第2章
名前変換
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
湯気がほわほわと上がり、ツユの良い香りが食欲をそそる。
ニシンの甘露煮がホロホロとくずれて美味だ。
月島とナマエはニシン蕎麦を啜っている最中だった。
料亭を出た後昼時だったので、昼食をとってから手続きに行こうという話になったのだった。
「…あまり気を落とされずに。受け取った遺産で、何かお好きなことをなさってみては」
月島は慎重に言葉を選んでいるように見える。無愛想なのかと思ったが、口下手なだけなのかもしれない。
「…そうですね…急には、思いつきませんけど…そもそも、遺産なんてあるのかどうか」
ナマエはツユを飲み込んで、ふぅとため息をつく。
座っている隣の椅子には、僅かばかりの手荷物が、風呂敷に包んで置いてある。
食事が済み、箸を置くとナマエはふとその風呂敷を開けた。
中から年季の入った小さな木製の箱を取り出すと、机の上に置く。
「何ですか、それは」
月島はちらりと箱を見やって言った。
「これは母がくれたものです。私の持ち物の中で、唯一金目のものと言えるかもしれません…なんだかこれが気になって」
開けて中身を取り出す。冷たく儚い手触りがする。
「舶来品ですか」
「はい。…ロケットペンダントという、中に写真を入れられる首飾りだそうです。母はこれをいつも首から下げて大切にしておりました」
ナマエは懐かしくペンダントを眺めた。
銀製の楕円のロケットには、美しく繊細な手彫りの装飾が施されている。
だが本来開くはずそれは、隙間が潰されていてピタリと閉ざされていた。
「なぜ開かないようにしてあるのかと、母に聞いたことがあります」
月島の視線に気付いて言う。
彼はかすかに頷くと、黙ったまま続きを促した。
「もう元に戻れないから、美しいまま持っておきたい。だからもう見ない…そう言われました。聞いた時は子供でしたので、あまり深く考えなかったのですけれど、今なら分かる気がします」
「恐らく、ここに入っているのは私の父親の写真なのではないかと思います。
母は私を産んで、お屋敷から去らなくてはならなかったと鶴見様から聞きました。
だから好きな方を、ペンダントの中にずっと閉じ込めて持っておきたかったのかも知れませんね」
「………」
月島は押し黙り、彼女の言葉を聞いていた。
ナマエは弱く微笑んで、掌のペンダントを見下ろす。
その小さな銀色の物体は、母の気配をひっそりと漂わせているようだった。
「…これ、開けようと思います」
「え?しかし、いいんですか?これは大切な形見では」
月島は驚いてナマエをまじまじと見るが、彼女の表情に特に動きはない。
「…わかりました。では、通りの家具店にでも寄って職人に開けさせましょう。
壊さずに中を見られるかもしれません」
「ありがとうございます、月島さん」