第八の罪、その名は
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第一章:鋼の少年と偽りの監視者
4. 二つの顔と孤独な夜
夜——地方都市の宿屋。
「じゃあなエイミー、明日は早朝に出発するから寝坊すんじゃねぇぞ」
「おやすみ、エイミーさん。ゆっくり休んでね」
「はい! お二人もおやすみなさい!」
廊下でエドとアルに笑顔で手を振り、自分の部屋のドアを閉めた瞬間、エイミーの顔からスッと笑みが消え去った。
カチャン、と鍵をかける音だけが静かな室内に響く。
壁を隔てた隣の部屋からは、エドとアルが明日からの移動ルートについて楽しそうに議論している小さな声が聞こえていた。
昼間、自分に向けられたエドの照れくさそうな笑顔や、まっすぐな温もり。
それらを思い出すだけで胸が締め付けられるような愛おしさを感じるのと同時に、同じ分量だけのど黒い罪悪感がエイミーの胸を刺し穿つ。
(私は……嘘をついている……)
エイミーは息を殺しながら、部屋の隅にある電話機の前に歩み寄った。
震える指で受話器を持ち上げ、ダイヤルを回す。暗線を通じて繋がる先は、軍部の裏に隠されたあの冷たい地下暗渠——お父様たちの根城だ。
受話器から返ってきたのは、嘲るような低く不快な声だった。
『……やあ、エイミー。『監視役』のお仕事は順調かい?』
「……エンヴィー……」
声を聞いただけで、全身の血が凍りつくような恐怖が襲いかかる。
ウロボロスの刻印が刻まれた左肩が、まるで冷たい蛇に絞めつけられているかのように疼いた。
「報告です……。『鋼』たちは明日、東方の町へ向けて出発します。手掛かりの探索は難航しており……人柱としての精神状態に、大きな乱れはありません」
『へぇ……仲良くやってるみたいじゃないか。昼間もずいぶんと『鋼のガキ』を持ち上げて、尻尾を振ってたらしいじゃない?』
「っ……!」
監視されている。自分がエドを純粋に褒め称えていたあの一幕も、すべて見られていたのだ。
『勘違いするなよ、人間の真似事をしていい気になってる落ちこぼれが。お前はただの肉の塊で、俺たちの道具だ。セントラルに戻ってきたら、たっぷり可愛がってやるからな……』
受話器の奥から聞こえる粘着質な嫌がらせと脅迫の言葉に、エイミーは唇を噛み締め、必死に涙を堪えた。
「……はい……。分かっています……」
ガチャリ、と通話が切れる。
静まり返った部屋の中で、受話器を置いたエイミーはその場にへたり込んだ。
膝を強く抱きしめ、声を殺して身をよじる。
セントラルに戻れば、監視を怠っていないか確かめるという名目で、エンヴィーからの過酷な暴力や執拗な虐待が待っている。
お父様に見捨てられれば即座に殺されるという死の恐怖。
そして何より、自分を信じて無邪気な笑顔を向けてくれるエドワード・エルリックを騙し続けているという、逃げ場のない絶望。
(エドワードさん……)
壁の向こうにいる少年の名前を、心の中で何度も叫ぶ。
もしも彼に自分がホムンクルスだと知られたら?
自分を「敵」として、あの冷たい金色の瞳で見下ろされたら——?
想像するだけで息が詰まりそうになるほどの恐怖に苛まれながら、エイミーは一人、冷たいベッドの上で朝が来るのを怯えながら待ち続けるのだった。
◇
翌朝。
宿のロビーに降りてきたエイミーは、いつものように三つ編みを綺麗に整え、控えめな笑顔を浮かべていた。
「おはようございます、エドワードさん、アルフォンスさん」
「おう、おはようエイミー。……ん? お前、なんか目元が赤いぞ? ちゃんと寝られたか?」
目ざとく異変に気づいたエドが、顔を近づけて覗き込んでくる。
エイミーは一瞬ヒヤッとしながらも、慌てて手を振った。
「えっ……あ、大丈夫です! ちょっと枕が変わって、寝付けなかっただけで……」
「たく……だらしねぇな。ほら、列車の中で寝ていいからさっさと行くぞ」
そう言いながらも、エドはエイミーの歩幅に合わせてゆっくりと歩き出し、彼女の大きな荷物を当たり前のように取り上げて歩き始める。
その不器用な背中を見つめながら、エイミーは胸の痛みを押し殺して後を追う。
偽りの時間だと分かっていても、この光の中に一分一秒でも長く留まっていたいと願いながら。
第一章:鋼の少年と偽りの監視者
4. 二つの顔と孤独な夜
夜——地方都市の宿屋。
「じゃあなエイミー、明日は早朝に出発するから寝坊すんじゃねぇぞ」
「おやすみ、エイミーさん。ゆっくり休んでね」
「はい! お二人もおやすみなさい!」
廊下でエドとアルに笑顔で手を振り、自分の部屋のドアを閉めた瞬間、エイミーの顔からスッと笑みが消え去った。
カチャン、と鍵をかける音だけが静かな室内に響く。
壁を隔てた隣の部屋からは、エドとアルが明日からの移動ルートについて楽しそうに議論している小さな声が聞こえていた。
昼間、自分に向けられたエドの照れくさそうな笑顔や、まっすぐな温もり。
それらを思い出すだけで胸が締め付けられるような愛おしさを感じるのと同時に、同じ分量だけのど黒い罪悪感がエイミーの胸を刺し穿つ。
(私は……嘘をついている……)
エイミーは息を殺しながら、部屋の隅にある電話機の前に歩み寄った。
震える指で受話器を持ち上げ、ダイヤルを回す。暗線を通じて繋がる先は、軍部の裏に隠されたあの冷たい地下暗渠——お父様たちの根城だ。
受話器から返ってきたのは、嘲るような低く不快な声だった。
『……やあ、エイミー。『監視役』のお仕事は順調かい?』
「……エンヴィー……」
声を聞いただけで、全身の血が凍りつくような恐怖が襲いかかる。
ウロボロスの刻印が刻まれた左肩が、まるで冷たい蛇に絞めつけられているかのように疼いた。
「報告です……。『鋼』たちは明日、東方の町へ向けて出発します。手掛かりの探索は難航しており……人柱としての精神状態に、大きな乱れはありません」
『へぇ……仲良くやってるみたいじゃないか。昼間もずいぶんと『鋼のガキ』を持ち上げて、尻尾を振ってたらしいじゃない?』
「っ……!」
監視されている。自分がエドを純粋に褒め称えていたあの一幕も、すべて見られていたのだ。
『勘違いするなよ、人間の真似事をしていい気になってる落ちこぼれが。お前はただの肉の塊で、俺たちの道具だ。セントラルに戻ってきたら、たっぷり可愛がってやるからな……』
受話器の奥から聞こえる粘着質な嫌がらせと脅迫の言葉に、エイミーは唇を噛み締め、必死に涙を堪えた。
「……はい……。分かっています……」
ガチャリ、と通話が切れる。
静まり返った部屋の中で、受話器を置いたエイミーはその場にへたり込んだ。
膝を強く抱きしめ、声を殺して身をよじる。
セントラルに戻れば、監視を怠っていないか確かめるという名目で、エンヴィーからの過酷な暴力や執拗な虐待が待っている。
お父様に見捨てられれば即座に殺されるという死の恐怖。
そして何より、自分を信じて無邪気な笑顔を向けてくれるエドワード・エルリックを騙し続けているという、逃げ場のない絶望。
(エドワードさん……)
壁の向こうにいる少年の名前を、心の中で何度も叫ぶ。
もしも彼に自分がホムンクルスだと知られたら?
自分を「敵」として、あの冷たい金色の瞳で見下ろされたら——?
想像するだけで息が詰まりそうになるほどの恐怖に苛まれながら、エイミーは一人、冷たいベッドの上で朝が来るのを怯えながら待ち続けるのだった。
◇
翌朝。
宿のロビーに降りてきたエイミーは、いつものように三つ編みを綺麗に整え、控えめな笑顔を浮かべていた。
「おはようございます、エドワードさん、アルフォンスさん」
「おう、おはようエイミー。……ん? お前、なんか目元が赤いぞ? ちゃんと寝られたか?」
目ざとく異変に気づいたエドが、顔を近づけて覗き込んでくる。
エイミーは一瞬ヒヤッとしながらも、慌てて手を振った。
「えっ……あ、大丈夫です! ちょっと枕が変わって、寝付けなかっただけで……」
「たく……だらしねぇな。ほら、列車の中で寝ていいからさっさと行くぞ」
そう言いながらも、エドはエイミーの歩幅に合わせてゆっくりと歩き出し、彼女の大きな荷物を当たり前のように取り上げて歩き始める。
その不器用な背中を見つめながら、エイミーは胸の痛みを押し殺して後を追う。
偽りの時間だと分かっていても、この光の中に一分一秒でも長く留まっていたいと願いながら。
