花は落ちて果実となる
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プロローグ:面影の残像
セントラル郊外の街並みは、中央都市の喧騒から少し離れた静けさに包まれていた。
レンガ造りの美しい建物が立ち並ぶその一角で、エドワードとアルフォンスは次の手掛かりを求めて歩を進めていた。
「兄さん、やっぱり中央の図書館に行ってみた方がよかったんじゃない……?」
重々しい金属音を響かせながら、巨躯の甲冑——アルフォンスが心配そうに問いかける。
しかし、その声に返事はなかった。
「……兄さん?」
アルフォンスが不思議そうに隣を見やると、エドワードの足がぴたりと止まっていた。
金色の瞳が、道の少し先——通り沿いにある小さな花屋の前に佇む一人の女性に釘付けになっている。
おっとりとした気品を纏い、上品なドレスの裾をかすかに揺らす若い女性。
彼女が優しく目を細めて花を選び、ふとこちらへ振り返ったその瞬間——
「……っ、か……母さん……!?」
アルフォンスの口から、無意識の叫びが漏れ出た。
鎧の体ゆえに、五感も体温も失ったアルフォンス。だからこそ、視界に飛び込んできたその「姿」は、二度と会えないはずの亡き母・トリシャの面影そのものだった。
エドワードもまた、息を呑んだまま動けずにいた。
(バカな……そんなわけねぇ……母さんは……俺たちが……!)
脳裏をよぎるあの日の過ちと絶望。冷や汗が背筋を伝う。
だが、目の前に立つ女性は、紛れもなく生きている人間として、柔らかい陽光の中に立っていた。
「あら……?」
声を掛けられた女性——フローラは、不思議そうに首を傾げた。
その顔立ちは、若き日のトリシャに恐ろしいほどよく似ていた。しかし、その瞳にはどこか幼い頃から背負ってきた当主としての凛とした意志と、深い気品が宿っている。
見知らぬ少年二人——一人は真っ青な顔で立ち尽くす金の髪の少年、もう一人は異様な巨大な鎧——が自分を「母さん」と呼んで固まっている姿を見て、フローラはおっとりと微笑んだ。
「……私をお母様って呼んだの? ふふ、あいにく私はまだ結婚していないのよ?」
その声の響きまで、どこか母を思い出させる柔らかさを持っていた。
しかし、エドワードの顔色の悪さと、青ざめた表情に気づいたフローラは、すぐに心配そうに眉をひそめた。
「まあ……大丈夫? 顔色がとても悪いわ。……機械鎧の接合部でも痛むのかしら。体調が悪いなら、一旦うちにおいで?」
フローラは迷うことなく歩み寄ると、エドワードの左手——まだ生身の、小さな手をそっと包み込んだ。
「さ、すぐ近くだから。無理しないで、ゆっくり歩きましょうね」
「あ……おい、ちょっと……!」
拒む間もなく、フローラは優しくエドワードの手を引いて歩き出した。
手をつながれ、少し前を歩くフローラの後ろ姿を、エドワードはただ黙って見つめていた。
(温かい……)
手に伝わるのは、人肌の柔らかさとぬくもり。
母が亡くなって以来、久しく忘れていた「大人の女性に手を引かれる」という感覚。
前を歩くフローラの揺れる髪、柔らかい背中、そして手から伝わる無償の優しさ。
普段は「国家錬金術師」として、そして「兄」として強がり、背伸びして生きている15歳のエドワードの頑なな鎧が、この瞬間だけはハラハラと剥がれ落ちていくようだった。
(くそっ……なんなんだよ、これ……)
失った母への切ない郷愁。
自分たちの罪に対する苦い罪悪感。
そして、理由も聞かずにこうして温かく手を引いてくれるこの女性に対する、名前のつかない愛おしさ。
胸の奥がぎゅっと締め付けられ、視界がじんわりと熱くなる。
エドワードは、声も出せずに泣きたくなるような感情に押し潰されそうになりながら、ただ下を向いて彼女の後ろをついて行った。
その後ろを、巨大な甲冑のアルフォンスが、重い足音を忍ばせるようにして静かに続いていく。
手の温もりを感じられないアルフォンスもまた、前を歩く母そっくりの女性と、その女性に手を引かれて見たこともない「傷ついた子供」の顔で歩く兄の後ろ姿を、言葉もなく見つめていた。
