第八の罪、その名は
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5. ヒューズ家の食卓と家族の温もり
第5研究所での怪我と疲れからセントラル市内の病院に入院したエド。
そして、ネジの締め忘れで右腕を壊したエドを大目玉で叱り飛ばすため、リゼンブールから怒髪天で駆けつけてきたウィンリィ・ロックベル。
「ちょっとエド!! 一体どういう扱いしたらこんな壊れ方すんのよバカ!!」
病室に響き渡るレンチの叩きつけられる音と、エドの悲鳴。
その様子をベッドの脇でおずおずと見守っていたエイミーに向かって、ウィンリィはパッと笑顔を向けた。
「ごめんね、エイミーちゃん! うるさくしちゃって。エイミーちゃんも怪我なくて本当に良かったよ」
「あ……はい! 私は大丈夫です……っ。あの、ウィンリィさん……遠くからありがとうございます」
「ううん! 機械鎧技師(オートメイルぎし)として当然だもの! ……あ、そういえばエドが入院してる間のエイミーちゃんの泊まり先だけど……」
そこに、大きなアップルパイの箱を抱えたマース・ヒューズ中佐が豪快に病室のドアを開けて入ってきた。
「よぉ、鋼の! 様子を見に来てやったぞ! おっと、君が噂のエイミーちゃんだね? ウィンリィちゃんも! エドが入院中の間、二人ともホテルなんかに泊まってないで、うちにおいでよ! グレイシアの美味い手料理と、天使のように可愛いエリシアが待ってるぞ〜!」
親バカ全開で娘の写真をかざすヒューズの強引で温かい誘いに押し切られ、エイミーとウィンリィはヒューズ家でお世話になることになった。
◇
「まあ! かわいいお客さまね、歓迎するわ!」
ヒューズの自宅で二人を温かく出迎えてくれたのは、心優しい妻のグレイシアと、無邪気な笑顔を振りまく幼い娘のエリシアだった。
食卓に並べられたのは、湯気が立つ温かいアップルパイと、グレイシアが心を込めて作ったシチューや焼きたてのパン。
「ほらエリシア、お姉ちゃんたちにご挨拶は?」
「えりしあです! おねえちゃんたち、あそぼうね!」
「うわぁ、可愛い〜っ!!」
大はしゃぎするウィンリィとエリシアのやり取りを横目に、エイミーはおずおずとスプーンを持ち、シチューを一口口に含んだ。
野菜の甘みと肉の旨味が口いっぱいに広がり、身体の芯からじわりと温もりが染み渡っていく。
「……すごく……すごく美味しいです……っ」
「ふふ、良かったわ。たくさん作ってあるから、おかわりも遠慮しないでね」
優しく微笑むグレイシアの表情には、何の裏も、冷たさもなかった。
ただ純粋に、自分の作った料理を美味しいと言って食べてくれる子供に向けられる、本物の「母親の愛」だった。
食後、エリシアに絵本を読んであげながら笑い合うウィンリィとヒューズ。
リビングに満ちる笑い声と、薪ストーブのパチパチとはじける音。
(これが……『家族』……?)
地下の密室で、「お父様」という絶対的な存在のもと、兄弟(ホムンクルス)同士で殺伐とした命令や拷問を繰り広げてきた自分の世界とは、あまりにも違いすぎた。
「どうしたの、エイミーちゃん? どこか痛むの?」
ふと、グレイシアがエイミーの隣にそっと座り、心配そうに顔を覗き込んできた。
「あ……ううん、なんでもありません……っ。ただ……こんなに温かいお家やご飯って……すごく素敵だなって思って……」
エイミーがぽつりと漏らした言葉に、グレイシアは一瞬驚いたように目を丸くし、それから包み込むような温かい手でエイミーの頭をそっと撫でた。
「いつでもいらっしゃい。エイミーちゃんも、もううちの家族みたいなものなんだから」
「っ……!!」
家族——その言葉が、エイミーの胸に突き刺さる。
温かい手のひらの感触。
グレイシアの優しい眼差し。
自分を疑いもせず「家族」と呼んでくれる温もりに、エイミーの目からボロボロと大きな涙がこぼれ落ちた。
「えっ!? ごめんなさい、私、何か気に触るようなこと言っちゃったかしら!?」
「ううん……ううん……っ! 違います……っ! すごく……すごく嬉しくて……っ!!」
声を殺して涙を拭うエイミー。
胸を絞めつけるのは、あまりの温かさへの感動と——「自分はこの温もりを破壊しようとしている化け物の一員である」という、狂いそうなほどの罪悪感だった。
(私は……この人たちを騙している……)
声を殺してボロボロと涙を溢れさせるエイミーの横顔を、ウィンリィは胸がギュッと締め付けられるような想いで見つめていた。
(エイミーちゃん……)
旅の途中で出会った時から、エイミーはどこか自信なさげで、いつも自分を抑え込むように縮こまっていた。
何を聞かれても自分の過去や家族のことは多くを語らず、エドたちに対してどこか申し訳なさそうに遠慮している姿。
(この子……ずっと一人で、どんなに寂しい想いをしてきたんだろう……)
自分にはピナコおばあちゃんやエド、アルがいた。だけど、エイミーの瞳の奥には、かつて両親を失った時の自分と同じような、深く冷たい「孤独」の影が見えた気がしたのだ。
ウィンリィはそっとエイミーの華奢な肩を引き寄せ、優しく抱きしめた。
「……ううん、いいんだよエイミーちゃん。いっぱい泣いていいんだよ」
「ウィ、ウィンリィさん……っ」
「エドやアルは男だし、鈍感で気遣いも足りないから大変でしょ? だからね、私に頼っていいからね。言えないことがあってもいい……私、エイミーちゃんの一番の味方になってあげるから」
背中に回されたウィンリィの手の温もりと、あまりにも温かい言葉。
(味方……私に……味方になってくれるの……?)
罪悪感で破裂しそうな胸を抱えながら、エイミーはウィンリィの服にしがみつき、子供のように声をあげて泣き続けた。
その涙を優しく拭いながら、ウィンリィは心の中で静かに誓っていた。
(私が、この子をちゃんと見ていてあげよう。この子がこれ以上、一人で泣かなくていいように——)
夜、二人部屋のベッドで隣のウィンリィがスースーと気持ちよさそうに寝息を立てる中、エイミーは布団の中で一人、冷たい涙を流し続けた。
エドやアル、ウィンリィ、そしてヒューズ一家。
人間たちの持つ純粋な温もりに触れれば触れるほど、エイミーの中の【臆病(Cowardice)】は、「真実を隠し続けてこの温もりに縋りつきたい」という切ない願いと、「いつかすべてを破壊してしまうのではないか」という激しい恐怖に引き裂かれていくのだった。
