向日葵
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宇佐美くんはてっきり柔道の強豪校にでも進学するのかと思ったが、私と同じ高校に入った。彼と話す機会があったので聞いてみたら、別に部活で柔道やらなくてもいいし、もっと大事なものがあるから。と言う返事だった。その時また蛇のような目になって、私の瞳をじっと見る。また心にざわざわとしたものが広がった。小学生の頃に感じたコレは、相変わらずそのままの姿で宇佐美くんに宿っているのだ。
高校生になると、電車通学が始まった。自宅の最寄駅から数駅なので大した距離ではないが、混む沿線なので窮屈だ。いつものように電車に揺られていると、制服のプリーツスカートに何か当たったような気がする。人も多いし、鞄でも当たったのだろうと思っていたが、次第に当たる回数が増えて、痴漢だ、と私は悟った。私は恐ろしくなった。どうしよう、誰か助けてと思った時に、おい と低く怒気が込められた声が響く。見ると宇佐美くんが、今までにみたこともないような、激怒した表情で男の腕を掴んでいるのが見えた。こめかみに血管が浮き出て、色白の肌は怒りの興奮で上気している。腕を掴まれた男は、痛い痛い、折れる、と情けない声を発する。
「クソ野郎……ぶっ殺してやる」
そう言うと宇佐美くんは、今にも殴りかかる勢いだったので、私は慌てて彼の腕を抑えた。
「宇佐美くん、次の駅で降りよう。それまで掴んでるだけでいいから」
そう言うと、彼は血走った目を見開いて私を見た。
「何甘いこと言ってんの。僕はこいつを今すぐ殴らないと気が済まない」
電車内には不穏な空気が充満し、私は電車がホームに到着する事をひたすら祈った。幸いにもすぐにホームが見えてきて、扉が開くと人が押し出されていく。宇佐美くんは物凄い形相で男の腕を折れんばかりの力で掴んだまま、近くにいた駅員さんに突き出した。警察やら親やらも出てきて手続きを終えると、ようやく駅を後にする。連絡を受けて飛んできた母は、宇佐美くんに何度も頭を下げた。
「いいえ、お母さん。僕がもっと早くアイツを止めることができたら……悔しいです」
宇佐美くんは私の母をさらっとお母さん呼びした後に、本当に後悔しているような面持ちで地面を睨んでいた。母は いいのよ宇佐美くん、貴方がいてくれて良かったわ、と言うと、私に向き直って口を開く。
「ナマエは本当にいいお友達がいるのね」
私は うん、と答えると、宇佐美くんをちらりと見やる。彼は人懐っこい笑顔を浮かべて佇んでいた。
あの一件以来、宇佐美くんは公然と朝同じ電車に乗るようになった。私達は最寄駅が一緒だから、朝ホームにいくと必ず彼は先に居て、私を見つけると笑顔で手を大きく振るのだ。
「おはよー、ミョウジ」
「お早う。…宇佐美くん、毎朝居てくれて悪いね。毎日こんなだと大変でしょう…これからは気をつけて電車に乗るし、もう大丈夫だよ」
私達は通学カバンならパスケースを取り出して、改札に入る。こうして並んでみると、宇佐美くんの背はまた更に伸びていて、柔道で鍛えているだけあって体格もいい。けれど白い肌や通った鼻筋の顔はどこか神経質そうな印象を与えて、繊細な雰囲気も持っていた。
「ミョウジ、こういう時はありがとうって言えばいいんだよ。僕は全然大変じゃないし…この前みたいな事がある方が、僕は耐えられないからさ。今だって、あの男は殺してやりたいぐらいムカついてるんだから」
宇佐美くんはそう言いながら、ニコッと笑った。到底そんな台詞を吐くとは思えないような、人の良さそうな笑顔。私は何か冷たいものを感じて、宇佐美くんから目をそらす。
毎朝この調子なので、次第に学校では私達が付き合ってるのではないかと噂が流れるようになった。その度に私は否定するのだが、宇佐美くんの方は例の笑顔を浮かべたまま、否定も肯定もせず受け流す。次第に付き合っている説は学校内で実態のないまま事実となっていき、私は高校三年間、ほかの男の子と仲良くする機会を失ったのだった。
「宇佐美くんは、あの噂嫌じゃないの」
放課後、クラスメートが面白がって私たちを二人で帰した為、駅までの道のりを並んで歩く。
「全然。僕は嬉しいよ」
涼しげな目を少し細めて、宇佐美くんは笑った。私はなんと言っていいか分からなくなって、じっと黙りこむ。つまり宇佐美くんは、私を好きということなのか。率直に言って、私は彼のことを異性として好きではなかった。しかし彼の態度は、まるでそんなことは疑っていないように見える。宇佐美くんの蛇のような目を思い出すと、あなたの事は男として見ていない、なんて言い出せなかった。それ言ったらとんでもない事になる。そんな確信が、私の頭から離れないのだった。
卒業後の進路は、女子大を選んだ。私は宇佐美くんが、人生にじわじわと確実に侵入して来るのを感じていた。友人達は皆私と宇佐美くんは恋人同士だと思っているし、父と母までもが、彼を今時珍しいしっかりした子だと気に入っている様子だった。学校外の道場で、柔道に打ち込んでいるというのもポイントが高いらしい。なんだかこのままいくと、宇佐美くんから逃れられないような気がする。彼の目を思い出すと、そんな考えが頭をもたげるのだ。だから私は、確実に物理的な距離を取るべく、わざわざ女子大を選んで進学したのだった。進路の事を学校の帰り道、宇佐美くんに恐る恐る話した所、彼は満面の笑みを浮かべたので私は面食らった。
「そっかー、それなら安心だなぁ。共学だったらどうしようかと思ってた。僕、防衛大に入校しようと思ってるからさ。学費もかからないし、給与も出るからね。うちは兄弟が多くて、そんなに余裕がないから」
私は驚いたけれど、少しホッとした。防衛大は寮での規則正しい生活が義務付けられているそうなので、これまでのように私の生活に宇佐美くんと関わることも激減するだろう。宇佐美くんの視線から逃れられる日常を想像していると、彼は鞄に手を突っ込んで何かを出した。それは白い紙が挟んであるクリアファイルで、宇佐美くんは中の紙を広げると私の前に差し出した。
「えっ!?……これって…なんで」
それは記入された婚姻届だった。私は事態が全く飲み込めずに宇佐美くんの顔を見返すが、彼はいつもの調子で笑うだけだった。
「ミョウジ、結婚しよう。僕、今日で18歳になったんだ」
「え?ちょっと、流石におかしいでしょ。だって私達って付き合ってもないじゃない」
宇佐美くんは そうだね、と頷くと、私の目をじっと見つめて口を開いた。
「でも結局、僕とミョウジは結婚するんだよ。僕には分かるんだ。僕達に恋人の期間なんていらないよ。そんなお試し期間みたいなの、無駄じゃないか。不誠実だよそんなものは……僕は死ぬまで君の事だけを見てるって、もう決まってるんだ」
だから結婚しよう。と宇佐美くんは私の目をじっと見つめて言った。私はなんとか、保留にして欲しい、と告げると、この場から立ち去りたくなって家まで走った。頭が混乱する。宇佐美くんは本気だ。本気で私と結婚しようとしているんだ。痴漢を退治した時の、恐ろしい形相が脳裏から離れない。私が拒否したら、彼はどんな顔をするのだろう。全力で走る私を、すれ違う人達が訝しげに見ているのがわかった。
高校生になると、電車通学が始まった。自宅の最寄駅から数駅なので大した距離ではないが、混む沿線なので窮屈だ。いつものように電車に揺られていると、制服のプリーツスカートに何か当たったような気がする。人も多いし、鞄でも当たったのだろうと思っていたが、次第に当たる回数が増えて、痴漢だ、と私は悟った。私は恐ろしくなった。どうしよう、誰か助けてと思った時に、おい と低く怒気が込められた声が響く。見ると宇佐美くんが、今までにみたこともないような、激怒した表情で男の腕を掴んでいるのが見えた。こめかみに血管が浮き出て、色白の肌は怒りの興奮で上気している。腕を掴まれた男は、痛い痛い、折れる、と情けない声を発する。
「クソ野郎……ぶっ殺してやる」
そう言うと宇佐美くんは、今にも殴りかかる勢いだったので、私は慌てて彼の腕を抑えた。
「宇佐美くん、次の駅で降りよう。それまで掴んでるだけでいいから」
そう言うと、彼は血走った目を見開いて私を見た。
「何甘いこと言ってんの。僕はこいつを今すぐ殴らないと気が済まない」
電車内には不穏な空気が充満し、私は電車がホームに到着する事をひたすら祈った。幸いにもすぐにホームが見えてきて、扉が開くと人が押し出されていく。宇佐美くんは物凄い形相で男の腕を折れんばかりの力で掴んだまま、近くにいた駅員さんに突き出した。警察やら親やらも出てきて手続きを終えると、ようやく駅を後にする。連絡を受けて飛んできた母は、宇佐美くんに何度も頭を下げた。
「いいえ、お母さん。僕がもっと早くアイツを止めることができたら……悔しいです」
宇佐美くんは私の母をさらっとお母さん呼びした後に、本当に後悔しているような面持ちで地面を睨んでいた。母は いいのよ宇佐美くん、貴方がいてくれて良かったわ、と言うと、私に向き直って口を開く。
「ナマエは本当にいいお友達がいるのね」
私は うん、と答えると、宇佐美くんをちらりと見やる。彼は人懐っこい笑顔を浮かべて佇んでいた。
あの一件以来、宇佐美くんは公然と朝同じ電車に乗るようになった。私達は最寄駅が一緒だから、朝ホームにいくと必ず彼は先に居て、私を見つけると笑顔で手を大きく振るのだ。
「おはよー、ミョウジ」
「お早う。…宇佐美くん、毎朝居てくれて悪いね。毎日こんなだと大変でしょう…これからは気をつけて電車に乗るし、もう大丈夫だよ」
私達は通学カバンならパスケースを取り出して、改札に入る。こうして並んでみると、宇佐美くんの背はまた更に伸びていて、柔道で鍛えているだけあって体格もいい。けれど白い肌や通った鼻筋の顔はどこか神経質そうな印象を与えて、繊細な雰囲気も持っていた。
「ミョウジ、こういう時はありがとうって言えばいいんだよ。僕は全然大変じゃないし…この前みたいな事がある方が、僕は耐えられないからさ。今だって、あの男は殺してやりたいぐらいムカついてるんだから」
宇佐美くんはそう言いながら、ニコッと笑った。到底そんな台詞を吐くとは思えないような、人の良さそうな笑顔。私は何か冷たいものを感じて、宇佐美くんから目をそらす。
毎朝この調子なので、次第に学校では私達が付き合ってるのではないかと噂が流れるようになった。その度に私は否定するのだが、宇佐美くんの方は例の笑顔を浮かべたまま、否定も肯定もせず受け流す。次第に付き合っている説は学校内で実態のないまま事実となっていき、私は高校三年間、ほかの男の子と仲良くする機会を失ったのだった。
「宇佐美くんは、あの噂嫌じゃないの」
放課後、クラスメートが面白がって私たちを二人で帰した為、駅までの道のりを並んで歩く。
「全然。僕は嬉しいよ」
涼しげな目を少し細めて、宇佐美くんは笑った。私はなんと言っていいか分からなくなって、じっと黙りこむ。つまり宇佐美くんは、私を好きということなのか。率直に言って、私は彼のことを異性として好きではなかった。しかし彼の態度は、まるでそんなことは疑っていないように見える。宇佐美くんの蛇のような目を思い出すと、あなたの事は男として見ていない、なんて言い出せなかった。それ言ったらとんでもない事になる。そんな確信が、私の頭から離れないのだった。
卒業後の進路は、女子大を選んだ。私は宇佐美くんが、人生にじわじわと確実に侵入して来るのを感じていた。友人達は皆私と宇佐美くんは恋人同士だと思っているし、父と母までもが、彼を今時珍しいしっかりした子だと気に入っている様子だった。学校外の道場で、柔道に打ち込んでいるというのもポイントが高いらしい。なんだかこのままいくと、宇佐美くんから逃れられないような気がする。彼の目を思い出すと、そんな考えが頭をもたげるのだ。だから私は、確実に物理的な距離を取るべく、わざわざ女子大を選んで進学したのだった。進路の事を学校の帰り道、宇佐美くんに恐る恐る話した所、彼は満面の笑みを浮かべたので私は面食らった。
「そっかー、それなら安心だなぁ。共学だったらどうしようかと思ってた。僕、防衛大に入校しようと思ってるからさ。学費もかからないし、給与も出るからね。うちは兄弟が多くて、そんなに余裕がないから」
私は驚いたけれど、少しホッとした。防衛大は寮での規則正しい生活が義務付けられているそうなので、これまでのように私の生活に宇佐美くんと関わることも激減するだろう。宇佐美くんの視線から逃れられる日常を想像していると、彼は鞄に手を突っ込んで何かを出した。それは白い紙が挟んであるクリアファイルで、宇佐美くんは中の紙を広げると私の前に差し出した。
「えっ!?……これって…なんで」
それは記入された婚姻届だった。私は事態が全く飲み込めずに宇佐美くんの顔を見返すが、彼はいつもの調子で笑うだけだった。
「ミョウジ、結婚しよう。僕、今日で18歳になったんだ」
「え?ちょっと、流石におかしいでしょ。だって私達って付き合ってもないじゃない」
宇佐美くんは そうだね、と頷くと、私の目をじっと見つめて口を開いた。
「でも結局、僕とミョウジは結婚するんだよ。僕には分かるんだ。僕達に恋人の期間なんていらないよ。そんなお試し期間みたいなの、無駄じゃないか。不誠実だよそんなものは……僕は死ぬまで君の事だけを見てるって、もう決まってるんだ」
だから結婚しよう。と宇佐美くんは私の目をじっと見つめて言った。私はなんとか、保留にして欲しい、と告げると、この場から立ち去りたくなって家まで走った。頭が混乱する。宇佐美くんは本気だ。本気で私と結婚しようとしているんだ。痴漢を退治した時の、恐ろしい形相が脳裏から離れない。私が拒否したら、彼はどんな顔をするのだろう。全力で走る私を、すれ違う人達が訝しげに見ているのがわかった。