その手を掴んで明日へ行く
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第三話:白熱の数式と、絆の芽生え
リゼンブール到着後、待っていたのはまさに地獄だった。
ウィンリィによる容赦のないオートメール接続手術。激痛に叫び転げるエドワードの悲鳴がピナコ宅に響き渡り、隣で甲斐甲斐しく手伝うルイも「……恐ろしい女の子ね」と冷や汗を流すほどだった。
そして、アルフォンスの鎧の修繕も無事に完了。
身体も機械も完璧に元通りとなった兄弟は、再びセントラルへと向かう列車の中にいた。
「——ふぅ。やっぱり動く右腕ってのは最高だな!」
万全の状態に戻り、機嫌よく右腕の銀色の指をグーパーと確かめるエドワード。
向かいの席では、ルイが静かに手書きの研究ノートを広げ、ペンを走らせていた。
ふと、エドワードの視線がルイのノートの余白に描かれた、複雑極まりない二重環状陣の数式に止まる。
「……おい」
「何かしら、エドワード君。また不毛な議論を……」
「待て。そこの第三項の有機物質の再構成式……等価交換の質量保存の計算がおかしくねぇか!?」
ルイは一瞬驚いたように目を丸くした。だが次の瞬間には、研究者としての鋭い顔つきに変わる。
「おかしくありません。ここは施術者自身の血中鉄分とエネルギーを触媒に変換しているの。だから見かけ上の質量が合わなくても、エネルギー保存としては成立しているわ」
「ハッ! 成立はしてても無駄が多すぎるね! 施術者の負担がデカすぎるだろ! ここを三次元の幾何学補正に組み直せば、触媒の消費量を半分に抑えて反応速度を3倍に跳ね上げられるぜ!」
「な……ッ!?」
ルイは思わず身を乗り出した。
15歳の少年が即座に指摘したその修正案は、彼女がここ数ヶ月間頭を悩ませていた生体反応の不全を見事に解決する、圧倒的にスマートで美しい数式だったからだ。
「生意気言わないで……! 幾何学補正を入れたら、術者の神経系へのフィードバックが強すぎて精神が持たないわ!」
「だから、ここに緩衝用の第三円環を一つ挟むんだよ! ペン貸せ、ほら、こうやって——!」
エドワードはルイの手からペンを奪い取ると、ノートの余白に猛烈な勢いで数式を書き走らせた。
「……嘘、本当だわ。これなら、反動を最小限に抑えられる……」
「だろ!? あんたの理論は基礎がクソ真面目にしっかりしてる分、頭が固くて発想が重いんだよ!」
「誰が頭が固いですって!? 私は安全性を最優先に計算していたのよ!」
さっきまでの気まずい空気はどこへやら、二人はテーブルの上に身を乗り出し、頭を突き合わせてノートを挟み込んだ。
「だがこの触媒の変換効率は!」
「そこは熱力学の第二法則を組み込めば済む話でしょ!」
「待て、有機物のカルシウムを混ぜれば理論上いけるか……!?」
お互いが持つ圧倒的な知性と、錬金術という深淵への狂熱が激しく火花を散らす。
二人は車内で熱弁を振るい続け、議論が噛み合うたびに瞳には少年のように輝く熱が宿っていた。
隣の席でそれを見ていたアルフォンスが、呆れつつも嬉しそうにクスッと笑う。
(……さっきまであんなに大喧嘩してたのに、もう仲良く実験の計算してる。兄さんもルイさんも、結局根っこは一緒の『錬金術オタク』なんだから……)
「……ふふ。大したものね、エドワード君。……ただの生意気なガキかと思っていたけれど」
ルイは疲れたように息を吐きながらも、心からの感嘆を込めて穏やかに微笑んだ。
「へっ、当たり前だろ。俺を誰だと思ってやがる。『鋼の錬金術師』様だぞ」
エドワードは鼻で笑ってみせたが、その琥珀色の瞳には、もうルイを単なる「死にたがりの大人」としてではなく、一目置くべき一人の天才錬金術師として認める熱が宿っていた。
不調和だった二人の足並みが、錬金術という強い絆を介して、静かに重なり合い始めていた。
