第3章
名前変換
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「その確認は、私が致しましょう」
「…鶴見様?」
声の主は鶴見中尉だった。
濃紺の肋骨服を着た姿は堂々としている。
月島は上官の姿を見て直立不動の姿勢を取り、事の成り行きを静かに見ている。
ナマエは驚いて彼の顔を見るが、鶴見中尉は涼しい顔で続けた。
「ナマエさんも初対面の男に肌を見せるのはお嫌でしょう。
私に対しても勿論同じでしょうが、あなたを傷付けるような事は一切しないとお約束します。
私を少しだけ信じて、この役を任せてもらえないでしょうか」
鶴見中尉は優雅に手を胸元にあてがって微笑んだ。
ナマエはしばらく黙ったあと、小さな声で
はい、と頷く。
鶴見中尉は うん、と頷くと、別室に移動するために出口の方へと促した。
……………
小部屋に移動すると、鶴見中尉は扉を閉めた。
レエスのカーテン越しから、柔らかい午後の日が差し込んでいる。
ナマエは心臓の鼓動が聞こえてしまうのではと考えるほど、緊張しながら部屋の片隅に佇んでいた。
鶴見中尉はそんな彼女に、柔らかな声で「こちらへいらっしゃい」と促す。
「この部屋は窓がありますが、死角になっているので誰からも見られる事はありません。お嫌でしょうが、お願い致します」
鶴見中尉は礼儀正しく頭を下げた。
ナマエは逡巡の末に、観念したように小さく息を吐くと、くるりと背を向けてから帯締めに手をかける。
しゅるり、と衣擦れの音だけが響く。
嫌ではあったが、退路は断たれているのだ。
今ここでどうにか上手く逃げられたとしても、鶴見中尉という人はなかなか曲者らしい。
お金を集めていると言っている以上このような機会は必ず設けられるだろうし、職や住居を失った彼女にとってもお金は必要だった。
それに、最初はほぼ他人の遺産を受け取ることに違和感があったけれど、今は受け取ってやれというような気持ちになっていた。
思えば、父は一度も母を訪ねなかったのだ。
ペンダントだけを心の支えにしていたであろう母を思うと不憫であった。
母は何も言わなかったけれど、さまざまな思いを飲み込んで生きていたと思うとやるせない。そんな母が、遺産を受け取ることで少しは報われるような気がしたのだ。
帯は簡単に解けて、ばさりと床に落ちた。
腰紐を緩めて襟を開くと、すうっと空気が入ってくる。
ナマエは羞恥心で耳まで赤くなりながらも、上半身だけ肌を露わにした。
腕を胸の前で畳むように合わせて俯く。
「失礼」
離れた所に立っていた鶴見中尉が静かに歩み寄って、彼女の白い背中を見た。
ナマエは目をきつく瞑って耐えた。全神経が背中に集中しているような気がする。
「小さな花が確かにあるね」
「…はい。生まれつきです」
「そう。…美しい秘密だ」
鶴見中尉はそれだけ言うと、速やかにナマエから離れた。
「もう後ろを向いています。ゆっくり支度をして、この部屋で待っていなさい。話が終わったら迎えに着ます」
そう言い残して退室する。
ナマエはそそくさと身支度を始めた。
手を動かしながら、鶴見中尉の言葉を反芻する。
美しい秘密。
その響きは不思議と彼女に余韻を残した。
何度も何度も、その言葉の甘みを味わった。
誰かのたった一言を、なんども噛み締めたことは初めてだった。
その濃密さに、息がつまるようだった。
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