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第一章 欠けた身体で愛を解く
第一話:不協和音と東方の温もり
東方司令部、大佐執務室。
窓から差し込む午後の斜光が、デスクの上に山積みされた軍用書類の山を斜めに切り取っていた。
部屋の空気は重く、どこか殺伐とした沈黙が満ちている。
「——【脈動の錬金術師】ルイ・フライム少佐、か」
ロイ・マスタング大佐は、手元のパーソナルデータから視線を外さず、低く呟いた。
その向かい、革張りのソファーにどっかりと腰掛け、露骨に嫌そうな顔で背もたれに倒れ込んでいたのは、15歳の『鋼の錬金術師』エドワード・エルリックだった。
「おい大佐、頼むから分かりやすく教えてくれよ! なんで俺たちの護衛兼軍医に、あんな怪しげな女がついてんだよ!」
「言葉を慎みたまえ、鋼の。……彼女は16歳という若さで国家錬金術師の資格を得た、極めて優秀な生体錬成の専門家だ」
「16歳だろうがなんだろうが関係ねぇ! 初対面の時から妙な目で俺を見てくるし、言動はいちいち冷めてやがる! 大体、俺たちにこれ以上お目付け役なんて要らねぇんだよ!」
エドワードが怒鳴り散らすのも無理はなかった。
東方での騒乱と『傷の男(スカー)』の暗躍を重く見た中央(セントラル)の大総統室から、突如として派遣されてきたのがルイ・フライム少佐だ。
彼女が初対面の際、どこか切なさと愛おしさが混ざり合った「特別な眼差し」を向けてきたことが、大人の哀れみに敏感なエドワードにはたまらなく居心地が悪く、苛立ちを隠せないでいたのだ。
マスタングは眼光をわずかに鋭くした。
「彼女の軍医としての腕は確かだ。……だがね、彼女には軍内でも極めて危険な噂が付きまとっている」
「危険な噂……?」
ソファーの隣で静かに耳を傾けていた弟のアルフォンスが、大きな鎧の身体を小さく軋ませて身を乗り出す。
「彼女の二つ名である【脈動】——それは自らの血液や生命エネルギーを触媒とし、生体組織を爆発的に再構築する特殊な錬成術だ。……だが、その凄絶な効果の代償として、彼女は『術を使うたびに確実に自らの命(寿命)を削っている』と言われている」
「っ……!? 自分の、寿命を……!?」
エドワードの目が見開かれる。
「ああ。まるで『何かに追われるように自傷的な戦い方をする』のが彼女の特徴だ。何のためにそこまで自分を追い詰めているのか……彼女自身、過去に大きな影を抱えているのは間違いない。大総統閣下が直接彼女を君たちの護衛に任命した意図も含め、裏で何と繋がっているか分かったものじゃない」
腕を組み、冷徹な軍人の顔で「警戒を怠るな」と語るマスタング。
しかし、次の瞬間——エドワードは「はぁーあ」と盛大なため息を吐き出すと、半目でマスタングを指さした。
「あのさぁ……大佐。あんた、どんだけ器量が狭ぇんだよ」
「き、器量だと……!?」
「あいつが自分の体削って戦ってんのは気に食わねぇが、10も年下の、体ボロボロにして仕事してるねーちゃん相手にそこまで疑心暗鬼になって腹探ってるとか……見苦しいねぇ」
「これはリスク管理だと言っているだろ! 彼女は軍人としての素質も……っ!」
「はいはい、大人の事情ってやつですかー。へいへい」
ガミガミと反論するマスタングを軽くいなし、エドワードはソファーから立ち上がった。
マスタングの言葉に胸の奥がざらりと撫で上げられるような強い違和感を覚えつつも、同時に「あいつのあの冷えた目には、そんな理由があったのか」と、妙な引っかかりが胸に残っていた。
◇
一方、執務室を出た廊下では、緊張感の漂う室内とは正反対の穏やかな光景が広がっていた。
「やー、フライム少佐! 今日も綺麗っすね〜! どうすか、このあと食堂で一緒に名物の辛口カレーでも食いにいきません?」
「ハボック少尉……。悪いけど私は勤務中よ。それに辛いものは苦手なの」
「うぐっ……! つれねぇ! でもそこがいい!」
凛とした軍服姿で歩くルイに対し、気さくに声をかけるハボック少尉。
ルイは呆れたように息を吐きつつも、どこか毒気を抜かれたような顔をしている。
「ハボック、少佐を困らせないで。……フライム少佐、大佐の執務室はあちらです。あの方は少々頭が堅く、警戒心が強いですが……悪気はないので」
「分かっているわ、ホークアイ中尉。……どこかの大佐殿が、私をスパイか何かだと疑って警戒していることくらいね」
苦笑交じりに応じるルイに対し、ホークアイは静かに、けれど労わるような眼差しを向けた。
鋭い観察眼を持つホークアイは、ルイが背負う「自分を責め続けている空気」と、命を削る能力の痛ましさに早くも気づいていたのだ。
「少佐、お茶入れ直しましたよ!」「何か困ったことがあったら東方組(おれたち)に言ってくださいね!」
ファルマンやブレダ、フュリーたちも無遠慮で温かい笑みを向けてくる。
14歳で子宮を失い、自分の身を削ることでしか生きる許しを得られなかったルイにとって、自分を「キナ臭いスパイ」ではなく「一人の若い女性軍人・仲間」として自然体に接してくれる東方司令部の空気は、あまりにも眩しく、そしてあたたかかった。
(……まったく。あんなド暗い大佐の部下にしては、みんな温かくて良い人たちばかりね)
ルイが冷めかけた紅茶を口に含み、胸の奥がじんわりと解けていくのを感じていたその時——
「器が小さいとは何だッ! 危険管理だと言っているだろ!」
「現実見ろよ器小せぇ大佐!」
執務室のドアの向こうから、ロイとエドワードがギャーギャーと不毛な大喧嘩を繰り広げる声が漏れてきた。
ルイは一瞬呆気にとられた後、クスッと小さな笑みを漏らした。
(生意気なガキ……。けれど、あの子の周りはいつも、あんなにも賑やかなのね)
止まっていたルイの時間が、東方の温かい風とともに、静かに動き始めようとしていた。
第一章 欠けた身体で愛を解く
第一話:不協和音と東方の温もり
東方司令部、大佐執務室。
窓から差し込む午後の斜光が、デスクの上に山積みされた軍用書類の山を斜めに切り取っていた。
部屋の空気は重く、どこか殺伐とした沈黙が満ちている。
「——【脈動の錬金術師】ルイ・フライム少佐、か」
ロイ・マスタング大佐は、手元のパーソナルデータから視線を外さず、低く呟いた。
その向かい、革張りのソファーにどっかりと腰掛け、露骨に嫌そうな顔で背もたれに倒れ込んでいたのは、15歳の『鋼の錬金術師』エドワード・エルリックだった。
「おい大佐、頼むから分かりやすく教えてくれよ! なんで俺たちの護衛兼軍医に、あんな怪しげな女がついてんだよ!」
「言葉を慎みたまえ、鋼の。……彼女は16歳という若さで国家錬金術師の資格を得た、極めて優秀な生体錬成の専門家だ」
「16歳だろうがなんだろうが関係ねぇ! 初対面の時から妙な目で俺を見てくるし、言動はいちいち冷めてやがる! 大体、俺たちにこれ以上お目付け役なんて要らねぇんだよ!」
エドワードが怒鳴り散らすのも無理はなかった。
東方での騒乱と『傷の男(スカー)』の暗躍を重く見た中央(セントラル)の大総統室から、突如として派遣されてきたのがルイ・フライム少佐だ。
彼女が初対面の際、どこか切なさと愛おしさが混ざり合った「特別な眼差し」を向けてきたことが、大人の哀れみに敏感なエドワードにはたまらなく居心地が悪く、苛立ちを隠せないでいたのだ。
マスタングは眼光をわずかに鋭くした。
「彼女の軍医としての腕は確かだ。……だがね、彼女には軍内でも極めて危険な噂が付きまとっている」
「危険な噂……?」
ソファーの隣で静かに耳を傾けていた弟のアルフォンスが、大きな鎧の身体を小さく軋ませて身を乗り出す。
「彼女の二つ名である【脈動】——それは自らの血液や生命エネルギーを触媒とし、生体組織を爆発的に再構築する特殊な錬成術だ。……だが、その凄絶な効果の代償として、彼女は『術を使うたびに確実に自らの命(寿命)を削っている』と言われている」
「っ……!? 自分の、寿命を……!?」
エドワードの目が見開かれる。
「ああ。まるで『何かに追われるように自傷的な戦い方をする』のが彼女の特徴だ。何のためにそこまで自分を追い詰めているのか……彼女自身、過去に大きな影を抱えているのは間違いない。大総統閣下が直接彼女を君たちの護衛に任命した意図も含め、裏で何と繋がっているか分かったものじゃない」
腕を組み、冷徹な軍人の顔で「警戒を怠るな」と語るマスタング。
しかし、次の瞬間——エドワードは「はぁーあ」と盛大なため息を吐き出すと、半目でマスタングを指さした。
「あのさぁ……大佐。あんた、どんだけ器量が狭ぇんだよ」
「き、器量だと……!?」
「あいつが自分の体削って戦ってんのは気に食わねぇが、10も年下の、体ボロボロにして仕事してるねーちゃん相手にそこまで疑心暗鬼になって腹探ってるとか……見苦しいねぇ」
「これはリスク管理だと言っているだろ! 彼女は軍人としての素質も……っ!」
「はいはい、大人の事情ってやつですかー。へいへい」
ガミガミと反論するマスタングを軽くいなし、エドワードはソファーから立ち上がった。
マスタングの言葉に胸の奥がざらりと撫で上げられるような強い違和感を覚えつつも、同時に「あいつのあの冷えた目には、そんな理由があったのか」と、妙な引っかかりが胸に残っていた。
◇
一方、執務室を出た廊下では、緊張感の漂う室内とは正反対の穏やかな光景が広がっていた。
「やー、フライム少佐! 今日も綺麗っすね〜! どうすか、このあと食堂で一緒に名物の辛口カレーでも食いにいきません?」
「ハボック少尉……。悪いけど私は勤務中よ。それに辛いものは苦手なの」
「うぐっ……! つれねぇ! でもそこがいい!」
凛とした軍服姿で歩くルイに対し、気さくに声をかけるハボック少尉。
ルイは呆れたように息を吐きつつも、どこか毒気を抜かれたような顔をしている。
「ハボック、少佐を困らせないで。……フライム少佐、大佐の執務室はあちらです。あの方は少々頭が堅く、警戒心が強いですが……悪気はないので」
「分かっているわ、ホークアイ中尉。……どこかの大佐殿が、私をスパイか何かだと疑って警戒していることくらいね」
苦笑交じりに応じるルイに対し、ホークアイは静かに、けれど労わるような眼差しを向けた。
鋭い観察眼を持つホークアイは、ルイが背負う「自分を責め続けている空気」と、命を削る能力の痛ましさに早くも気づいていたのだ。
「少佐、お茶入れ直しましたよ!」「何か困ったことがあったら東方組(おれたち)に言ってくださいね!」
ファルマンやブレダ、フュリーたちも無遠慮で温かい笑みを向けてくる。
14歳で子宮を失い、自分の身を削ることでしか生きる許しを得られなかったルイにとって、自分を「キナ臭いスパイ」ではなく「一人の若い女性軍人・仲間」として自然体に接してくれる東方司令部の空気は、あまりにも眩しく、そしてあたたかかった。
(……まったく。あんなド暗い大佐の部下にしては、みんな温かくて良い人たちばかりね)
ルイが冷めかけた紅茶を口に含み、胸の奥がじんわりと解けていくのを感じていたその時——
「器が小さいとは何だッ! 危険管理だと言っているだろ!」
「現実見ろよ器小せぇ大佐!」
執務室のドアの向こうから、ロイとエドワードがギャーギャーと不毛な大喧嘩を繰り広げる声が漏れてきた。
ルイは一瞬呆気にとられた後、クスッと小さな笑みを漏らした。
(生意気なガキ……。けれど、あの子の周りはいつも、あんなにも賑やかなのね)
止まっていたルイの時間が、東方の温かい風とともに、静かに動き始めようとしていた。
