第9章
名前変換
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二人は部屋に入るなり、火鉢に寄って行って手を温めた。
やはり寒さが苦手のようだ。きっと彼らには北海道の冬は厳しいに違いない。
ナマエがお茶とお菓子を出すと、二人は立ち上がって座布団に腰を下ろして、頂きますと言ってから湯飲みに口をつけた。
「あったけぇ」
ナマエは言葉を発したのが洋平なのか浩平なのか分からなかったが、曖昧に微笑んだ。
「外が寒かったですものね。……洋平さんと浩平さんは、ご出身は他の土地ですか?」
二階堂さん達、と一括りにするのもどうかと思い、ナマエは彼らを名前で呼ぶことにした。
「はい、自分らの国は静岡ですが……何故ですか」
「いえ、とても寒そうにしてらしたので」
そう言うと、洋平と浩平は初めて口元に笑みらしきものを見せた。
しかし目の奥は笑っておらず、冷ややかな印象のままだ。
「そうですね。北海道は寒すぎますから……静岡が懐かしくなるときもありますよ」
洋平と浩平は交互に話しながら、出された饅頭を口にした。
二人とも饅頭については何も言わないが、むしゃむしゃと食べているので口に合ったのだろう。
その時玄関の戸を叩く音がして、ナマエは誰かしらと不思議に思いながらも席を立つ。
「二階堂!!いるか!?」
引戸を開けるや否や、大声で兄弟を呼んだのは鯉登少尉だった。
ナマエは驚いて彼を見上げる。
「鯉登さん?どうされましたか。洋平さんと浩平さんなら、少し上がっていただいていますが……」
洋平さんと浩平さん……と、鯉登少尉が口の中で呟いたところに、二階堂兄弟が廊下の方へすっと顔を出した。
「あ、鯉登少尉殿」
「貴様らぁ!ナマエさんのところには鶴見中尉殿の言伝を伝えに行っただけと聞いているぞ。なぜ上がり込んでいるんだ」
ナマエにどうぞと促され、鯉登少尉は慌ただしく家に上がる。
その様子は、夏の日に見た海軍少将の御令息、という雰囲気ではなくて、やんちゃなお坊ちゃんという表現がぴったりだった。
彼はずかずかと居間まで来ると、食べかけの饅頭を見てくるりと振り返る。
「私を差し置いて饅頭までご馳走になりおって……!ナマエさんにご迷惑だろう!」
「いえ鯉登さん、私がお引止めしたのです。どうか洋平さんと浩平さんをお咎めにならないで下さい……お忙しい兵隊さんに、不躾な事をしてしまいました」
申し訳なさそうにうなだれるナマエを、鯉登少尉はハッとした様子で見る。
「いえ、私は決してナマエさんを責めるつもりは……すんもはん」
そこから先は早口の薩摩弁で何やら弁明していて聞き取れなかったが、鯉登少尉が二階堂を怒るつもりがないことは分かったのでナマエはホッと胸をなで下ろした。
「では、宜しければ鯉登さんも召し上がって行きますか?」
ナマエの提案に、鯉登少尉は顔を明るくさせて頷いたので、結局4人でお茶を飲むことになった。
「この饅頭は美味しいですね。ナマエさんが買い求めるのですか?」
鯉登少尉はお茶を啜ってから、饅頭を一口食べてナマエに問う。
二階堂兄弟はもう食べ終えて、上官が食事を終えるのを正座して待っている。
「はい、そうです。鶴見さんは和菓子がお好きですから、切らさないようにしているのです」
「そうですか…」
敬愛する鶴見中尉と、少し気になる存在のナマエ。
この組み合わせをどう捉えたら良いのか、鯉登少尉の悩みの種は尽きない。
そして彼は視線をキッと双子に向けると口を開いた。
「二階堂、私が小樽にいるときに鶴見中尉殿からナマエさんに言伝を頼まれた場合、私にその役目を変わるんだぞ。いいな?」
「はぁ、わかりました」
二人ともやや訝しげに上官を見返しながらも頷くと、鯉登少尉は 絶対だぞ、と念を押して再び饅頭を口に入れた。
「あとお前たち、食べ終わったならさっさと兵舎に戻れ。私はまだお茶が残っているからもう少ししてから出る」
「はい」
洋平と浩平は、ご馳走様でしたと言って立ち上がると、一礼して去って行った。
居間に残された二人を沈黙が包む。
ナマエは饅頭を咀嚼する鯉登少尉をちらりと見やった。
どうして彼がここにいるのか、いまいち掴むことができない。
「……鯉登さんも、和菓子がお好きなんですか?」
「えっ。何故ですか」
「いえ、言伝の役で得をする可能性があるとすれば、お菓子くらいかと思いまして…」
この上官の女は、自分自身を目当てに鯉登少尉がこの家を訪れているとは夢にも思っていないだろう。
彼自身も、まだこの気持ちを認めたくないのだから当たり前ではあるのだが、先程二階堂達が名前で呼ばれているのを聞いた時は、嫉妬心を認めざるを得なかった。
禁忌とはなんて甘いのだろう。
手が届かないものほど欲しくなるのは、人間の性なのだろうか。
「……貴女は、ご自身の魅力をもっと自覚された方がいい」
いけない、と分かっているのに、彼は正座している膝でナマエに躙り寄る。
私は貴女に惹かれているのです。貴女の姿をもっと見たいと思っているのです。でも貴女の目には、鶴見中尉殿しか映らないのでしょうね。
そんな言葉がついて出そうになった時だった。
玄関から来客の声がして、ナマエは流れるような仕草で立ち上がった。
「またお客様がいらしたようです。今日は沢山ですね」
そう言って微笑むと、彼女は廊下の方へ消えていき、鯉登少尉は一人居間に残された。
自分が発言しようとした内容の大胆さに、今更冷や汗が出る思いだった。
彼は思いを断ち切るように頭を振ると、冷めてしまったお茶を飲み込む。
「鯉登少尉殿。こちらに居たんですね。勝手にいなくなるのはやめて下さい」
入って来たのは仏頂面の月島で、少しほっとする。
もし今鶴見中尉と顔を合わせるとしたら、どのような態度を取ればいいのかわからない。
「月島か。……良かった」
月島は不思議そうな顔をしたが、後から入って来たナマエにお暇を告げると、軍人二人は家を後にした。
日が暮れてきて、先程より寒く感じる兵舎への帰り道、押し黙ったままの鯉登少尉に向かって月島は口を開く。
「これ以上深入りしても良いことはありませんよ」
「……分かっている。だから、眺めているだけだ」
それきり二人は沈黙すると、ひたすらに足を進めた。
やはり寒さが苦手のようだ。きっと彼らには北海道の冬は厳しいに違いない。
ナマエがお茶とお菓子を出すと、二人は立ち上がって座布団に腰を下ろして、頂きますと言ってから湯飲みに口をつけた。
「あったけぇ」
ナマエは言葉を発したのが洋平なのか浩平なのか分からなかったが、曖昧に微笑んだ。
「外が寒かったですものね。……洋平さんと浩平さんは、ご出身は他の土地ですか?」
二階堂さん達、と一括りにするのもどうかと思い、ナマエは彼らを名前で呼ぶことにした。
「はい、自分らの国は静岡ですが……何故ですか」
「いえ、とても寒そうにしてらしたので」
そう言うと、洋平と浩平は初めて口元に笑みらしきものを見せた。
しかし目の奥は笑っておらず、冷ややかな印象のままだ。
「そうですね。北海道は寒すぎますから……静岡が懐かしくなるときもありますよ」
洋平と浩平は交互に話しながら、出された饅頭を口にした。
二人とも饅頭については何も言わないが、むしゃむしゃと食べているので口に合ったのだろう。
その時玄関の戸を叩く音がして、ナマエは誰かしらと不思議に思いながらも席を立つ。
「二階堂!!いるか!?」
引戸を開けるや否や、大声で兄弟を呼んだのは鯉登少尉だった。
ナマエは驚いて彼を見上げる。
「鯉登さん?どうされましたか。洋平さんと浩平さんなら、少し上がっていただいていますが……」
洋平さんと浩平さん……と、鯉登少尉が口の中で呟いたところに、二階堂兄弟が廊下の方へすっと顔を出した。
「あ、鯉登少尉殿」
「貴様らぁ!ナマエさんのところには鶴見中尉殿の言伝を伝えに行っただけと聞いているぞ。なぜ上がり込んでいるんだ」
ナマエにどうぞと促され、鯉登少尉は慌ただしく家に上がる。
その様子は、夏の日に見た海軍少将の御令息、という雰囲気ではなくて、やんちゃなお坊ちゃんという表現がぴったりだった。
彼はずかずかと居間まで来ると、食べかけの饅頭を見てくるりと振り返る。
「私を差し置いて饅頭までご馳走になりおって……!ナマエさんにご迷惑だろう!」
「いえ鯉登さん、私がお引止めしたのです。どうか洋平さんと浩平さんをお咎めにならないで下さい……お忙しい兵隊さんに、不躾な事をしてしまいました」
申し訳なさそうにうなだれるナマエを、鯉登少尉はハッとした様子で見る。
「いえ、私は決してナマエさんを責めるつもりは……すんもはん」
そこから先は早口の薩摩弁で何やら弁明していて聞き取れなかったが、鯉登少尉が二階堂を怒るつもりがないことは分かったのでナマエはホッと胸をなで下ろした。
「では、宜しければ鯉登さんも召し上がって行きますか?」
ナマエの提案に、鯉登少尉は顔を明るくさせて頷いたので、結局4人でお茶を飲むことになった。
「この饅頭は美味しいですね。ナマエさんが買い求めるのですか?」
鯉登少尉はお茶を啜ってから、饅頭を一口食べてナマエに問う。
二階堂兄弟はもう食べ終えて、上官が食事を終えるのを正座して待っている。
「はい、そうです。鶴見さんは和菓子がお好きですから、切らさないようにしているのです」
「そうですか…」
敬愛する鶴見中尉と、少し気になる存在のナマエ。
この組み合わせをどう捉えたら良いのか、鯉登少尉の悩みの種は尽きない。
そして彼は視線をキッと双子に向けると口を開いた。
「二階堂、私が小樽にいるときに鶴見中尉殿からナマエさんに言伝を頼まれた場合、私にその役目を変わるんだぞ。いいな?」
「はぁ、わかりました」
二人ともやや訝しげに上官を見返しながらも頷くと、鯉登少尉は 絶対だぞ、と念を押して再び饅頭を口に入れた。
「あとお前たち、食べ終わったならさっさと兵舎に戻れ。私はまだお茶が残っているからもう少ししてから出る」
「はい」
洋平と浩平は、ご馳走様でしたと言って立ち上がると、一礼して去って行った。
居間に残された二人を沈黙が包む。
ナマエは饅頭を咀嚼する鯉登少尉をちらりと見やった。
どうして彼がここにいるのか、いまいち掴むことができない。
「……鯉登さんも、和菓子がお好きなんですか?」
「えっ。何故ですか」
「いえ、言伝の役で得をする可能性があるとすれば、お菓子くらいかと思いまして…」
この上官の女は、自分自身を目当てに鯉登少尉がこの家を訪れているとは夢にも思っていないだろう。
彼自身も、まだこの気持ちを認めたくないのだから当たり前ではあるのだが、先程二階堂達が名前で呼ばれているのを聞いた時は、嫉妬心を認めざるを得なかった。
禁忌とはなんて甘いのだろう。
手が届かないものほど欲しくなるのは、人間の性なのだろうか。
「……貴女は、ご自身の魅力をもっと自覚された方がいい」
いけない、と分かっているのに、彼は正座している膝でナマエに躙り寄る。
私は貴女に惹かれているのです。貴女の姿をもっと見たいと思っているのです。でも貴女の目には、鶴見中尉殿しか映らないのでしょうね。
そんな言葉がついて出そうになった時だった。
玄関から来客の声がして、ナマエは流れるような仕草で立ち上がった。
「またお客様がいらしたようです。今日は沢山ですね」
そう言って微笑むと、彼女は廊下の方へ消えていき、鯉登少尉は一人居間に残された。
自分が発言しようとした内容の大胆さに、今更冷や汗が出る思いだった。
彼は思いを断ち切るように頭を振ると、冷めてしまったお茶を飲み込む。
「鯉登少尉殿。こちらに居たんですね。勝手にいなくなるのはやめて下さい」
入って来たのは仏頂面の月島で、少しほっとする。
もし今鶴見中尉と顔を合わせるとしたら、どのような態度を取ればいいのかわからない。
「月島か。……良かった」
月島は不思議そうな顔をしたが、後から入って来たナマエにお暇を告げると、軍人二人は家を後にした。
日が暮れてきて、先程より寒く感じる兵舎への帰り道、押し黙ったままの鯉登少尉に向かって月島は口を開く。
「これ以上深入りしても良いことはありませんよ」
「……分かっている。だから、眺めているだけだ」
それきり二人は沈黙すると、ひたすらに足を進めた。