第15章
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「単寧 鞣しを試したんだが、なかなか肌も良い調子だよ。江渡貝くんが言っていた通りだな」
起床してすぐ、鶴見中尉はシャツを着る前なので、上半身は刺青人皮一枚の姿だ。
彼は首回りに人差し指を差し込んで、胸元や腹部の皮膚を確認しながら言うと、シャツを手渡そうとしたナマエの手を取って自分の方へと引き寄せた。
どうだ、と問われて見てみると、確かに少し荒れていた肌は健やかになっている。
「本当ですね。良かったです」
「手間はかかるが良い鞣し方法だな。さて、贋作も手に入った事だから、木五倍子 の実を処分しなくてはね」
鶴見中尉はようやくシャツを受け取り、ついでにナマエの手を撫でてから袖を通して釦をしめる。
贋作作りの証拠や、見破る手がかりになる物を全て消すと言うことだろう。
朝食を摂って濃紺絨の肋骨服を着込むと、彼はいつものように出かけて行った。
二階堂がまたもや負傷して軍病院に入院したと聞いたのは、それから間も無くのことだった。
例の証拠は完全に隠滅したものの、彼は江渡貝邸に居合わせた杉元佐一や土方歳三らとの戦闘で、右足を失ったという事だった。
余りにも気の毒でお見舞いに行くのも憚られたが、鶴見中尉に 病室で一人では益々よくない、と言われてナマエは日々足を運んでいる。
今日もそっと彼の病室の扉を開けると、血色の悪い痩せた顔が布団から覗いていた。
頭には江渡貝くんが作った革製品を被っていて、洋平の耳が口元に添えられている。耳の穴に紐を通して、首から下げていた頃より遥かに便利そうである。
「ナマエ!来たの?」
二階堂は足を失ったことや莫爾比涅 の副作用でこのところ様子がおかしかった。
「ねえ、穴門蜜柑ないの?前もって来たやつ」
「すみません、柑橘類が今出回っていなくて……良かったらこれを」
ベッド脇の椅子に腰掛け、持っていた風呂敷を膝に置くと結び目を解く。
二階堂がじっと見ている中、ころんと顔を出したのは熟れた季 だった。
なんだ季かぁと残念そうにしつつも、彼は一つ頂戴と言うように片手を出したので、柔らかな果実を不健康そうな掌に乗せる。
二階堂は皮ごと齧り付くと、少し顔をしかめた。
「皮が酸っぱい。でも、中は甘いね。俺、果物は甘いのが好き」
そう言いながら食べ終えると、ナマエが差し出した濡れ布巾で垂れた果汁を拭く。
それをベッド横の台に置くと、彼は布団の中からゴソゴソと小さな瓶を取り出した。
「二階堂さん、それって…もしかして、莫爾比涅ですか?駄目ですよ、そんなの持っていたら」
「これ打つと楽になるんだよ、皆んなには内緒にしてね」
そう言いながら注射針まで持ち出したので、ナマエは慌てて彼の手からそれを取り上げようとしたが、驚くほど頑なな掌は、一向に小瓶を離そうとはしなかった。
「二階堂!またやってるのか」
その時慌ただしく病室へ入って来たのは、月島軍曹と眼鏡をかけた医者だ。
彼らは急いで二階堂の元へ駆け寄ると、二人掛かりで瓶を取り上げようとする。
ヤダヤダと子供のように首を振って抵抗している所に、なんの騒ぎだ、という落ち着いた声が扉の方からしてナマエが振り返ると、ラヘンデル の花を持った鶴見中尉が入ってくる所だった。
「ナマエも来ていたのだね、ありがとう。それで、二階堂は何をしているんだ」
「二階堂が莫爾比涅を瓶ごと盗み、隠れて自分で打ちまくっていたのです」
そう返事をした月島の手には瓶が握られていて、二階堂の あれがないと洋平も痛いよねぇ、杉元を追えないよね?という囁き声が聞こえてくる。
鶴見中尉は ふう、と溜息をつくと、返してと騒ぐ二階堂にダメッと厳しく言って聞かせた。
「お医者様の言う容量を守らないとダメだぞ」
二階堂は納得いかない様子で恨めしそうに莫爾比涅の小瓶を眺めていたが、鶴見中尉はそれを軍服のポケットに仕舞った。
♢
御見舞いを終え、鶴見中尉、月島、ナマエは軍病院を後にして家へと向かっている。
鶴見中尉はポケットから、二階堂が持っていた薄青い小瓶を取り出すと、蓋を開けてクンクンと匂いを嗅いだ。
きっと奉天で負傷した時は、莫爾比涅を使っていたのだろう。
やがて家が見えて来たが、見知らぬ荷車とそれに座る男が見えて、月島は様子を伺うように近づいた。
「もし、どちら様?」
彼は声をかけられて振り返るや否や、月島の小銃を指差すと、大声で「それをつくった者である」と言う。
「これはこれは有坂閣下、お待たせして申し訳ない」
鶴見中尉は敬礼すると、有坂閣下に負けず劣らずの大声で挨拶をしたので、月島もそれに倣う。
ナマエもお辞儀をすると、月島が「こちらは銃器開発者の陸軍中将、有坂閣下です」と耳打ちした。
有坂閣下はまさに機関銃のように喋り倒した後に、ナマエに視線を向けて口を開く。
「しかし鶴見くん、いつのまに結婚していたんだね。綺麗な奥様じゃないか」
「ご挨拶が遅れまして申し訳ありません。家内のナマエです」
ナマエが改めてお辞儀をすると、有坂閣下は そんなのは良い、と言って笑った。
その後、家でお茶でもと言う話になり、兵舎に戻る月島を除いた三人は家に入る。
ナマエは台所で準備をしながら、男達の大声な会話を聞く。
どうやら二階堂に義足を造る話をしているようで、鶴見中尉の部下思いな一面がナマエは嬉しかった。
起床してすぐ、鶴見中尉はシャツを着る前なので、上半身は刺青人皮一枚の姿だ。
彼は首回りに人差し指を差し込んで、胸元や腹部の皮膚を確認しながら言うと、シャツを手渡そうとしたナマエの手を取って自分の方へと引き寄せた。
どうだ、と問われて見てみると、確かに少し荒れていた肌は健やかになっている。
「本当ですね。良かったです」
「手間はかかるが良い鞣し方法だな。さて、贋作も手に入った事だから、
鶴見中尉はようやくシャツを受け取り、ついでにナマエの手を撫でてから袖を通して釦をしめる。
贋作作りの証拠や、見破る手がかりになる物を全て消すと言うことだろう。
朝食を摂って濃紺絨の肋骨服を着込むと、彼はいつものように出かけて行った。
二階堂がまたもや負傷して軍病院に入院したと聞いたのは、それから間も無くのことだった。
例の証拠は完全に隠滅したものの、彼は江渡貝邸に居合わせた杉元佐一や土方歳三らとの戦闘で、右足を失ったという事だった。
余りにも気の毒でお見舞いに行くのも憚られたが、鶴見中尉に 病室で一人では益々よくない、と言われてナマエは日々足を運んでいる。
今日もそっと彼の病室の扉を開けると、血色の悪い痩せた顔が布団から覗いていた。
頭には江渡貝くんが作った革製品を被っていて、洋平の耳が口元に添えられている。耳の穴に紐を通して、首から下げていた頃より遥かに便利そうである。
「ナマエ!来たの?」
二階堂は足を失ったことや
「ねえ、穴門蜜柑ないの?前もって来たやつ」
「すみません、柑橘類が今出回っていなくて……良かったらこれを」
ベッド脇の椅子に腰掛け、持っていた風呂敷を膝に置くと結び目を解く。
二階堂がじっと見ている中、ころんと顔を出したのは熟れた
なんだ季かぁと残念そうにしつつも、彼は一つ頂戴と言うように片手を出したので、柔らかな果実を不健康そうな掌に乗せる。
二階堂は皮ごと齧り付くと、少し顔をしかめた。
「皮が酸っぱい。でも、中は甘いね。俺、果物は甘いのが好き」
そう言いながら食べ終えると、ナマエが差し出した濡れ布巾で垂れた果汁を拭く。
それをベッド横の台に置くと、彼は布団の中からゴソゴソと小さな瓶を取り出した。
「二階堂さん、それって…もしかして、莫爾比涅ですか?駄目ですよ、そんなの持っていたら」
「これ打つと楽になるんだよ、皆んなには内緒にしてね」
そう言いながら注射針まで持ち出したので、ナマエは慌てて彼の手からそれを取り上げようとしたが、驚くほど頑なな掌は、一向に小瓶を離そうとはしなかった。
「二階堂!またやってるのか」
その時慌ただしく病室へ入って来たのは、月島軍曹と眼鏡をかけた医者だ。
彼らは急いで二階堂の元へ駆け寄ると、二人掛かりで瓶を取り上げようとする。
ヤダヤダと子供のように首を振って抵抗している所に、なんの騒ぎだ、という落ち着いた声が扉の方からしてナマエが振り返ると、
「ナマエも来ていたのだね、ありがとう。それで、二階堂は何をしているんだ」
「二階堂が莫爾比涅を瓶ごと盗み、隠れて自分で打ちまくっていたのです」
そう返事をした月島の手には瓶が握られていて、二階堂の あれがないと洋平も痛いよねぇ、杉元を追えないよね?という囁き声が聞こえてくる。
鶴見中尉は ふう、と溜息をつくと、返してと騒ぐ二階堂にダメッと厳しく言って聞かせた。
「お医者様の言う容量を守らないとダメだぞ」
二階堂は納得いかない様子で恨めしそうに莫爾比涅の小瓶を眺めていたが、鶴見中尉はそれを軍服のポケットに仕舞った。
♢
御見舞いを終え、鶴見中尉、月島、ナマエは軍病院を後にして家へと向かっている。
鶴見中尉はポケットから、二階堂が持っていた薄青い小瓶を取り出すと、蓋を開けてクンクンと匂いを嗅いだ。
きっと奉天で負傷した時は、莫爾比涅を使っていたのだろう。
やがて家が見えて来たが、見知らぬ荷車とそれに座る男が見えて、月島は様子を伺うように近づいた。
「もし、どちら様?」
彼は声をかけられて振り返るや否や、月島の小銃を指差すと、大声で「それをつくった者である」と言う。
「これはこれは有坂閣下、お待たせして申し訳ない」
鶴見中尉は敬礼すると、有坂閣下に負けず劣らずの大声で挨拶をしたので、月島もそれに倣う。
ナマエもお辞儀をすると、月島が「こちらは銃器開発者の陸軍中将、有坂閣下です」と耳打ちした。
有坂閣下はまさに機関銃のように喋り倒した後に、ナマエに視線を向けて口を開く。
「しかし鶴見くん、いつのまに結婚していたんだね。綺麗な奥様じゃないか」
「ご挨拶が遅れまして申し訳ありません。家内のナマエです」
ナマエが改めてお辞儀をすると、有坂閣下は そんなのは良い、と言って笑った。
その後、家でお茶でもと言う話になり、兵舎に戻る月島を除いた三人は家に入る。
ナマエは台所で準備をしながら、男達の大声な会話を聞く。
どうやら二階堂に義足を造る話をしているようで、鶴見中尉の部下思いな一面がナマエは嬉しかった。