その手を掴んで明日へ行く
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第二話:ラッシュバレーの風と、芽生えた変化
ダブリスでの出来事を終え、一行はセントラルへの帰路についていた。
ダブリスを出てからというもの、エドワードのルイに対する態度は明らかに変わっていた。
歩幅をさりげなくルイに合わせたり、重い買い出しの荷物を「俺が持つ」と半ば強引に奪い取ったり。そして何より——。
(……くそっ)
エドワードは己の口を指で揉んだ。
イズミの部屋で聞いた、ルイの溢れ出る涙と「二度と子供を宿せない身体」という重い過去。
あの瞬間から、エドワードの中でルイは単なる「生意気な年上の軍人」ではなく、「ひとりの傷ついた女性」として、消しようのない存在感を持って胸の奥に居座っていた。
「……何かしら、エドワード君。さっきから顔が赤いわよ。熱でもあるの?」
ルイが足を止め、心配そうにエドワードの顔を覗き込んでくる。近すぎるアメジスト色の瞳と柔らかい気配に、エドワードは跳ね起きるように距離を取った。
「っ! べ、別に何でもねぇよ! 熱なんかあるかッ!」
「あら、そう? ならいいけれど……」
首を傾げるルイを見ながら、エドワードは視線を逸らして悪態をつく。
(……言えるわけねぇだろ、意識してるなんてよ……!)
◇
そんな甘酸っぱくもぎこちない空気感を打ち破るように——。
「う、腹が減って動けないよ〜……誰か恵み深いお方、食べ物を〜……」
路地裏の物陰から、ぬっと倒れ込んできた一人の青年。
つり上がった細い目に、黒髪を後ろで結んだ奇妙な身なりの男——シン国からやってきた皇子、リン・ヤオだった。
「うわっ!? なんだこの行き倒れ!?」
エドワードが驚いて声を上げる中、ルイは素早く青年の脈を取り、携行食のパンと水を与えた。
「大丈夫? 急激な血糖値の低下ね。これを食べなさい」
「やあ〜助かったよ美しいお姉さん! 君は命の恩人だねぇ!」
バクバクとパンを平らげたリンは、満面の笑みでルイの手を握りしめた。
だが次の瞬間、リンの細い目がわずかに開き、異国特有の気配——「気の流れ(龍脈)」を探る鋭い光が宿る。
「……ん? お姉さん……不思議な気の流れをしてるねぇ」
「……え?」
「身体の中の『生命の気』が、不自然に削れて擦り減ってる。……まるで、寿命を前払いして無理やりデかい力を出してるみたいだ。……普通ならとっくに死んでるレベルだよ、これ」
「……ッ!?」
ルイの表情が凍りつく。
錬金術とは異なるシン国の『気の観測』によって、自身の【脈動】による寿命削減を一瞬で見抜かれたのだ。
「おい、そこまでだ!ルイから手を離せッ!」
エドワードが割り込み、リンの手を強引に振り払う。
「やあやあ、怖い顔をしないでよ。……でもお姉さん、命は大切にしなよ? 擦り減った気は、そう簡単に戻らないんだからねぇ」
ひと通り自分たちの事情(不老不死の法を求めてシン国からやってきたこと)を気安く語り終え、ニシシと笑うリン。
だが、一瞬狼狽えていたルイは、すぐに軍人としての冷静な顔を取り戻すと、冷ややかな眼差しでリンを見下ろした。
「……一通りのお話、ありがたく伺いました。……ところで、ひとつ質問よろしいかしら?」
「ん? なあに、お姉さん?」
「あなた方……パスポートも正規の査証もお持ちではないわね? つまり、完全な『不法侵入』および『不法入国』ということですけれど」
ルイは軍服の襟元を正し、淡々と、けれど逃げ場のない正論を口にした。
「私はアメストリス軍の少佐です。本来であれば、この場であなた方を拘束し、憲兵隊へ引き渡す義務がありますが……、今すぐここで憲兵を呼びましょうか?」
「「「ゲッ……!!」」」
それまで余裕たっぷりだったリンと、物陰から護衛に入っていたランファン、フーの顔色が不気味なほど同時に青ざめた。
「お、お姉さん!? 助けてくれたのにそんな殺生な……ッ!?」
「命を救うことと、国家の法規を守ることは別の問題です。……捕まりたくないのなら、私の視界から今すぐ消えることをお勧めするわよ」
ルイの逃げ場のない正論と冷徹なプレッシャーに押され、リンたちは脱兎のごとく街の奥へと逃げ去っていった。
「……ふう。騒がしい人たちね」
溜息をつくルイ。
その横顔を見つめながら、エドワードは少し呆れつつも、内心で胸を撫で下ろしていた。
(……たく、相変わらず冷徹で頭の回る奴だ……)
けれど、もう以前のような「冷酷で死に急ぐ女」への苛立ちではない。
正論で敵をあしらうルイの強さも、命を削って苦しんできた儚さも、すべて引っくるめて「守りたい」という想いが、エドワードの胸の中で静かに、けれど固く根を張っていた。
「……行くぞ、ルイ。セントラルへ戻る」
「ええ……そうね、エドワード君」
初めて自然に名前を呼ばれたことに、ルイは気づいていない。
しかし、確実に変化した二人の距離感を乗せて、列車は再びセントラルへと向かって走り出すのだった。
