
「うん。見つかるとちょっと…」
「そうなの?俺も一人防衛大に友達がいるんだ。宇佐美っていうやつなんだけど」
私は目を丸くして高木くんの顔を見返した。彼は不思議そうに私を見ると口を開く。
「柔道の道場で一緒だったんだ。すごい強くてさ、一度も勝てなかったな」
世界はなんて狭いのだろう。私が思考停止していると、制服姿の宇佐美くんがこちらを振り返った。彼は迷う事なくこちらへ歩いてくると、手を挙げて挨拶する。
「智春、奇遇だね。ナマエと何してるの?」
宇佐美くんはにっこりと笑いながら言ったが、私には彼から怒りが噴き出しているのを感じ取った。しかし高木くんは全く気付くそぶりを見せず、俺が誘ったんだ、と照れ臭そうに言う。宇佐美くんは ふぅん、と相槌を打った。私は制服の袖から覗く、宇佐美くんの握りしめた拳をヒヤヒヤとしながら見ていた。
「時重、せっかく会ったんだ。三人でどこか座らないか?ミョウジさんと知り合いなんだってな」
宇佐美くんは微かに舌打ちすると、悪いけど、と言った。
「ナマエは僕の婚約者なんだ。だからこうして彼女を誘い出すのは遠慮してほしいね」
宇佐美くんは高木くんを虫ケラでも見るような目で一瞥すると、私の腕を取って歩き出した。
高木くんは慌てて 時重ごめん、と謝っているが、宇佐美くんは鬱陶しそうに彼を睨むとため息をついた。
「僕とナマエの時間を邪魔するなッ!さっさと帰れよ」
そう言うと、宇佐美は振り返らずにズンズン歩いて言ってしまう。高木くんは、もう追いかけてこなかった。