その手を掴んで明日へ行く
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第六話:我が儘と、鋼の解呪
お父様の待つ暗い地下空間から地上へと戻ったエドワードたちを待っていたのは、更なる絶望だった。
大総統室に呼び出されたエドワードたちは、冷酷な眼差しを向けるキング・ブラッドレイ(ラース)から、逃げ場のない「現実」を突きつけられたのだ。ウィンリィの存在を盾に取られた事実上の脅迫と、軍という巨大な組織の掌の上で泳がされている屈辱。
「……くそっ……くそくそくそッ!!」
セントラル市街の小さなホテルの部屋。
エドワードはベッドの傍らで壁を拳で激しく殴りつけ、悔しさに歯噛みした。
静まり返った室内。ベッドの上には、グラトニーの腹の中で意識を失って以来、ずっと眠り続けているルイが横たわっていた。
彼女は知らない。
自分が極限を超えて【脈動】を使い、死の淵をさまよったことも。
そして、その瀕死の身体がお父様の手によって「大切な人柱」として強引に治療され、削られた生命力さえも歪な形で注ぎ込まれて生き永らえたことも。
「……ん……っ……」
不意に、ベッドの上のルイが小さく身じろぎをした。
アメジスト色の瞳がゆっくりと開き、焦点が結ばれていく。
「……あ……エドワード、君……? ここは……」
「……っ! ルイ……ッ! 目が覚めたのか!?」
エドワードは弾かれたようにベッドへと駆け寄った。
ルイは自分の手を見つめ、不思議そうに首を傾げた。
「……私……エンヴィーの攻撃からあなたを守ろうとして、確か【脈動】を……。……変ね。命を限界まで削ったはずなのに、なんだか身体が軽いわ……」
自分が生きていることすら不思議そうな、無防備な呟き。
その言葉を聞いた瞬間、エドワードの胸の中で何かが完全に弾け飛んだ。
「……ふざけんな」
「え……?」
「ふざけるなッ!! 何が『変ね』だッ!! 何が『守ろうとして』だッ!!」
エドワードはベッドの縁を掴み、感情を剥き出しにして叫んだ。その琥珀色の瞳からは、ボロボロと大粒の涙が溢れ出していた。
「な……エドワード君、どうして泣いて——」
「俺が……俺がどんな思いでその手を握ってたと思ってんだッ! お前が血吐いて倒れて、脈が消えそうになって……! どんだけ怖かったと思ってんだよッ!!」
大人ぶっていた15歳の少年の、泥臭い裸の感情。
ルイは息を呑み、言葉を失った。エドワードのこんな顔を見るのは初めてだった。
「師匠の所で聞いたよ……! お前が子供を産めなくなったことも……その罪悪感で自分を傷つけることでしか生きられねぇって苦しんでたことも……全部聞いたんだよッ!」
「っ……!」
ルイの身体が強張る。
「俺はガキだからさ……正論ぶって『命を大切にしろ』なんて怒鳴りつけて満足してた……ッ! お前がどれだけ辛かったかも知らん顔で、自分本位な言葉で追い詰めてたのは俺の方だった……!」
エドワードは涙を拭おうともせず、ルイの細く冷たい手を、両手で壊れ物を包むように力いっぱい握りしめた。
「だから……もう正論なんか言わねぇ! 軍がどうとか、罪がどうとか関係ねぇッ! 」
真っ直ぐに自分を見つめる少年の熱い眼差し。エドワードは絞り出すような声で、魂の叫びをぶつけた。
「死なないでくれ……ッ! もう二度と……二度と【脈動】なんて使わないでくれッ!! お前が命を削るたびに、俺の心が引き裂かれそうになるんだよッ!! 頼むから……生き続けてくれッ!!」
そして最後に彼女の手を自分の額に縋るように寄せ小さく呟いた。
「これは俺の勝手で我が儘な願いだ……」
「……っ……あ……っ……」
『命を大切にしろ』という正しい言葉ではない。
『死なないでくれ、俺のために生きろ』という、一人の男としての、泥臭く切実な「我が儘」。
その言葉が、6年間ずっとルイを縛り続けていた「死に場所を探す」という呪縛を、完全に、粉々に打ち砕いた。
二度と子供を産めない惨めな自分。自分を傷つけることでしか赦されなかった自分。
そんな自分を、こんなにも必死に求め、生きていてほしいと涙を流して叫んでくれる少年がいる。
「……エドワード君……」
ルイの目から、溢れ出る涙が頬を伝ってベッドのシーツを濡らした。
今度の涙は、悲しみでも絶望でもなかった。胸の奥底から温かい光が満ち溢れていくような、確かな救いの涙だった。
ルイは握りしめられたエドワードの手を、自分の力でぎゅっと握り返した。
「……ごめんなさいね、エドワード君。心配かけて」
ルイは泣き顔のまま、けれど今までで一番美しく、澄み切った微笑みを浮かべた。
「……わかったわ。もう二度と……【脈动(みゃくどう)】は使わないわ。あなたを……そんなに泣かせるような真似は、二度としない」
「っ……! 泣いてねぇよ……、」
真っ赤になって強がるエドワードを、ルイは愛おしそうに引き寄せ、その頭をそっと胸の中に抱きしめた。
「ありがとう……エドワード君。私を……引き戻してくれて」
冷たい雨は上がり、窓の外からは静かな夜明けの光が差し込み始めていた。
お父様やブラッドレイという巨大な絶望が立ち塞がろうとも、二人の絆はもう絶対に解けない。
自傷のための錬金術を捨て、本当の「生」を歩み始めたルイと、彼女の手を手繰り寄せた鋼の錬金術師。二人は同じ未来を見据え、力強く歩み出すのだった。
