第八の罪、その名は
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第二章:交錯する影と暴かれる真実
4. 廃墟の蠢きと第5研究所
シェスカが復元したマルコーの研究書。
そこに暗号化されて隠されていた真実は、エドとアルの心を激しく打ち砕くものだった。
『賢者の石の精製——その生体材料は、生きた人間である』
言葉を失い、青ざめるエルリック兄弟。
そしてその隣で、エイミーは呼吸すら忘れたように胸を強く押さえていた。
(ついに……知られてしまった……)
自分が隠したかった最悪の真実。
自分の体内で脈打っているものの正体。
エドの絶望し切った横顔を見るのが恐ろしくて、エイミーはただ震える指先をぎゅっと握りしめることしかできなかった。
だが、エドは踏みとどまった。
軍の裏で何かが起きている。すでに閉鎖されたはずの「第5研究所」が、今なお賢者の石の錬成実験場として使われている可能性を行動で確かめるため、エドは真夜中のセントラルを走り出した。
◇
月光すら届かない、厳重に封鎖された第5研究所の廃墟。
不気味な静寂が漂う暗闇の廊下を、エド、アル、そしてエイミーの三人は息を潜めて進んでいた。
「おいエイミー……やっぱりお前は外で待ってりゃよかったんだ。ここは危ねぇ……」
前を歩くエドが、声をひそめて振り返る。
だがエイミーは首を大きく横に振った。
「いいえ……! 私も行きます……っ」
(エドワードさんを……一人にさせたくない……っ)
罪悪感と恐怖で破裂しそうな胸を抱えながらも、エドの背中を追いかける。
やがて二人がたどり着いたのは、地下深くにある広大な錬成部屋だった。
そこに残されていたのは、おぞましい赤黒い血痕の痕跡と、幾重にも描かれた巨大な錬成陣。
「な……んだよ……これ……っ」
エドの絶句する声が地下室に響く。
「ここで……本当に人間を使って……石を造ってたっていうのかよ……っ!? ふざけんな……! 命をなんだと思ってやがるっ!!」
怒りに拳を震わせ、壁を激しく殴りつけるエド。
その激昂は、命を弄ぶ者たちに対する純粋で真っ直ぐな怒りだった。
(……ごめんなさい……ごめんなさい……っ)
エドの怒りの声が、エイミーの胸を刃物のように鋭く刺し穿つ。
エドが怒りをぶつけている「命を弄ぶ化け物」——それはまさに、自分たちのことなのだから。
もし自分が何でできているかを知られたら、この激しい怒りと憎しみが自分に向けられる。
それが怖くてしょうがないのだ。
そんな中暗闇から突如現れたのは、鎧の番人——ナンバー48(スライサー兄弟)。
激しい戦闘の後、自分たちに番人をさせてる正体を教えてくれようとしたその瞬間だった。
無造作にスライサーの頭部に触れる長くて鋭い爪。
「——喋りすぎよ、48号」
ドスッ!!
一瞬だった。
ラストの「最強の矛」が甲冑の血の印を貫き、スライサーの魂を破壊する。
そして暗闇の奥から、嘲笑を浮かべたエンヴィーがゆっくりと歩み出てきた。
「やあやあ、盛大に暴れてくれたねぇ、鋼のおチビさん」
「あら……こんなところまで嗅ぎつけてくるなんて、困った坊やたちね」
ラストの視線が、エドの背後に隠れるように震えているエイミーへと向けられる。
その瞳には、すべてを察した冷ややかな嘲笑が浮かんでいた。
「っ……! お前ら……っ!!」
突如現れた脅威に、エドは瞬時に構えを取る。
だが、エドの後ろにいたエイミーの反応は、絶望そのものだった。
(ヒッ……っ……!!)
目の前に立つラストとエンヴィー。
先日、セントラルの地下で受けた惨絶な暴力、髪を掴まれ冷たい石床に叩きつけられた痛みが、フラッシュバックとなってエイミーの全身を襲った。
生きた心地がせず、歯の根が合わないほどガタガタと全身を激しく震わせる。息を吸うことすらできず、その場に崩れ落ちそうになる膝を必死で耐えるのが限界だった。
(怖い……怖い……っ! エンヴィー……殺される……っ!!)
「エイミー!?」
背後で異様なまでに怯え、小さく震えているエイミーの変化に、エドは素早く気づいた。
「下がってろエイミー! 俺の後ろに隠れてろっ!!」
エドは一切の迷いなく、エイミーを自分の背中へ押し込み、完全に庇い立つ体勢をとった。
自分だって限界に近いはずなのに、その広背はあまりにも逞しく、エイミーを外敵から守る盾となっていた。
「こいつに手ぇ出してみろ……タダじゃおかねぇぞっ!!」
鋭い金色の瞳でラストたちを睨みつけ、威嚇するエド。
その光景を横目で見ていたエンヴィーの瞳が、ふっと冷たく、獰猛に細められた。
(……へえ……『人柱の監視役』のくせに、本気で護られてやがる……)
エンヴィーの胸の奥で、ドス黒い不快感が渦を巻く。
エイミーは自分たちと同じ「お父様」から作られた化け物であり、人間を騙すための道具に過ぎない。まだエドワード・エルリックを監視させる価値があるため、今ここで彼女の正体をバラして「監視役」の任務を終わらせる気はない。
だが——自分には恐怖でガタガタ震えることしかできない「出来損ないの落ちこぼれ」の分際で、人間にあんなまっすぐな瞳で庇われ、大切に扱われている。
(ムカつくんだよ……! 出来損ないの肉塊のくせに、人間の真似事して愛されてんじゃねぇよ……っ!!)
エンヴィーの爪が、苛立ちでギリ……と音を立てて食い込む。
一刻も早く、あのエイミーの「守られている顔」をズタズタに引き裂き、エドに真実をぶちまけて絶望させてやりたいという醜い嫉妬心が、エンヴィーの中で黒く黒く膨れ上がっていった。
エドは咄嗟に右腕のオートメイルを構え、錬成しようとする。
だが——ガチャリ、と鈍い音が響き、右腕が嫌な角度で固まった。
「……な……!? 動か……ねぇ……!?」
リゼンブールでウィンリィが締め忘れた、たった一本のネジ。その小さな不具合が、この最悪の局面でエドの腕を奪った。
「あははっ! なにやってんだよ『天才』国家錬金術師様ぁ!」
動かない右腕に焦るエドの隙を、エンヴィーは見逃さなかった。
黒い影が弾けたかと思うと、嫉妬と嗜虐心に歪んだ顔のエンヴィーが間近に迫っていた。
ガツンッっ!!
「がはっ……っ!!」
人柱であるエドを殺さないギリギリの加減で、だが嫉妬の怒りを全て込めた猛烈な蹴りが、エドの鳩尾(みぞおち)を深く穿った。
絶叫すら上げられず、息を詰まらせてその場に膝をつくエド。そのまま金色の瞳から光が失われ、冷たい石床の上に崩れ落ちて気絶した。
「エドワードさんっ……!!」
悲鳴を上げるエイミーの前に、エンヴィーが胸のすくような顔で立ちはだかる。
だが、エイミーの首元に手が伸びる前に、すっと艶やかな爪がエンヴィーの肩を制した。
「そこまでにしなさい、エンヴィー。これ以上痛めつけたら、大切な『人柱』が壊れてしまうわ」
「チッ……分かってるよ……」
舌打ちをして引くエンヴィーの後ろから、ラストがゆったりとした歩調でエイミーへと歩み寄ってくる。
絶望と恐怖でガタガタと震え、倒れたエドを庇うように抱きかかえるエイミーを見下ろし、ラストは美しい唇に皮肉な笑みを浮かべた。
「……うまくやっているじゃない、エイミー。すっかり『鋼のおちびさん』のお仲間ね」
「ラ……ラスト……っ」
「褒めてあげるわ。あの子に少しも疑われず、ここまで懐に入るなんて……流石は私たちの『監視役』だわ」
ラストはエイミーの頬にそっと手を添えた。
その指先から伝わる冷ややかな温もりは、温かいエドの体温とは対極にある「死」の気配だった。
ラストはエイミーの耳元に顔を寄せ、囁くように釘を刺す。
「——でも、忘れないことね。自分が何のためにそこにいて、誰のおかげで生かされているのか。……自分の『役割』を見誤ったら、どうなるか……分かっているでしょう?」
「っ……はい……っ」
エイミーの身体が、恐怖でぎゅっと収縮する。
『役割』——それは、エドたちを人間として愛することではなく、お父様の計画のために彼らを監視し続ける道具であること。
「ふふ、良い子ね。……さあ、建物が崩れるわ。そのおちびさんを連れて、早くお逃げなさい」
ラストが指を鳴らすと、天井の老朽化した石造りが激しく崩落を始めた。
「……おいエイミー、行くぞ」
不機嫌そうに吐き捨てるエンヴィーと、優雅に暗闇へと消えていくラスト。
エイミーは必死で涙を拭うと、気絶して重くなったエドの身体を華奢な肩で支え上げ、瓦礫の雨が降り注ぐ第五研究所から、必死の思いで外へと走り出すのだった。
