カラン、と音を立ててグラスの中の氷が溶けた。
結露された水蒸気が水滴となって指を伝う。風に揺られた風鈴の音を掻き消すのは絶え間ない蝉の声だ。交互に続く音の追いかけっこは夏の空を昇って途切れることはない。呆れるほど白い雲を反射した暑さが、冷たいグラスの底を射抜いた。この季節はどこもかしこも過剰に血管を刺激させる。あまりの暑さに沸騰しそうだった。
｢もうすぐ、暑くなるね｣
ただでさえ暑いのに。天気予報を聴きながら、されどテレビには目もくれず、太宰治は瀬生の手を眺め続けていた。煙草。火は付かない。
先程から手に持ち続けているそれを、一体いつ吸うのだろうとずっと眺めていた。ジッポを取り出す気配は無い。窓の向こうで陽炎が揺れていた。思考を溶かす熱を、夏はじき、帯びる。
｢吸わないよ｣
太宰の目を見ないまま瀬生は呟いた。先程からずっと、特に変わりない今日の朝刊を眺めていた。
瀬生が煙草を吸おうとどうしようとどうでもよかった。どうでもよかったし、問題はそういうことではなかった。
｢生きる心算か｣
そう聞く太宰に、瀬生はただ、夏だからね、と返した。そうか。夏だからか。夏だから。反芻する言葉はころころと軽く弾みを付けながら口の中で転がった。蝉はまだ、鳴き止まない。
言葉ごと溶かしきってしまいそうな夏が、すぐそこまで来ていた。