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第5章

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どれくらいの時間が経ったのだろう。
恐らくさほど経過していないのだろうが、今までのどの一日よりも長く感じる。
窓が塞がれているせいで大体の時刻もわからない。
先程蹴られた腹部が痛み、顔をしかめた。

刃物を突きつけたのは脅しだったのだろう。
ナマエが恐怖しているのを見て取ると、男は顔を歪めるようにして笑った。

「フン、それでいい…最初から大人しく従えばいいものを…
……これから函館港へ向かい、内地へ渡る。
第七師団の連中も、さすがにそこまで追ってこないだろう。
金が目的にしても、連中がなんでアンタにここまで構うのかよく分からんが、あんな奴らに追われ続けたら身が持たんからな」

そういうと、男はおもむろに持っていた刃物で拘束の縄を解く。
ナマエは手首をさすりながら、何をされるのかと身構えた。

「連れ去ってきた時の格好じゃすぐ見つかるからな。着替えろ」

男は部屋の隅に置かれた籠を指差して言った。
中に着物でも入っているのだろう。
しかしここから移動してしまうと、発見されるのが遅くなる筈だ。
もっとも、鶴見中尉が自分を探そうとしてくれていればの話だが。
ナマエはなんとか時間を稼げないか必死に考えようとするが、上手くいかない。
結局、あまりいい手は思いつかなかったので、息を吸い込んで叫ぶように言う。

「嫌です。あなたの指図は受けません」

そう言って、ナマエは一目散に戸口に向かって走った。
当然施錠されているので開かないが、精一杯拳をぶつける。
計画性も何もないが、ただ黙って従う気にはなれなかったし、殺されることはないはずだという勝算もあった。

「誰か!お助けください!!」

男は無言でナマエの肩を掴むと、乱暴に引き倒した。
床に叩きつけられ、仰向けになったナマエに男が馬乗りになる。

「うるさい女だ。立場を分からせないといけないようだな…」

そう言うと、男は着物の襟の中に手を差し込もうとする。
ナマエは必死で抵抗しようともがいた。
辱めを受ける事は予想していたが、このまま内地に渡って鶴見中尉に二度と会えなくなるよりは良かった。

北海道の外にまで連れ出されてしまったら、鶴見さんは私を探してくれるかしら。

答えは分からない。だからナマエは、どんな手を使ってでも男をこの場に引き止めようと覚悟を決めたのだった。

その時、先程叩いた戸口が木の割れる激しい音と共に破られ、光が差し込む。
戸を蹴破るようにして入ってきたのは、鶴見中尉だった。
手には銃を待ち、銃口をまっすぐ男に向けている。

「そこを退け。外にいた仲間は我々が全員射殺した。
残るは貴様だけだ」

鶴見中尉は冷徹な表情で男を見下ろしている。
普段とはまるで別人のように暗い瞳をした彼から、ナマエは目が離せなかった。
恐ろしいのに、不思議と官能的にさえ感じた。

「役立たず共が…この女は道連れにしてやる」

男は舌打ちすると、おもむろに刃物を取り出して、不気味な笑いを浮かべながら言う。
振り下ろされた刃がナマエの喉元を掻き切ろうとした時、銃声が響いた。
バタバタと床に血が溢れる音、硝煙の匂い、人間が仰向けに倒れた音。
鶴見中尉は素早くナマエに近づくと、抱き起こして自分が着ていた外套で彼女を包む。
胸元に視線を落とすと襟がはだけていて、彼が咄嗟に配慮してくれたのだと分かる。

「もう大丈夫だ。怖かったろう」

鶴見中尉の柔らかな声を聞いて、ナマエは緊張の糸が切れた。
彼の胸元に顔を埋めると、涙がとめどなく溢れてくる。
そんなナマエの背に、鶴見中尉はそっと腕を回して優しくさすった。

「よしよし。よく頑張ったな…怪我をしているね。
間に合わなくて済まない」

ナマエはしゃくり上げながら、ゆっくりと首を横に降る。

「そんな…助けて下さって嬉しかったです。
もしかして来て下さらないんじゃないかと思って…」

鶴見中尉は意外に思ったようで、不思議そうに彼女を見た。

「なぜ?行くに決まっているだろう。
あなたの身を守ると言ったのを、忘れてしまったかな」

彼は口元に笑みを浮かべて、囁くように言った。

「……忘れておりました」

そう言いながら、またじわりと滲んで来た涙を拭う。
こんな風に鶴見中尉に言葉をかけてもらえるならば、もう他のことは何でも良いと思った。
ナマエ自身が目的でなくても、ほかに狙いがあったとしても、もうそれでいい。

「では、もう忘れないように教えてあげよう」

そう言うと、鶴見中尉はナマエに接吻した。
あまりにも突然だったので、彼女は一瞬身を固くしたけれど、すぐに体の力を抜いて受け入れる。
鶴見中尉はそれを目ざとく発見すると、ナマエの歯や舌を柔らかくなぞった。
湿った息遣いを数回重ねてから、二人は見つめ合う。

「いい子だ」

鶴見中尉は底に暗さを湛えた瞳でナマエを見つめると、あやすように彼女の頬を撫でた。




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