その手を掴んで明日へ行く
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プロローグ:運命の交差点
10歳で冷たくなった弟の手は、どれだけ擦り合わせても二度と温かくはならなかった。
「お願いだから目を覚まして……私を、一人にしないで……っ」
病によって日ごとに頬の肉が削げ、静かに息を引き取った弟。
弟のいない世界で、私だけが成長し、大人になっていくなんて耐えられなかった。14歳の私はあまりにも幼く、愚かで、そして狂おしいほどに必死だったのだ。
古びた書物を解き明かし、自らの指先を割いて得た血で、床一面に錬成陣を描く。
「人体錬成」——決して足を踏み入れてはならない神の領域、錬金術師最大の禁忌。
だが、当時の私にとってルールなどどうでもよかった。弟が戻ってくるのなら、私の命などいくらでも差し出す覚悟があった。
けれど、空間を裂いて現れた『真理の扉』は、私の命など求めてはくれなかった。
『——お前の望むものに見合った【代償】を払え』
闇の底から伸びてきた無数の黒い手が、逃げ場のない私の体を拘束する。
そして、冷酷で圧倒的な意思をもって、私の腹部の奥底——命を生み出すための器、未来を宿す器官へ容赦なく手を突っ込んできた。
「あ、ぐ……ッ!? ああああああああああッ!!!!」
焼きゴテを押し当てられたような激痛と、内臓を根こそぎ引きちぎられる感覚。
女として生きる未来も、いつか誰かと温かい家庭を築く夢も、命を紡ぐ可能性のすべてを、真理は容赦なく奪い去っていった。
激痛と吐血の中で私が目にしたのは、蘇った愛おしい弟の笑顔などではなく——ただ泥のように蠢き、不気味な呼吸を繰り返すだけの、歪な肉塊だった。
――あの日から、6年の年月が流れた。
20歳になった私は、軍医としての知識と生体錬成の技能を買われ、【脈動の錬金術師】ルイ・フライム少佐として軍に身を置いている。
自分の血と命(寿命)を触媒にし、他者の負傷を瞬時に癒やす【脈動】の錬成術。
命を削るその戦い方を、周囲は「自己犠牲的で慈愛に満ちた術」だと評価した。
だが、違う。
子宮を失い、新しい命を育むことすらできない身体になった私。自分の寿命を削り、誰かの命を繋ぎ止めることでしか、私は呼吸することを自分に許せなかったのだ。
これは慈愛などではない。
ただの贖罪であり、いつか野垂れ死ぬための『免罪符』に過ぎない。
「なんだよその目は! 人の顔じろじろ見やがって!」
そうやって死に場所を探していた私の前に現れたのが、彼——エドワード・エルリックだった。
「ちょっと、兄さん! 失礼でしょ!」
「うるせぇアル! こいつが妙な目で俺を見てくるのが悪いんだろッ!」
東方司令部からの要請で、彼らの護衛官として派遣された日のことだ。
金髪を三つ編みに結い、小さな体で一生懸命に背伸びをしながら、威勢よく怒鳴り散らす15歳の少年。
(……生き伸びていたら、弟もこれくらいの年かしら)
10歳で止まってしまった弟の時を重ね合わせ、私は思わず愛おしさと、胸を刺すような切なさを孕んだ視線を向けてしまっていた。
エドワード君は、大人が自分に向ける「子供扱い」や「哀れみ」の視線に誰よりも敏い。
私の眼差しに含まれた重たい影を感じ取ったのだろう。彼は猫のように威嚇の声を上げながら、不機嫌そうに私を睨みつけていた。
「……ふふ。元気がよくて結構ね、エドワード少佐」
「少佐って呼ぶな! 」
20歳の大人の仮面をかぶり、静かに微笑んでみせる私。
だが、私はまだ知らなかった。
弟の面影を重ねていたこの生意気な少年が、やがて私の「死ぬための免罪符」を粉々に打ち砕き、泥臭く、圧倒的な熱量で私の手を掴み——絶望の底から『明日』へと引きずり出す存在になるということを。
これが、私と彼の、深く切ない共犯関係の始まりだった。
プロローグ:運命の交差点
10歳で冷たくなった弟の手は、どれだけ擦り合わせても二度と温かくはならなかった。
「お願いだから目を覚まして……私を、一人にしないで……っ」
病によって日ごとに頬の肉が削げ、静かに息を引き取った弟。
弟のいない世界で、私だけが成長し、大人になっていくなんて耐えられなかった。14歳の私はあまりにも幼く、愚かで、そして狂おしいほどに必死だったのだ。
古びた書物を解き明かし、自らの指先を割いて得た血で、床一面に錬成陣を描く。
「人体錬成」——決して足を踏み入れてはならない神の領域、錬金術師最大の禁忌。
だが、当時の私にとってルールなどどうでもよかった。弟が戻ってくるのなら、私の命などいくらでも差し出す覚悟があった。
けれど、空間を裂いて現れた『真理の扉』は、私の命など求めてはくれなかった。
『——お前の望むものに見合った【代償】を払え』
闇の底から伸びてきた無数の黒い手が、逃げ場のない私の体を拘束する。
そして、冷酷で圧倒的な意思をもって、私の腹部の奥底——命を生み出すための器、未来を宿す器官へ容赦なく手を突っ込んできた。
「あ、ぐ……ッ!? ああああああああああッ!!!!」
焼きゴテを押し当てられたような激痛と、内臓を根こそぎ引きちぎられる感覚。
女として生きる未来も、いつか誰かと温かい家庭を築く夢も、命を紡ぐ可能性のすべてを、真理は容赦なく奪い去っていった。
激痛と吐血の中で私が目にしたのは、蘇った愛おしい弟の笑顔などではなく——ただ泥のように蠢き、不気味な呼吸を繰り返すだけの、歪な肉塊だった。
――あの日から、6年の年月が流れた。
20歳になった私は、軍医としての知識と生体錬成の技能を買われ、【脈動の錬金術師】ルイ・フライム少佐として軍に身を置いている。
自分の血と命(寿命)を触媒にし、他者の負傷を瞬時に癒やす【脈動】の錬成術。
命を削るその戦い方を、周囲は「自己犠牲的で慈愛に満ちた術」だと評価した。
だが、違う。
子宮を失い、新しい命を育むことすらできない身体になった私。自分の寿命を削り、誰かの命を繋ぎ止めることでしか、私は呼吸することを自分に許せなかったのだ。
これは慈愛などではない。
ただの贖罪であり、いつか野垂れ死ぬための『免罪符』に過ぎない。
「なんだよその目は! 人の顔じろじろ見やがって!」
そうやって死に場所を探していた私の前に現れたのが、彼——エドワード・エルリックだった。
「ちょっと、兄さん! 失礼でしょ!」
「うるせぇアル! こいつが妙な目で俺を見てくるのが悪いんだろッ!」
東方司令部からの要請で、彼らの護衛官として派遣された日のことだ。
金髪を三つ編みに結い、小さな体で一生懸命に背伸びをしながら、威勢よく怒鳴り散らす15歳の少年。
(……生き伸びていたら、弟もこれくらいの年かしら)
10歳で止まってしまった弟の時を重ね合わせ、私は思わず愛おしさと、胸を刺すような切なさを孕んだ視線を向けてしまっていた。
エドワード君は、大人が自分に向ける「子供扱い」や「哀れみ」の視線に誰よりも敏い。
私の眼差しに含まれた重たい影を感じ取ったのだろう。彼は猫のように威嚇の声を上げながら、不機嫌そうに私を睨みつけていた。
「……ふふ。元気がよくて結構ね、エドワード少佐」
「少佐って呼ぶな! 」
20歳の大人の仮面をかぶり、静かに微笑んでみせる私。
だが、私はまだ知らなかった。
弟の面影を重ねていたこの生意気な少年が、やがて私の「死ぬための免罪符」を粉々に打ち砕き、泥臭く、圧倒的な熱量で私の手を掴み——絶望の底から『明日』へと引きずり出す存在になるということを。
これが、私と彼の、深く切ない共犯関係の始まりだった。
