第12章
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二階の部屋で、彼女たちは前回と同じようにお菓子をつまみながら他愛の無い話をしていた。
女学校の話や、縁談の話、読んでいる少女雑誌の話。
ナマエにとっては今まであまり縁の無い話題だったので、その無邪気な少女らしさが眩しい気はしたけれど、若い娘らしく喋り続ける彼女を可愛らしいと思った。
しかし、そんな綿飴のようにふわふわした空気を、一発の銃声が貫いた。
二人は身を硬くすると、顔を見合わせる。
娘は恐怖に真っ青になったので、ナマエは 大丈夫よ、と声をかけた。
「今日は主人の部下も来ているようですから、何かあってもすぐ収めてくださるはずです。……私は様子を見て来ますから、ここに居て」
はい、と頷くのを見届けてから、ナマエはそろりと襖を開けて外に出た。
見ると夥しい血を流して倒れている兵士が二人見えて、ナマエは絶句する。
恐る恐る階段に近づき、一階の方を覗き込んで見ると、前に見た軍帽の男とヤン衆らしき男の二人が見えた。
ヤン衆の男は怪我をしているのか、血を流している。
その時軍帽の男がふと顔を上げて目が合った。
「あれ?君どこかで……そんな訳ないか。それよりここは危ないから早く身を隠した方がいいよ」
彼はそれだけ言うと、怪我をした男を背負って階段を降りていく。
静かになったのもつかの間、一階からけたたましい銃声が響いてナマエは思わず耳に手をあてがった。
小銃や拳銃ではなく、機関銃というものかもしれない。
軍帽の男が叫ぶ声と、耳を貫くような銃声の迫力にナマエが立ち尽くしていると、やがてそれらは収まって鶴見中尉の鋭い声が聞こえる。
「ナマエ!そこにいるのか?怪我はないか」
「はい、私は大丈夫です!」
ナマエが大声で返すと、二階で待っていなさい、と返事が聞こえて彼が立ち去っていく気配がする。
きっとあの軍帽の男を追いかけるのだろう。
ナマエは少しもつれる足で、少女が待つ部屋へ戻って行った。
♢
鶴見中尉が戻ってきたのは、夕方になってからだった。
一階に来るように言われて降りてみると、親方は頭に何かぶつかったのか介抱を受けている。
「人生何が起こるか分かりませんな。是非我々に投資を」
鶴見中尉は半分投げやりな態度で言うと、案の定親方は家を立て直すと言ってこの話はお終いになった。
話がひと段落したところで、ナマエは鶴見中尉の隣へ行って、昨晩に言おう思っていたことを話し始める。
「そうか。昨日意識が戻ったか」
「はい。少しですが話もしましたし、快復しているのではないかと思います」
「何を話したんだい」
鶴見中尉は何の気なしにした質問だっただろうが、ナマエは少し動揺した。
尾形が 連れ出してやろうか、と言ったことを、鶴見中尉に伝えるのは尾形の立場としてはまずいような気がしたのだ。
しかし隠し事をするには相手が悪すぎる。
鶴見中尉はちらりとナマエの顔を見やってから、この話は家でしようか、と言った。
やがて全員番屋からお暇することになり、連れ立って外へ出る。
空が暗くなり始めて、風も冷たくなってきた。
馬の方へ歩いていくと、後ろから鶴見中尉殿、と声をかけられて二人が振り向いた。
兵士の一人が敬礼して立っている。
「尾形百之助が病院から消えました。二階堂浩平一等卒の姿も見えません」
その報告を聞いた鶴見中尉は、暗い目をして何か考えている。
ナマエも二人の失踪には驚いた。彼らは一体何のつもりなのだろう。
鶴見中尉はナマエを促すと、馬に跨って家路についた。
♢
「それで、尾形はなんと?」
寝る前、二人は並んで火鉢に手をかざしている。
ナマエは一呼吸置いてから、口を開いた。
「……連れ出してやろうか、と。どうして彼がそんなことを言ったのかは、よく分からないのですが」
「そうか」
鶴見中尉は考える様子を見せたあと、ナマエに視線を向けた。
彼の目は柔らかくて、ナマエは無条件に安心してしまう。
「よく教えてくれたね。ナマエは優しいから、色々と考えてしまったのだろう?尾形には困ったものだ」
君を悩ませるなんて、と頬に優しく触れながら言う。
「尾形は私の部下に尾行させている。居場所は逐一報告させているから……万が一のことがあれば、私は彼を消す。造反者を許すわけにはいかないからね」
そう言った鶴見中尉は、優しい指先と裏腹に、静かな狂気がその身を満たしているように見えた。
ナマエはそれを見ると、なんだか心が痛くなった。
彼の並大抵ではない目的達成への執念。そのためにはいかなる犠牲も厭わないと言う覚悟。
こんなに苦しいことを、いつまでも続けるつもりなのだ。
一体何が、鶴見中尉をそうさせるのだろう。
それは分からなかったけれど、ナマエはいつまでも、彼の事を見守りたいと思った。
「ナマエ?」
鶴見中尉は おや、というような顔をする。
ナマエの手が伸びてきて、彼の頬に触れたからだ。
少し窪んだ頬に、髭の感触。
「……旦那さまが思う道を進んで下さい。それはきっと正しいと、私は思いますから」
鶴見中尉はじっとナマエを見たあと、静かに微笑んだ。
二人は布団に入ると、互いの体温を感じながら眠りに落ちていった。
女学校の話や、縁談の話、読んでいる少女雑誌の話。
ナマエにとっては今まであまり縁の無い話題だったので、その無邪気な少女らしさが眩しい気はしたけれど、若い娘らしく喋り続ける彼女を可愛らしいと思った。
しかし、そんな綿飴のようにふわふわした空気を、一発の銃声が貫いた。
二人は身を硬くすると、顔を見合わせる。
娘は恐怖に真っ青になったので、ナマエは 大丈夫よ、と声をかけた。
「今日は主人の部下も来ているようですから、何かあってもすぐ収めてくださるはずです。……私は様子を見て来ますから、ここに居て」
はい、と頷くのを見届けてから、ナマエはそろりと襖を開けて外に出た。
見ると夥しい血を流して倒れている兵士が二人見えて、ナマエは絶句する。
恐る恐る階段に近づき、一階の方を覗き込んで見ると、前に見た軍帽の男とヤン衆らしき男の二人が見えた。
ヤン衆の男は怪我をしているのか、血を流している。
その時軍帽の男がふと顔を上げて目が合った。
「あれ?君どこかで……そんな訳ないか。それよりここは危ないから早く身を隠した方がいいよ」
彼はそれだけ言うと、怪我をした男を背負って階段を降りていく。
静かになったのもつかの間、一階からけたたましい銃声が響いてナマエは思わず耳に手をあてがった。
小銃や拳銃ではなく、機関銃というものかもしれない。
軍帽の男が叫ぶ声と、耳を貫くような銃声の迫力にナマエが立ち尽くしていると、やがてそれらは収まって鶴見中尉の鋭い声が聞こえる。
「ナマエ!そこにいるのか?怪我はないか」
「はい、私は大丈夫です!」
ナマエが大声で返すと、二階で待っていなさい、と返事が聞こえて彼が立ち去っていく気配がする。
きっとあの軍帽の男を追いかけるのだろう。
ナマエは少しもつれる足で、少女が待つ部屋へ戻って行った。
♢
鶴見中尉が戻ってきたのは、夕方になってからだった。
一階に来るように言われて降りてみると、親方は頭に何かぶつかったのか介抱を受けている。
「人生何が起こるか分かりませんな。是非我々に投資を」
鶴見中尉は半分投げやりな態度で言うと、案の定親方は家を立て直すと言ってこの話はお終いになった。
話がひと段落したところで、ナマエは鶴見中尉の隣へ行って、昨晩に言おう思っていたことを話し始める。
「そうか。昨日意識が戻ったか」
「はい。少しですが話もしましたし、快復しているのではないかと思います」
「何を話したんだい」
鶴見中尉は何の気なしにした質問だっただろうが、ナマエは少し動揺した。
尾形が 連れ出してやろうか、と言ったことを、鶴見中尉に伝えるのは尾形の立場としてはまずいような気がしたのだ。
しかし隠し事をするには相手が悪すぎる。
鶴見中尉はちらりとナマエの顔を見やってから、この話は家でしようか、と言った。
やがて全員番屋からお暇することになり、連れ立って外へ出る。
空が暗くなり始めて、風も冷たくなってきた。
馬の方へ歩いていくと、後ろから鶴見中尉殿、と声をかけられて二人が振り向いた。
兵士の一人が敬礼して立っている。
「尾形百之助が病院から消えました。二階堂浩平一等卒の姿も見えません」
その報告を聞いた鶴見中尉は、暗い目をして何か考えている。
ナマエも二人の失踪には驚いた。彼らは一体何のつもりなのだろう。
鶴見中尉はナマエを促すと、馬に跨って家路についた。
♢
「それで、尾形はなんと?」
寝る前、二人は並んで火鉢に手をかざしている。
ナマエは一呼吸置いてから、口を開いた。
「……連れ出してやろうか、と。どうして彼がそんなことを言ったのかは、よく分からないのですが」
「そうか」
鶴見中尉は考える様子を見せたあと、ナマエに視線を向けた。
彼の目は柔らかくて、ナマエは無条件に安心してしまう。
「よく教えてくれたね。ナマエは優しいから、色々と考えてしまったのだろう?尾形には困ったものだ」
君を悩ませるなんて、と頬に優しく触れながら言う。
「尾形は私の部下に尾行させている。居場所は逐一報告させているから……万が一のことがあれば、私は彼を消す。造反者を許すわけにはいかないからね」
そう言った鶴見中尉は、優しい指先と裏腹に、静かな狂気がその身を満たしているように見えた。
ナマエはそれを見ると、なんだか心が痛くなった。
彼の並大抵ではない目的達成への執念。そのためにはいかなる犠牲も厭わないと言う覚悟。
こんなに苦しいことを、いつまでも続けるつもりなのだ。
一体何が、鶴見中尉をそうさせるのだろう。
それは分からなかったけれど、ナマエはいつまでも、彼の事を見守りたいと思った。
「ナマエ?」
鶴見中尉は おや、というような顔をする。
ナマエの手が伸びてきて、彼の頬に触れたからだ。
少し窪んだ頬に、髭の感触。
「……旦那さまが思う道を進んで下さい。それはきっと正しいと、私は思いますから」
鶴見中尉はじっとナマエを見たあと、静かに微笑んだ。
二人は布団に入ると、互いの体温を感じながら眠りに落ちていった。