第4章
名前変換
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鶴見中尉宅から程近い場所に、ちょうど住人がいなくなった一軒家が見つかったため、そこを借りる事にした。
越してきて一週間が経とうとしていて、少しづつ今の生活にも慣れてきたようなところである。
ナマエはその一週間で、冷静になって自分の身の上に起きていることを検証していた。
まず、遺産だが、なかなかの金額であった。
最初は信じられない気持ちが強かったが、実際に小切手でお金を引き出してみると、じわじわと実感が湧いてくる。
ナマエはなんだか恐ろしくて、必要な分だけ引き出して使っている。
そして鶴見中尉のこと。
彼はナマエ自身ではなく彼女の財産から出資してもらうことを最終目的にしている事は明らかだった。
もしナマエが資産家の娘でなかったら、一生言葉を交わすことはなかっただろう。
それは彼女自身が一番よくわかっているだけに、その事を考えるたびに気持ちが痛む。
本当に、つくづく自分は損な性分だと思う。
思いがけない遺産を手にして、これからどうにでも人生を選べるといというのに。
一度も行った事がない東京に行って、都会で新しい生活をすることもできるはずだ。
なぜ第七師団の中尉さんの家近くで、報われる気配がない恋をしているのか、自分でも半ば呆れる。
それにしても、鶴見中尉は何にそこまでの大金が必要なのだろうか。
投資の話が出たのは、あの料亭で一度きりで、具体的な話になったことはない。
もしや、言うのを憚るようなことをしようとしているのではあるまいか………
座布団に座り、座卓に頬杖をついて物思いに耽っていたら、注意が散漫になっていたようだ。
ナマエはいきなり現れた軍服の足元に驚いて顔を上げる。
てっきり月島だと思ったが、全く違う男が無表情で立っていた。
「驚かせましたか。玄関で声はかけましたが」
「いえ、私がぼうっとしておりました。失礼しました。どうぞお座りください」
男は背負っていた銃を、近くの壁に立てかけてから正座した。
「鶴見中尉殿の命で参りました尾形です。
今日はあなたの身辺を警護するようにと」
「そうでしたか…いつもすみません」
越してきてからというもの、月島が時折現れては、警護と称して家にいる事もあった。
その実は監視なのだろうと気がつくのに、時間はかからなかったが。
尾形、と名乗った男は、挨拶もそこそこに足を崩した。
ナマエは彼の上官でもなんでもない。敬意を払うのは不要と判断したのか、非常にぶっきらぼうである。
月島は無口だが礼儀正しいので場が持つのだが、まるでナマエがいないかのように振舞う尾形が部屋にいるのは気詰まりだった。
話しかけるのも躊躇われて、ナマエはなんとなく座卓を拭いてみたりして時間を潰した。
だからいきなり声をかけられたれた時は驚いて、ハッと顔を上げる。
「あなたの話を鶴見中尉殿から聞いた時から思っていましたが…」
尾形は縁側のほうを眺めていて、顔は見えない。
「なぜこの地に留まる?金があるんだから、どこにでも行けるでしょう」
「それは…」
ナマエは口ごもった。自分でも、おかしな事をしている自覚がある。
「…まあ、鶴見中尉殿に目をつけられている以上、逃げおおせるのは難しいだろうが、あまりにも大人しいのでね」
ナマエはふぅと息を吐くと、弱く微笑んだ。
「…そうですよね。私もそう思います。
正直、ここから離れたらどうかなと考えたこともあります」
監視を仰せつかっている身として、少々不穏な発言に尾形はちらりとナマエを見やったが、彼女の表情は穏やかなままだった。
「でも、その気にならないのです」
そう言って、ひっそりと微笑む。
尾形は黙ったまま、ナマエを観察するように眺めていたが、ふいと視線を縁側に戻した。
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