その手を掴んで明日へ行く
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第三話:散り際のねだり事と、切ない誠実
キメラのハインケルとダリウスの協力を得て、炭鉱の極寒から命からがら抜け出した一行。セントラルへと向かう隠れ家の静かな一室で、ルイは小さなベッドの上に横たわっていた。
外はしんしんと降り積もる雪の音だけが聞こえる。
自らの体内の【脈動】の感触で、ルイにははっきりと解っていた。
瀕死のエドワードの命を引き換えるために解き放った生命力——その代償はあまりにも大きく、自身の命の灯火はもう、風前の灯火となって消えかけている。
残されたタイムリミットは、あとほんのわずかだ。
(……でも、後悔なんて……少しもないわ)
ルイはゆっくりと目を開け、ベッドの傍らに腰掛け、自分の手を両手で固く握りしめたままうたた寝をしている少年の顔を見つめた。
エドワード・エルリック。
出会った頃は「命を雑に扱うな」「正論」を怒鳴り散らすだけの生意気な少年だと思っていた。だが、彼はいつだって本気でルイを案じ、涙を流し、一人の女性としてその痛みに寄り添い続けてくれた。
『生きろ』『死なないでくれ』『俺の我が儘だ』——。
彼が繰り返しぶつけてくれた泥臭い情熱と愛があったからこそ、ルイは長年自分を縛り続けていた自傷の呪縛から解き放たれ、自分の意思で「生きよう」と思えるようになったのだ。
ルイの中で、彼はもう「守るべき15歳の子供」ではなかった。
傷ついた自分を闇の底から引き揚げてくれた、愛しい一人の「男」として、その胸の中を満たしていた。
(残された私の時間を……すべてあなたに捧げたい……)
死を受け入れた悲痛な覚悟ではなく、彼から貰った温かな愛への感謝として。
ルイは握られている手を優しく握り返し、消え入りそうな声で呼びかけた。
「……エドワード君」
「……っ!? ルイ……ッ! 目が覚めたのか!?」
ハッと跳ね起きるエドワード。その琥珀色の瞳には、安堵と必死の心配が入り混じっていた。
「体調はどうだ!? 痛むところはないか!? メシか……何か温かいスープでも持って来るか!?」
慌ただしく動こうとするエドワードの袖を、ルイは弱々しく引き止めた。
「ううん……いいの。……ねえ、エドワード君」
「な、なんだよ……?」
ルイはベッドの上で身体を少し起こすと、アメジスト色の瞳に深い愛おしさを湛え、真っ直ぐにエドワードを見つめた。
「……私の気持ちに、応えてくれなくても良いから」
「え……?」
ルイは照れる風でもなく、澄み切った穏やかな笑みを浮かべ、そっと言葉を紡いだ。
「……抱いてくれる?」
「——っっっ!!!???」
一瞬、部屋の中の時間が完全に停止した。
「な、……な、何言ってんだよ……ッ!?」
エドワードはガタッと椅子を鳴らして立ち上がり、顔を真っ赤にしながら後ずさった。
あまりの動揺に声が裏返り、握っていたルイの手が離れてしまう。
「で、できるわけねぇだろ! なんで……なんでそんな話になるんだよッ!」
動揺してまともにルイの顔を見られないエドワード。
けれど、彼の強い拒絶の根底にあったのは、怒りでも困惑でもなかった。
(……ふざけんなよ……ッ)
ルイの言葉の裏に透けて見えた、「死ぬ前の思い出作り」「これで未練を断ち切る」という透明な諦め。
自分を助けるために命を削り、その最後の命の欠片を「思い出」として清算しようとしているルイの意図を察してしまったからこそ、エドワードの胸は張り裂けそうだった。
ここで彼女を抱いてしまえば、ルイが「自分は満足して死ねる」と諦めを受け入れてしまう気がしたのだ。
「そんな……『思い出作り』みたいな真似、できるわけねぇだろ……ッ!!」
必死に叫ぶエドワードの姿に、ルイは驚くでもなく、傷つくでもなく、ふっと愛おしそうに眉を下げて微笑んだ。
(……ああ、やっぱりこの人は、どこまでも真っ直ぐで誠実な人だわ)
自分の浅はかな「最後の身勝手」を、彼は見抜いてくれたのだ。
「思い出」として終わらせることを、彼が本気で拒んでくれている。その不器用で必死な姿が、ルイの胸をあまりにも温かく満たしていく。
「……ふふ、そうよね。……だよね」
ルイは穏やかに細めた目をそっと閉じ、力なくベッドに頭を預けた。
「……分かってたわ。……困らせてごめんなさいね、エドワード君」
責める色など一微塵もなく、ただ愛しさと感謝に満ちた声で謝るルイ。
その静かに目を閉じた横顔を見た瞬間、エドワードの胸の中で、拒絶したことへの激しい悔しさと、それ以上に「この人をこのまま死なせるわけにはいかない」という感情が限界を迎えていた。
「ルイ……」
目を閉じたルイの身体は、まるで今にも透けて消えてしまいそうなほど儚かった。
拒絶したものの、彼女の残された寿命が尽きようとしている現実を突きつけられ、エドワードは己の拳を血が出るほど強く握りしめた。
(死なせるかよ……ッ! 思い出作りなんてさせてたまるかッ!!)
第三話:散り際のねだり事と、切ない誠実
キメラのハインケルとダリウスの協力を得て、炭鉱の極寒から命からがら抜け出した一行。セントラルへと向かう隠れ家の静かな一室で、ルイは小さなベッドの上に横たわっていた。
外はしんしんと降り積もる雪の音だけが聞こえる。
自らの体内の【脈動】の感触で、ルイにははっきりと解っていた。
瀕死のエドワードの命を引き換えるために解き放った生命力——その代償はあまりにも大きく、自身の命の灯火はもう、風前の灯火となって消えかけている。
残されたタイムリミットは、あとほんのわずかだ。
(……でも、後悔なんて……少しもないわ)
ルイはゆっくりと目を開け、ベッドの傍らに腰掛け、自分の手を両手で固く握りしめたままうたた寝をしている少年の顔を見つめた。
エドワード・エルリック。
出会った頃は「命を雑に扱うな」「正論」を怒鳴り散らすだけの生意気な少年だと思っていた。だが、彼はいつだって本気でルイを案じ、涙を流し、一人の女性としてその痛みに寄り添い続けてくれた。
『生きろ』『死なないでくれ』『俺の我が儘だ』——。
彼が繰り返しぶつけてくれた泥臭い情熱と愛があったからこそ、ルイは長年自分を縛り続けていた自傷の呪縛から解き放たれ、自分の意思で「生きよう」と思えるようになったのだ。
ルイの中で、彼はもう「守るべき15歳の子供」ではなかった。
傷ついた自分を闇の底から引き揚げてくれた、愛しい一人の「男」として、その胸の中を満たしていた。
(残された私の時間を……すべてあなたに捧げたい……)
死を受け入れた悲痛な覚悟ではなく、彼から貰った温かな愛への感謝として。
ルイは握られている手を優しく握り返し、消え入りそうな声で呼びかけた。
「……エドワード君」
「……っ!? ルイ……ッ! 目が覚めたのか!?」
ハッと跳ね起きるエドワード。その琥珀色の瞳には、安堵と必死の心配が入り混じっていた。
「体調はどうだ!? 痛むところはないか!? メシか……何か温かいスープでも持って来るか!?」
慌ただしく動こうとするエドワードの袖を、ルイは弱々しく引き止めた。
「ううん……いいの。……ねえ、エドワード君」
「な、なんだよ……?」
ルイはベッドの上で身体を少し起こすと、アメジスト色の瞳に深い愛おしさを湛え、真っ直ぐにエドワードを見つめた。
「……私の気持ちに、応えてくれなくても良いから」
「え……?」
ルイは照れる風でもなく、澄み切った穏やかな笑みを浮かべ、そっと言葉を紡いだ。
「……抱いてくれる?」
「——っっっ!!!???」
一瞬、部屋の中の時間が完全に停止した。
「な、……な、何言ってんだよ……ッ!?」
エドワードはガタッと椅子を鳴らして立ち上がり、顔を真っ赤にしながら後ずさった。
あまりの動揺に声が裏返り、握っていたルイの手が離れてしまう。
「で、できるわけねぇだろ! なんで……なんでそんな話になるんだよッ!」
動揺してまともにルイの顔を見られないエドワード。
けれど、彼の強い拒絶の根底にあったのは、怒りでも困惑でもなかった。
(……ふざけんなよ……ッ)
ルイの言葉の裏に透けて見えた、「死ぬ前の思い出作り」「これで未練を断ち切る」という透明な諦め。
自分を助けるために命を削り、その最後の命の欠片を「思い出」として清算しようとしているルイの意図を察してしまったからこそ、エドワードの胸は張り裂けそうだった。
ここで彼女を抱いてしまえば、ルイが「自分は満足して死ねる」と諦めを受け入れてしまう気がしたのだ。
「そんな……『思い出作り』みたいな真似、できるわけねぇだろ……ッ!!」
必死に叫ぶエドワードの姿に、ルイは驚くでもなく、傷つくでもなく、ふっと愛おしそうに眉を下げて微笑んだ。
(……ああ、やっぱりこの人は、どこまでも真っ直ぐで誠実な人だわ)
自分の浅はかな「最後の身勝手」を、彼は見抜いてくれたのだ。
「思い出」として終わらせることを、彼が本気で拒んでくれている。その不器用で必死な姿が、ルイの胸をあまりにも温かく満たしていく。
「……ふふ、そうよね。……だよね」
ルイは穏やかに細めた目をそっと閉じ、力なくベッドに頭を預けた。
「……分かってたわ。……困らせてごめんなさいね、エドワード君」
責める色など一微塵もなく、ただ愛しさと感謝に満ちた声で謝るルイ。
その静かに目を閉じた横顔を見た瞬間、エドワードの胸の中で、拒絶したことへの激しい悔しさと、それ以上に「この人をこのまま死なせるわけにはいかない」という感情が限界を迎えていた。
「ルイ……」
目を閉じたルイの身体は、まるで今にも透けて消えてしまいそうなほど儚かった。
拒絶したものの、彼女の残された寿命が尽きようとしている現実を突きつけられ、エドワードは己の拳を血が出るほど強く握りしめた。
(死なせるかよ……ッ! 思い出作りなんてさせてたまるかッ!!)
