第10章
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夕食後、豆大福を旨そうに食べ終えた鶴見中尉に向かって、ナマエは日中に出会った二人組のことを切り出した。
すると、寛いでいた彼の表情が一変して厳しくなり、じっとナマエの言葉に耳を傾ける。
そして出会った場所や時間帯、身なりや年齢、ありとあらゆる事を細かく尋ねた。
よくぞそんな事にまで気が回るものだと、感心してしまう程だった。
「帰還兵か……」
鶴見中尉は最後にそう呟くと、目まぐるしく思考していた意識をナマエに戻した。
彼女を見る目には普段のように、穏やかさが宿っている。
「ありがとう、ナマエ。貴重な情報だったぞ。その男は明日から部下に捜索させよう」
「お役に立てて嬉しいです」
ナマエはささやかながら鶴見中尉の仕事に協力できたことを嬉しく思いながら、少なくなった彼の湯のみに急須でお茶を注ぎ足した。
♢
尾形が重傷を負って軍病院に入院したと聞いたのは、例の帰還兵が現れてすぐの事だった。
その日、鶴見中尉は夜遅くに帰ってきた。
何か考えながら着替えている様子だったので、彼女は黙って鶴見中尉が脱いだ衣類を受け取ると片付ける。
居間の火鉢で手を温めながら、彼は口を開いた。
「尾形が重傷で見つかってね。今日から軍病院に入院させた。ナマエも面識があるだろう」
「はい、ございます。重傷ですか……どうして」
「それがまだ意識が回復していなくてね。詳しいことは分からない。奴が話せるようになるのを待たなくては」
鍛えられた兵士に何があったのだろう。
意識不明になるほどの怪我と聞いて、なんだか背筋が寒くなる。
「そうですか……お見舞いに行ってもいいでしょうか」
「うん、尾形に声をかけてやってくれ。意識を取り戻すかも知れないから」
色々と聞きたいことがあるのでね、と鶴見中尉は低い声で独り言のように言う。
それは部下に対する心配とは別の感情が込められているように思えたが、ナマエは追求せずに はい、と頷いた。
それから数日後、ナマエは軍病院を訪れた。
病室に通されると、顔に惨い傷を受けた尾形がベッドに横たわり、目を閉じている。
「……尾形さん。ナマエです。鶴見さんのお言い付けでお見舞いに来ました」
意識がないのは分かっていたが、ベッド近くの椅子に腰掛けると声をかけてみる。
やはり返事はなく、ナマエは黙って尾形の様子を見ていた。
その時、ガチャリと扉が開いて月島が入ってくる。
「奥様。病室までお越し頂いて有難うございます」
ナマエは立ち上がると頭を下げて挨拶をした。
空いている椅子を月島に勧めると、では、と言って腰を下ろす。
「月島さん、そんなにかしこまらないで頂けると助かるのですが」
「そういう訳にはいきません。鶴見中尉殿の奥様なのですから」
しかし彼の表情は柔らかく、ナマエは安心したように微笑んだ。
「……尾形さんは、ずっとこのままなのですか」
「はい。一人で滑落したのか、誰かと交戦したのかは分かりませんが……交戦したとすれば、かなりの手練れでしょう。尾形はすぐにやられるような兵士ではありませんから」
それから、と言って、月島は話題を変えた。
「……鯉登少尉は、何か失礼を致しませんでしたか」
失礼?とナマエは聞き返すと、「とんでもない」と笑った。
「鯉登さんはとても親切にして下さいます。鶴見さん…、いえ、主人の部下は、素晴らしい方ばかりなんですね」
そう言いながら、照れ笑いをしたナマエを月島は黙って見やったあとに、そうですか、と返事をする。
少尉殿の淡い恋心は、どうやら届いていないらしい。
月島はひとまず安心したが、若い将校の気持ちを考えると、やはり少し不憫に思う。
二人はしばらく黙っていたが、やがて扉の向こうから月島軍曹殿、と兵士らしき男の声が聞こえたので、彼は腰を浮かせながらナマエの顔を見る。
「すみませんが、尾形の容態に変化があれば知らせて下さいますか。私は少し出ますので」
申し訳なさそうに言った月島に、ナマエは頷いて応えると、彼の背中を見送った。
すると、寛いでいた彼の表情が一変して厳しくなり、じっとナマエの言葉に耳を傾ける。
そして出会った場所や時間帯、身なりや年齢、ありとあらゆる事を細かく尋ねた。
よくぞそんな事にまで気が回るものだと、感心してしまう程だった。
「帰還兵か……」
鶴見中尉は最後にそう呟くと、目まぐるしく思考していた意識をナマエに戻した。
彼女を見る目には普段のように、穏やかさが宿っている。
「ありがとう、ナマエ。貴重な情報だったぞ。その男は明日から部下に捜索させよう」
「お役に立てて嬉しいです」
ナマエはささやかながら鶴見中尉の仕事に協力できたことを嬉しく思いながら、少なくなった彼の湯のみに急須でお茶を注ぎ足した。
♢
尾形が重傷を負って軍病院に入院したと聞いたのは、例の帰還兵が現れてすぐの事だった。
その日、鶴見中尉は夜遅くに帰ってきた。
何か考えながら着替えている様子だったので、彼女は黙って鶴見中尉が脱いだ衣類を受け取ると片付ける。
居間の火鉢で手を温めながら、彼は口を開いた。
「尾形が重傷で見つかってね。今日から軍病院に入院させた。ナマエも面識があるだろう」
「はい、ございます。重傷ですか……どうして」
「それがまだ意識が回復していなくてね。詳しいことは分からない。奴が話せるようになるのを待たなくては」
鍛えられた兵士に何があったのだろう。
意識不明になるほどの怪我と聞いて、なんだか背筋が寒くなる。
「そうですか……お見舞いに行ってもいいでしょうか」
「うん、尾形に声をかけてやってくれ。意識を取り戻すかも知れないから」
色々と聞きたいことがあるのでね、と鶴見中尉は低い声で独り言のように言う。
それは部下に対する心配とは別の感情が込められているように思えたが、ナマエは追求せずに はい、と頷いた。
それから数日後、ナマエは軍病院を訪れた。
病室に通されると、顔に惨い傷を受けた尾形がベッドに横たわり、目を閉じている。
「……尾形さん。ナマエです。鶴見さんのお言い付けでお見舞いに来ました」
意識がないのは分かっていたが、ベッド近くの椅子に腰掛けると声をかけてみる。
やはり返事はなく、ナマエは黙って尾形の様子を見ていた。
その時、ガチャリと扉が開いて月島が入ってくる。
「奥様。病室までお越し頂いて有難うございます」
ナマエは立ち上がると頭を下げて挨拶をした。
空いている椅子を月島に勧めると、では、と言って腰を下ろす。
「月島さん、そんなにかしこまらないで頂けると助かるのですが」
「そういう訳にはいきません。鶴見中尉殿の奥様なのですから」
しかし彼の表情は柔らかく、ナマエは安心したように微笑んだ。
「……尾形さんは、ずっとこのままなのですか」
「はい。一人で滑落したのか、誰かと交戦したのかは分かりませんが……交戦したとすれば、かなりの手練れでしょう。尾形はすぐにやられるような兵士ではありませんから」
それから、と言って、月島は話題を変えた。
「……鯉登少尉は、何か失礼を致しませんでしたか」
失礼?とナマエは聞き返すと、「とんでもない」と笑った。
「鯉登さんはとても親切にして下さいます。鶴見さん…、いえ、主人の部下は、素晴らしい方ばかりなんですね」
そう言いながら、照れ笑いをしたナマエを月島は黙って見やったあとに、そうですか、と返事をする。
少尉殿の淡い恋心は、どうやら届いていないらしい。
月島はひとまず安心したが、若い将校の気持ちを考えると、やはり少し不憫に思う。
二人はしばらく黙っていたが、やがて扉の向こうから月島軍曹殿、と兵士らしき男の声が聞こえたので、彼は腰を浮かせながらナマエの顔を見る。
「すみませんが、尾形の容態に変化があれば知らせて下さいますか。私は少し出ますので」
申し訳なさそうに言った月島に、ナマエは頷いて応えると、彼の背中を見送った。