その手を掴んで明日へ行く
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第四話:泥臭い求愛と、芽生えた欲
「……だよね。わかってたよ。……ごめんね、困らせて」
エドならそう言うと思ったと言わんばかりに、ルイは満足そうに微かに口元を緩め、静かに目を閉じた。
彼女の中ではもう、「自分の浅はかなお願い」は綺麗に終わったことになっていた。静かに死を受け入れ、思い出を諦めたその横顔を、エドワードはじっと見つめていた。
静寂が支配する部屋。外の積雪が静かに屋根を滑り落ちる音だけが聞こえる。
(ふざけんな……思い出作りなんかで、死なせてまるかよ)
エドワードは拳を握りしめ、ゆっくりとベッドへ歩み寄った。
死を受け入れたように動かないルイの顔。微かに震える手でその美しい頬に触れ、そっと息を重ねるように——触れるだけの柔らかいキスをした。
「……っ!?」
不意の温もりに、ルイのアメジスト色の瞳が弾かれたように開く。
動揺で揺れる瞳でエドワードを見上げるルイは、息を整えながら、かろうじて言葉を絞り出した。
「……っ……抱かないんじゃ……なかったの……?」
かすれた問いかけ。
それに対して、エドワードは誤魔化すような赤面も、子供っぽい強がりも見せなかった。
琥珀色の瞳に溢れんばかりの情熱と、逃げ場のない覚悟を宿し、ルイの目を真っ直ぐに見据えて言い放った。
「お前の『思い出作り』の頼みで抱くんじゃねぇ」
「え……?」
「俺が……俺がお前を好きだから抱くんだッ! 『死ぬ前の思い出』なんかじゃねぇ、俺の女として抱くんだよッ!!」
「っっ……!!!???」
今度は、ルイの方が激しく狼狽えた。
冷徹な少佐としての顔も、達観した大人としての仮面も完全に吹き飛び、顔を真っ赤にして呼吸を乱す。
自分を「死にゆく哀れな存在」として優しく受け入れられると思っていた。なのに、目の前の少年は自分を「一人の生きている女」として、狂おしいほどの情熱で愛し、求めようとしてくる。
「お前の過去も、傷も、寿命も……全部ひっくるめてお前が好きだッ! 文句あるか!!」
「〜〜〜ッッ!!!っ、エド、ワード君……!? 何を……私、は……っ!」
逃げ出そうとするルイの肩を、エドワードは逃がさないとばかりに強く引き寄せた。
「逃げるなルイッ! 死ぬ覚悟なんか踏みつぶして、俺の愛を受け止めろッ!」
圧倒的な熱量と覚悟。
エドワードはそのままルイの唇を再び奪い、戸惑う彼女をベッドへと押し倒した。
これまでは「守るべき子供」だと思っていたはずの腕。けれど今、ルイを包み込んでいるのは、どんな言葉よりも熱く、重く、力強い自分をひとりの女として愛し、力ずくでも未来へ連れて行こうとする「一人の男の腕」だった。
二人の肌が重なり合い、互いの体温と鼓動が溶け合っていく。
ルイの頭の中には、最初「ここで抱いてもらえたなら、いつ死んでもいい」という諦念の満足感があった。
けれど——エドワードのあまりにも深く、必死で、一途な愛の重みを感じ、彼の体温が自分の中に注ぎ込まれていく中で、ルイの胸の奥底で何かが激しく弾け飛んだ。
(……嫌……っ)
死にたくない。
命を投げて免罪符になりたかったはずの自分が、エドワードの手によって「生」の悦びに引きずり戻されていく。
彼に愛され、彼を愛し、重ね合わせた身体の温もりが愛おしくて、愛おしくて堪らない。
(死にたくない……。 あなたの隣にいたい……。一緒に未来を歩みたい……)
溢れ出してきたのは、死を受け入れた諦念ではなく、あまりにも醜く、けれど何よりも美しい「生への欲」だった。
「……っ……ぁ……ッ……」
ルイの目から、ボロボロと大粒の涙が溢れ出し、エドワードの胸元を濡らした。
「ルイ?どうした?痛いか?」
「っひどい、私に……こんな温かさを知らせて……生きたくさせて……ッ! こんなに愛おしくさせておいて……死ぬことも許してくれないなんて……ッ! 本当に……酷い人……っ!」
涙を流して子供のように泣きじゃくるルイの姿。
それこそが、エドワードがずっと見たかった「泥臭く生を望むルイ」の本当の姿だった。
エドワードは涙を拭うように彼女の頬を撫で、何度も何度も情熱的なキスを落とした。
「酷くて結構……! お前が『生きたい』って言うまで、何度でも求めてやるッ!」
重ね合わせた手と手。指を強く絡ませ合い、二人は暗闇の中で固く、深く誓い合った。
残り少ない寿命なんて関係ない。どんな不条理が立ち塞がろうとも、二人で泥を舐めてでも生き抜き、未来を掴み取ると。
夜明け前の静けさの中、愛の誓いを交わした二人の魂は、決して解けることのない強い絆で結ばれたのだった。
