第19章
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一行は遂に目的の地、網走へやって来た。秋が深まり、山は豊かな実りの季節を迎え、鮭が網走川を盛んに遡上している。段々と冷えていく空気の中、インカラマッの知らせによって谷垣達……つまり、杉元や暗号の鍵を握るアシリパ、白石らも網走へ到着、監獄潜入への準備を進めている知らせが中尉の耳に入った。彼は奴らが忍び込むなら新月の筈だと言い、第七師団の面々はそれに向けて大掛かりな支度を整えている。大湊から駆けつけた、鯉登少尉の父 鯉登平二少将が率いる雷型駆逐艦4隻は、まさに圧巻であった。ナマエは鶴見中尉の人脈に驚くのと同時に、金塊への執念と緻密な計画性を感じて、彼のことを知れば知るほど底が見えなくなるのだった。夜空に浮かぶ月は日を追うごとに細くなっていき、三日月になり、繊月になり、そして全てを闇に包む新月がやってくる。ナマエは一人、宿の窓から漆黒の夜空を眺めた。鶴見中尉は念のために新月の数日前から夜は網走川で待機しているので、このところは一人で眠り、朝戻ってくる彼を出迎えるのが常になっていた。しかし今晩は金塊争奪戦の大きな局面を迎えるだろう。そんな予感が、真黒い空を覆っているような気がしてナマエはベッドへ入っても中々眠ることが出来なかった。のっぺらぼうとアシリパ、この重要人物を捕らえる事ができるか否か、それが今晩にかかっているのだ。随分夜も更けてきたので、もう眠ろうと目を閉じる。ゆっくりと睡魔に引き込まれていった時、ドォンと腹の底に響くような爆発音がしてナマエはがばりと身を起こした。窓辺に寄って網走川の方を見やると、点々と灯された松明と、橋だろうか、燃え盛る炎の光が川面を照らしているのが見え、雷型駆逐艦隊が滑るように網走川を進んでいた。ナマエは彼らの目的が達成される事を祈りながら、その4隻の船を見送った。
浅い眠りの中、ギィ、と扉が軋みながら開く音がしてナマエはゆっくりと目蓋を開けた。窓から見える空は薄明るくなり、夜明けだと分かる。ベッドの上で身を起こすと、鶴見中尉が部屋に戻ってきたのが見えたが、その容貌に息を飲む。彼は全身にぐっしょりと返り血を浴びて、髪や額につけた琺瑯、濃紺絨の肋骨服は赤黒く汚れていた。
「おや、起きたのかい。今戻ったよ」
その恐ろしい様子に反して、鶴見中尉はいつもと変わらずに挨拶した。ナマエは恐る恐る彼に近づいたが、一歩進むに連れて血の匂いが濃くなる。それは死の匂いだった。ナマエは今更ながら、尾形が言った死神という表現を思い出していた。金塊、そしてその先にあるもの。それを得るためならばどれだけ手を汚しても構わない、手段を選ばない、そんな彼の冷血さが、今はっきりと目の前に現れていた。しかしナマエは彼の冷たい手を握る。このひとがどんな方でも構わない。このひとの望みが叶うのならば、どんな道を選んでも構わない。ただ、側にいられたら……そして束の間の休息を、私の元でとってもらえるならば。そんな願いを無言のうちにこめて、ナマエは身の毛もよだつような事をやってのける、恐ろしい手を握った。
「いい子にしていたようだね。私は着替えてくるよ」
彼はそう言って血のついた頬に笑みを浮かべると、夜の海のように暗い目でナマエを見やってから、部屋を出ていった。
♢
明け方、鶴見中尉とナマエは連れ立って網走近郊に建っている病院へ向かった。確保した杉元、インカラマッ、谷垣、そして家永という囚人を収容しているそうだ。のっぺら坊は銃殺され、アシリパは尾形とキロランケというパルチザンの男に樺太方面へ連れ去られたようだ。病室へ入ると、旭川で会って以来の杉元が、頭に包帯を巻く手当を受け、ベッドに座っていた。おにぎりをガツガツと食べながら、鋭い目で二人を見る。
「不死身の杉元、脳みそが欠けた気分はどうだね?我々は脳みそ欠け友達だな……」
杉元は昨晩頭を撃たれたが、囚人の家長は医者であったので彼の治療によって回復していた。鶴見中尉はベッドの脇にある机に向かうと、杉元達が集めていた刺青人皮を広げて満足そうな顔をした。肋骨服を脱ぐとナマエに預け、愛おしそうに皮を手に取ると抱きしめる。
「よくぞこいつらを捕まえたな。ほら、見てみなさいナマエ。素晴らしいだろう」
そうですね、と相槌を打ちながら彼の手元を見る。奴らに集めさせる、という言葉通り、鶴見中尉はまんまと複数枚の人皮を手に入れたのだった。
「尾形もキロランケもぶっ殺してやる。…それで、あいつらが樺太に渡ったという根拠は?」
「谷垣が杉元たちを救助に向かった時、網走監獄の正門ではこんなやり取りがあったそうだ」
インカラマッは、キロランケの裏切り行為を目撃し、それをアシリパに伝えようとしたが失敗、揉み合いとなってマキリが腹部に刺さってしまった。その際キロランケは、「あいつが変わってしまった、金塊の情報を古い仲間に伝えに行くはずだったのに」と言い残し、谷垣が正門に戻ってくるのを察知して逃げていった、という話を鶴見中尉は肋骨服を着ながら説明する。
「アシリパという重要な鍵を手に入れた今、キロランケはかつての仲間……パルチザンと合流する可能性が高い。奴らにアシリパを確保されると厄介だ」
「オレを使え。あんたらだけで行ってもアシリパさんは信用しない。そして暗号が解けたら、二百円俺にくれ」
現在、病室には谷垣に家永、月島と鯉登少尉も顔を出している。谷垣の樺太行きも決まったところで、鶴見中尉は二人の部下を見遣った。
「網走監獄で暴れた後片付けが残っているので、私はまだここを離れられん……樺太へは少数先鋭で先遣隊を送る。月島軍曹と鯉登少尉、お前たちが同行しろ」
鯉登少尉は悲しみのあまり叫び、ぐにゃり脱力してしまったので、月島が「お気を確かに」と声をかける。話が纏まったところで、彼らは杉元の病室を後にした。
浅い眠りの中、ギィ、と扉が軋みながら開く音がしてナマエはゆっくりと目蓋を開けた。窓から見える空は薄明るくなり、夜明けだと分かる。ベッドの上で身を起こすと、鶴見中尉が部屋に戻ってきたのが見えたが、その容貌に息を飲む。彼は全身にぐっしょりと返り血を浴びて、髪や額につけた琺瑯、濃紺絨の肋骨服は赤黒く汚れていた。
「おや、起きたのかい。今戻ったよ」
その恐ろしい様子に反して、鶴見中尉はいつもと変わらずに挨拶した。ナマエは恐る恐る彼に近づいたが、一歩進むに連れて血の匂いが濃くなる。それは死の匂いだった。ナマエは今更ながら、尾形が言った死神という表現を思い出していた。金塊、そしてその先にあるもの。それを得るためならばどれだけ手を汚しても構わない、手段を選ばない、そんな彼の冷血さが、今はっきりと目の前に現れていた。しかしナマエは彼の冷たい手を握る。このひとがどんな方でも構わない。このひとの望みが叶うのならば、どんな道を選んでも構わない。ただ、側にいられたら……そして束の間の休息を、私の元でとってもらえるならば。そんな願いを無言のうちにこめて、ナマエは身の毛もよだつような事をやってのける、恐ろしい手を握った。
「いい子にしていたようだね。私は着替えてくるよ」
彼はそう言って血のついた頬に笑みを浮かべると、夜の海のように暗い目でナマエを見やってから、部屋を出ていった。
♢
明け方、鶴見中尉とナマエは連れ立って網走近郊に建っている病院へ向かった。確保した杉元、インカラマッ、谷垣、そして家永という囚人を収容しているそうだ。のっぺら坊は銃殺され、アシリパは尾形とキロランケというパルチザンの男に樺太方面へ連れ去られたようだ。病室へ入ると、旭川で会って以来の杉元が、頭に包帯を巻く手当を受け、ベッドに座っていた。おにぎりをガツガツと食べながら、鋭い目で二人を見る。
「不死身の杉元、脳みそが欠けた気分はどうだね?我々は脳みそ欠け友達だな……」
杉元は昨晩頭を撃たれたが、囚人の家長は医者であったので彼の治療によって回復していた。鶴見中尉はベッドの脇にある机に向かうと、杉元達が集めていた刺青人皮を広げて満足そうな顔をした。肋骨服を脱ぐとナマエに預け、愛おしそうに皮を手に取ると抱きしめる。
「よくぞこいつらを捕まえたな。ほら、見てみなさいナマエ。素晴らしいだろう」
そうですね、と相槌を打ちながら彼の手元を見る。奴らに集めさせる、という言葉通り、鶴見中尉はまんまと複数枚の人皮を手に入れたのだった。
「尾形もキロランケもぶっ殺してやる。…それで、あいつらが樺太に渡ったという根拠は?」
「谷垣が杉元たちを救助に向かった時、網走監獄の正門ではこんなやり取りがあったそうだ」
インカラマッは、キロランケの裏切り行為を目撃し、それをアシリパに伝えようとしたが失敗、揉み合いとなってマキリが腹部に刺さってしまった。その際キロランケは、「あいつが変わってしまった、金塊の情報を古い仲間に伝えに行くはずだったのに」と言い残し、谷垣が正門に戻ってくるのを察知して逃げていった、という話を鶴見中尉は肋骨服を着ながら説明する。
「アシリパという重要な鍵を手に入れた今、キロランケはかつての仲間……パルチザンと合流する可能性が高い。奴らにアシリパを確保されると厄介だ」
「オレを使え。あんたらだけで行ってもアシリパさんは信用しない。そして暗号が解けたら、二百円俺にくれ」
現在、病室には谷垣に家永、月島と鯉登少尉も顔を出している。谷垣の樺太行きも決まったところで、鶴見中尉は二人の部下を見遣った。
「網走監獄で暴れた後片付けが残っているので、私はまだここを離れられん……樺太へは少数先鋭で先遣隊を送る。月島軍曹と鯉登少尉、お前たちが同行しろ」
鯉登少尉は悲しみのあまり叫び、ぐにゃり脱力してしまったので、月島が「お気を確かに」と声をかける。話が纏まったところで、彼らは杉元の病室を後にした。