てのひら
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「ナマエちゃん、今日こんなのもらったよ」
金曜日の仕事終わりに、2人でご飯でも食べようと言うことになり、お互いの勤務地から行きやすい駅で待ち合わせをする。
冬の街の中に佐一を見つけて落ち合うと、何回か行ったことのあるビアバーに向かった。
佐一はビールが好きで、さまざまな種類を飲み比べられる店を好む。
今日は北海道のクラフトビールに美味しそうに口をつけていた。
乾杯してめいめいの飲み物を飲み込んだ後に、鞄からだして見せられたのは、無香料の小さなハンドクリーム。
もらった、と言うのが気になって聞き返すと、案の定の答えが返ってくる。
「○○さんが、良かったらどうぞって」
これでナマエちゃんと手を繋ぐときにガサガサじゃなくて済む、と佐一は屈託無く笑って言う。
どうやら、手がカサついて困るといった趣旨の話を会社でしたようだ。
すると数日後に、同じフロアの女の子がくれたと言う訳だ。
こういう事はたまにある。
佐一は誰にでも分け隔てなく優しいし、特に女性への配慮が厚い。
それはモテたいから、とかではなくて、女性は皆優しく扱うものだという彼の考え方によるものだ。
その上お人好しなので、こうしたプレゼントにメッセージ性を見出したりするような事はせず、そのまま受け取るのである。
「……そっか。良かったね」
心にもやっとしたものが発生したのを感じるが、とりあえず無難な返事をした。
こんな事で不機嫌になる自分も嫌だったし、もらって欲しくなかったのになんて言ったら、なんだか悪者みたいだ。
佐一は うん、と返事をすると、美味しそうにジョッキのビールを飲み込んだ。
♢
金曜日の恒例として、どちらかの家に泊まることになっている。
今日は佐一の部屋に行くことになり、二人で駅からの道を歩いた。
彼と食事をするのも、こうして寒い夜に並んで歩くのも楽しい。けれど、どうしても先程見た小さなハンドクリームが頭から離れなかった。
「ナマエちゃん、寒いね」
そう言うと、佐一はナマエの手を握って自分のコートのポケットに入れた。
カサついた彼の指。この手が好きなのだ。
こういうところに無頓着なのが佐一らしくて。
「……ねえ、佐一くん」
ん?とナマエの方を向いて返事をする。
「私、佐一くんの手はそのままがいい」
「え?」
佐一はきょとんとした顔でナマエを見下ろしているが、彼女の言葉にじっと耳を傾けた。
「ハンドクリームなら、私の使って。塗ってあげるから」
少しの沈黙のあと、佐一はようやく合点がいって、やっちゃった、と言うように頭をかく。
「ごめんナマエちゃん……やだったよね。ごめん気がつかなくて」
佐一は手を離すと、ナマエの背中に腕を回してぎゅうと抱き寄せる。
「……でも嬉しいな俺。ナマエちゃんが嫉妬してくれて」
佐一は彼女の耳元でぽつんと言う。そんな事を言われては、ナマエは怒る気もなくなってしまう。
「佐一くんずるいよ、そんなこと言って」
むくれて見せると、佐一はますますナマエを抱く腕の力を強めて彼女の髪に唇を落とした。
「だって本当のことだよ。それだけナマエちゃんが俺のこと見ていてくれてるんだなって嬉しくてさ。
……許してくれる?」
ナマエちゃん、と低いけれど優しい声で言われたらもう、頷くしかない。
「あと一応言っとくけど、クリームくれた人とは何もないからね?普通に接してただけだから。
俺だって、ナマエちゃんの事しか見てないからね」
また手を繋ぎ直してから、佐一はおずおずと言う。
わかってるよ、と笑って見せると、彼は安心したような顔をして、自分のコートのポケットに収めたナマエの手をにぎにぎとする。
「……あ、でもクリームは塗ってもらおうかな。ナマエちゃんの肌は柔らかいから、優しく触りたいし」
「ううん、そのままがいいな。ちょっと荒れてる手、佐一くんっぽくて好きだよ」
へんなの、と佐一は笑ったけれど、彼の目はこの上なく優しく幸せに満ちていた。
やがて彼のマンションが見えてきて、佐一が鍵を開けて二人で部屋に入る。
バタンと扉が閉じてガチャリと鍵をかけた瞬間、佐一はナマエに荒々しくキスをした。
鞄なんかに構いもせず、慌ただしく靴を脱いでベッドに直行する。
「俺の手が好き?」
彼はそっとナマエの頬に触れて聞いた。
電気もつけていない暗がりの中で、彼の目は欲情に爛々と輝いて見える。
うん、とナマエが佐一の顔を見上げて頷くと、彼は堪え切れないという風に、彼女の唇を塞いだ。
おわり
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