凪に涙の波紋
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エピローグ:あかつきの約束
鬼舞辻無惨の討伐から数ヶ月の時が流れた。
蝶屋敷での壮絶な治療と辛いリハビリを終え、桜の花弁が柔らかな風に舞う春の日に、あさきと義勇はかつて修行に明け暮れた狭霧山を訪れていた。
両腕でふたりを抱きかかえるように暖かく迎えてくれた恩師・鱗滝左近次へ、無事と感謝の報告を済ませたあと。
ふたりは足を伸ばし、かつて錆兎と三人で夜空を見上げ、未来を語り合ったあの大きな切られた岩の前に立っていた。
山を吹き抜ける風が、あさきの髪を優しく揺らす。
右手の薬指には、あの日からずっと彼女の心と命を守り続けてきた錆兎からの銀の指輪が、春の光を受けて静かに佇んでいた。
「あさき」
右腕の袖を風になびかせながら、義勇があさきに向き直った。
その青い瞳からは、かつてのような冷たい孤立や影は消え失せ、雲ひとつない春空のように穏やかで澄み切った光が宿っていた。
義勇は残された左手で、隊服の懐から小さな漆塗りの箱を取り出すと、それをそっと開いた。
箱の中に収められていたのは、あさきの右手に光る指輪とは少し意匠の異なる、美しく磨き上げられたシンプルな銀の指輪だった。
あさきが思わず息をのむ中、義勇はあさきの左手を包み込むようにそっと取り、その薬指へと指輪を優しく通した。
「義勇……これは……?」
「錆兎からお前に贈られた右手の指輪は、俺たちの原点であり、あの夜に交わした『生き抜くための誓い』だ。……だが、これは俺からの誓いだ」
義勇はあさきの左手を両手で愛おしそうに包み込み、まっすぐに彼女の目を見つめた。
「鬼のいないこの世界で、俺の手で……お前を幸せにしたい。お前と一生を共に生きていきたい。……俺の妻になってくれないか、あさき」
言葉が胸に沁み渡り、あさきの目からぽろぽろと大粒の涙が零れ落ちた。
長い歳月、遠ざけられ、傷つき、それでも諦めずに愛し続けた、不器用で愛おしい男性。その彼が今、自分と向き合い、自らの手で未来を約束してくれている。
「……っ、義勇……! 喜んで……っ!」
あさきが頷くと、義勇は感極まったように左腕を回し、あさきの身体を強く胸へと抱き寄せた。あさきもまた、義勇の胸に顔を埋め、泣きじゃくりながら彼の背中に腕をしっかり回した。
あさきの右手の薬指には、過去と誓いを守り続ける錆兎の指輪。
あさきの左手の薬指には、これから始まる未来と深い愛を誓う義勇の指輪。
ふたつの指輪が春の柔らかい日差しを浴びて、眩しく、美しく重なり合うように輝いていた。
ふっと温かな風が吹き抜け、錆色の髪をした少年の幻が、大岩の上で満足そうに優しく笑った気がした。
——静まり返っていた二人の心に広がる波紋は、もう二度と消えることのない愛の証。
悲しみを乗り越え、固く繋がれた手はもう二度と離れることはない。
ふたりは深く寄り添い合いながら、光に満ちた新しい未来へ向かって、静かに歩み出したのだった。
完
