第5章
名前変換
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ナマエは馬車に押し込められ、どこかに移動しているところだった。
乗せられるやいなや、目隠しと猿轡をされ、手足も縛られて身動きが取れない。
真っ暗闇の中、馬車がガタゴトと揺れる振動だけが現実的だった。
ナマエは恐ろしさに寿命が縮むような思いだったが、彼らの目的は金のはずだから、すぐに殺されるような事にはならない筈だと自分に言い聞かせる。
やがて、馬車の振動が止まった。
男の一人がナマエをかつぎ、どうやら室内に入ったようだ。
風がなくなったのと、温まった空気でそれを感じる。
椅子らしきものに座らされ、ようやく目隠しと猿轡が解かれた。
霞む視界が徐々に晴れてくると、窓は全て塞がれた薄暗い部屋だった。
天井から吊るされたランプが、辺りにぼんやりと光を投げている。
薄明かりの中に居たのは、一人の見知らぬ中年の男だった。
他の仲間はこの建物の中にはいないようだ。
濁った眼差しで、ナマエにじっと視線を注いでいる。
「ついに手に入れた…苦労したぜ」
男はニタリと笑って言うと、ずいと無遠慮に距離を詰める。
ナマエが不快感に顔を背けようとすると、顎を掴まれて無理やり正面を向かされた。
「若い頃の千代さんにそっくりだ。もっと顔を見せな」
千代というのは実母の名だ。何故この男が知っているのかと疑問に思うと、それに答えるように語り始める。
「俺は昔アンタの父親の会社に下請けとして出入りしていてな。
千代さんは憧れだった…しかしそれをお前の父親が取ったんだ。
妾として囲うならまだしも、コブ付きにしてほっぽり出すとはな…俺なら千代さんを幸せにできたのに」
まあそれはもういい、と言って男は乱暴にナマエの顎から手を離した。
「俺は今金に困ってる。軍需に乗って、下請け企業をデカくしようとしてこのザマさ。
そしたらお前の親父が死んだって聞いてな…遺産を丸々、隠し子が貰うっていうじゃねぇか。
しかもその娘は千代さんにそっくりだ」
男は口元に卑しさを滲ませて、ニヤニヤと笑う。
「ミョウジナマエ、俺の女になれ。そうすれば金もお前も俺のものだ。なに、悪いようにはしない」
その高圧的な態度を跳ね返すように、ナマエは男を睨んだ。
「嫌です。誰が貴方のような人と…」
最後まで言い終わらないうちに、左頬が熱くなった。
ジンジンと響く痛みと、口の中が切れて鉄の味が広がる。
「生意気な女だ。大人しく言う事を聞け!!
鶴見とかいう軍人に囲われてんのか?
あの男だってお前の金しか見てないからな。
俺はお前自身も可愛がってやるって言ってるんだ。つべこべ言わず従え」
「嘘だ。あなたは母の代わりが欲しいだけでしょう」
その一言が男の逆鱗に触れたようで、もう一度頬を強く打たれたあとに腹を足蹴にされる。
響くような痛みにナマエの顔は歪んだ。
恐怖と苦痛で汗が流れ、それを男は残忍な笑みを浮かべて眺める。
「お前の母親もそうやって俺を拒んで馬鹿にしやがって…当然の報いだ」
今度は刃物を取り出すと、ナマエの喉元に押し当てた。
冷たく鋭利な感触に、体がガタガタと震える。
ナマエは切に、切に鶴見中尉の助けを願った。
……………
兵舎にいた鶴見中尉は、転がり込むように入って来た谷垣の報告で、馬を走らせていた。
ナマエが拉致されたと聞いて、彼は迷わず立ち上がると即座に捜索を開始する。
頭の中で、関連性のある人物を目まぐるしく選別しながら、男と揉み合いになったという地点に馬で駆けてくると、「鶴見中尉殿」と声をかけられた。
「尾形か。状況は」
尾形は借りてきたらしい馬に跨っていた。
鶴見中尉は手綱を操って部下へ近寄る。
「はい。襲撃者を建物上階から狙撃したとき、不審な馬車が見えたのでそれを追跡しました。
町外れに廃屋があり、そこに向かったと思われます」
「そうか…案内しろ」
「はい」
二人は速度を上げて馬を走らせる。
後ろから谷垣を含む他の兵士も追いついてきて、ナマエの奪還へ向かった。
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