第八の罪、その名は
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第一章:鋼の少年と偽りの監視者
1. 厄介な手土産
「——ということでね、鋼の錬金術師。この娘を君たちの旅に同行させてほしいのだ」
セントラル・大総統執務室。
重厚な執務机の奥で、キング・ブラッドレイ大総統は眼帯の奥の瞳を僅かに細め、いつもの親しみやすい笑みを浮かべて見せた。
だが、その向かいに立つエドワード・エルリックの顔は、これ以上ないほど苦虫を噛み潰したように歪んでいた。
「……はあぁぁぁっ!? ちょっと待ってくださいよ大総統! 俺とアルは自分たちの身体を取り戻す手がかりを探して旅してんですよ!? なんでそんな子供の『社会科見学』のお守りまでしなきゃならねぇんですか!」
エドが机を叩いて声を荒らげる傍らで、大総統の背後に静かに佇む少女に視線を送る。
そこにいたのは、黒いワンピースに身を包んだ一人の少女だった。
柔らかい髪を後ろで一本の三つ編みに結び、15歳そこそこにしか見えない華奢な身体。どこか自信なさげに視線を泳がせ、エドの鋭い眼光から逃れるように小さく肩をすくめている。
『エイミー・ライズ』——それが、彼女の胸元に付けられた名札の文字だった。
「そう言うな、鋼の。彼女は弱冠十四歳で国家錬金術師の資格を取得した有望株だ。二つ名は『境界の錬金術師』。……だがね、知識ばかりが先走って現場の経験が圧倒的に足りんのだよ。中央で大事に育てるより、君のような現場主義の錬金術師の側で泥に塗れた方が、いい勉強になると思ってね」
「勉強ならそこらの軍部にでも放り込めばいいでしょうが! 俺たちは観光旅行をしてるんじゃねぇんだ!」
「ははは、相変わらず手厳しいな。……だがね、これは大総統としての『命令』ではなく、人生の先輩からの『お願い』だよ。頼めないかね?」
そう言って穏やかに笑うブラッドレイだったが、その空気の奥底には、言葉にし得ない絶対的な威圧感が潜んでいた。断る選択肢など最初から与えられていないことを、エドは瞬時に察する。
(チッ……何が『お願い』だくそったれ……! 断ったら後で何を言われるか分かったもんじゃねぇ……!)
「……ちっ、分かりましたよ! 連れてきゃいいんでしょ、連れてきゃ!」
エドは頭をぐっしゃりと掻きむしり、忌々しそうに吐き捨てた。
◇
執務室を出て長廊下を歩く間、二人の間には気まずい沈黙が流れていた。
エドの歩幅は速く、後ろを歩くエイミーは必死にその後ろ姿を追いかける。
(……この人が、エドワード・エルリック……)
エイミーは、前を歩く背中を盗み見る。
背は自分とさほど変わらないのに、その背中からは圧倒的な存在感と、泥臭くも折れない強靭な意志が溢れ出していた。
冷たい地下の密室で、「人柱の監視役」として叩き込まれた数々のデータ。
だが、目の前にいる生身の彼は、紙の上の情報よりもずっと力強く、そして眩しかった。
「……おい」
突然エドが足を止め、振り返った。
エイミーはひゅっと息を呑み、慌てて足を止める。
「あ、あの……! ご、ごめんなさい! 足引っ張りませんから……!」
びくっと身を縮こまらせ、頭を下げて震えるエイミー。
そのあまりに情けない反応に、毒気を抜かれたエドは拍子抜けしたように溜め息をついた。
「……別に怒ってねぇよ。……エイミー、だったか?」
「は、はい……! エイミー・ライズです……!」
「俺はエドワード・エルリック。見ての通り身体を取り戻す旅をしている。足手まといになったら遠慮なく置いてくからな」
ぶっきらぼうに言い放つエドだったが、その瞳に底意地の悪い冷たさはなかった。
彼はハァと深いため息をつくと、エイミーが持っていた重そうな手荷物を無造作にひっつかみ、自分の肩に担ぎ直した。
「……ほら、行くぞ。まずはアルに紹介しなきゃならねぇしな」
「え……あ、鞄……っ!」
「いいから歩け! 荷物くらい持たせろバカ!」
照れ隠しのように前を向いて歩き出すエド。
エイミーは、手元から消えた荷物の軽さと、エドの背中の温かさに、ぽかんと立ち尽くした。
(……乱暴で、怒りっぽくて……でも……)
お父様や兄たち(ホムンクルス)から向けられる冷酷な視線とは全く違う。
「道具」ではなく、一人の「人間」として接してくれるその不器用な優しさに、エイミーの胸の奥が、ほんの少しだけ熱くなった。
これが、後に二人の運命を大きく変えることになる——邂逅の始まりだった。
