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第1章

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「私は情報将校でね。あらゆる情報を集め、精査しているが…今とある理由があって、金策に走っている」

「…はあ」

ナマエは話が掴めず、間の抜けた返事をする。
鶴見中尉はさらに続けた。

「その活動を通して、ナマエさん、あなたの情報が入ってきた。あなたの御家族に纏わる話だ」

「家族ですか?」

ナマエは母と二人で暮らしていた。
父は早くに病死したと母から聞かされていて、一度も会ったことは無い。
電話交換手の仕事をしてナマエを育てていたが、無理をしていたのだろう。
ナマエが十歳になった頃にあっけなく亡くなり、それから一人で奉公先を転々とした後、今の料亭に落ち着いて生活しているのだった。
だから、家族の話と言われても、ナマエは何も思い当たらなかった。

「そうだ。母君は、生前電話交換手の仕事をされていたね。その以前は、銅山を経営する家の女中であったと」

「はい、そうですが…そこのご主人が良い方で、母に電話交換手の仕事を斡旋してくださったと、幼少の頃に聞いたことがあります」

「うん。その “ご主人 “だがね。…彼こそが、あなたの父親だ」

「……はい?あのう、つまり、どういう…」

ナマエは思いがけない言葉に面食らうが、鶴見中尉は淡々と言葉を続けた。

「母君はあなたをみるに、美しい方だったのだろう。“ご主人”は母君と関係を持ち、あなたが産まれた。母君はお立場上、屋敷を去らなくてはならなかったが、ご主人はあなた方親子が困らぬよう、職業や住居を提供してから別れたようだね」

「………」

鶴見中尉は押し黙るナマエをちらりと見やった。
何を考えているのかわからない、鋭い瞳だった。

「そしてここからが本題だ。あなたの父君の一族が、疱瘡にかかって壊滅状態になった…父君も、もうこの世を去っておられる。しかし今際の際に、ミョウジナマエ…あなたの名を口にしたそうだ」

名を呼ばれて、ナマエは反射的に顔を上げる。
目と鼻の先には、いつの間にか距離を詰めてきている鶴見中尉の顔があり、夜の海のような、黒い瞳がナマエを覗き込んでいるのが見えた。

「今まで隠してきたが、実は血の繋がる娘が一人いる、名はミョウジナマエ。彼女を探して、全てを譲ること…それが赤ん坊を抱えて 一人家を出て行かなくてはならなかった、千代への償いだと」

千代はナマエの母の名前だ。
ナマエは呆気にとられて、鶴見中尉の言葉を聞くばかりだった。

「実際に遺言書を開封してみると、その通りの内容がしたためてあった。あなたは正式に、父君の財産を受け継ぐことになっている」

「はあ、急な話で、なんとも…」

「無理もない、驚くような話ばかりだろうからね。ナマエさんの気持ちはよくわかる。でも、そうも言ってられないんだ。若く身寄りのない女性が、大きな遺産を受け継ぐ…聞いただけでも、気色の悪い生き物が群がってきそうだろう」

鶴見中尉の話が本当ならば、余程しっかりしなければ、確かに碌なことにならないような予感がする。
ナマエはなんだか空恐ろしくなって、膝の上で合わせた手に思わず力がはいった。

「…単刀直入に言おう。ナマエさんに、私がこれから成そうとしていることへ投資して欲しい。そして、私にあなたの身を守らせてくれないか」

鶴見中尉の真っ直ぐな視線に飲み込まれそうになりながら、ナマエはやっとの事で言葉を発する。

「…つまり、鶴見様も、その気色の悪い生き物の一種であられるということでしょうか」

鶴見中尉は困ったように笑った。

「ふふ、あなたから見ればそうかもしれないね。だがいくら私が手段を選ばない男といっても、興味のないご婦人にこんな事は言わないよ」

そう言うと、鶴見中尉はすっと手を伸ばした。
大きな乾いた手が、ナマエの頬と耳たぶに触れる。
ナマエは驚いて、ギクリと身じろぎした。

「あなたの居場所を一番早く突き止めたのは私だが、二番手三番手がこれから必ず現れるだろう。彼らは力ずくで、あなたを自分のものにしようとするかもしれない。そうなるくらいなら、私は今ここであなたを攫おう」

鶴見中尉は冗談とも本気とも取れる調子で、物騒なことを言ってのける。
ナマエは顔の近さと、あてがわれた掌の感触のせいで、顔がじわじわと火照るのを感じた。
鶴見様は近くで見ると鼻の形が綺麗なのがよく分かるのね、などと、どうでも良い考えが浮かんでは消えていく。

「…そんなことをしたら、いくら鶴見様といっても問題になりますよ。私、大声あげますよ」

ナマエがやや上ずった声で言いうと、鶴見中尉は不敵な笑みを口元に浮かべた。

「やれるものなら、やってみなさい」


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