凪に涙の波紋
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二、停滞する歳月と冷ややかな眼差し
それから数年の歳月が流れた。
胡蝶カナエが命を落とし、妹のしのぶ、そして煉獄杏寿郎や伊黒小芭内が新たに柱として加わった。
時代のうねりの中で鬼殺隊はより強固な組織となっていったが、ただ一つ、全く変わらないものがあった。
柱合会議の終わり、あさきが義勇へ静かに頭を下げ、言葉をかけようとする。
だが義勇は、数年前と全く同じように目を逸らし、一言も発することなく一歩を引いて去っていった。あさきは寂しそうに微笑み、静かに頭を下げ続ける。
その光景を初めて間近で目撃した新しい柱たちが、あ然として口を開いた。
「む! 冨岡のあの態度は感心できんな!」
腕を組んだ煉獄杏寿郎が、太い眉をひそめてはっきりと声を上げた。
「共に戦い、互いに背中を預ける仲間に対し、なぜあのように背を向けるのだ! あさき殿の心中を思えば、あまりにも悲しい態度である!」
「……あいつは言葉が足りないどころではないな」
柱の陰から蛇を連れた伊黒小芭内が、不快感を隠そうともせず吐き捨てる。
「周囲を不快にさせ、心から自分を案じる女性を泣かせて平然としている。心底反吐が出る態度だ」
新参の柱たちが怒りを露わにする横で、古株の柱たちは「怒り」を通り越し、呆れ果てた深いため息を吐いていた。
「おいおい……数年前から一歩も進歩してねぇぞ、あの根暗男」
宇髄天元が呆れたように額を押さえ、天井を見上げる。
「派手に重症だな。あさきがどれだけ健気に耐えてると思ってんだ。何年同じことやってんだあいつは」
「チッ……いつまでシケた面して女を遠ざけてやがる。見るたびにイライラすんだよ」
実弥があからさまに舌打ちをし、去っていく義勇の背中に苛立ちを隠さない。
そして、その光景を静かに見つめていた胡蝶しのぶは、怒りを押し殺した笑顔のまま、冷ややかな声でつぶやいた。
「……本当に、救いようがありませんね。あさきさんがどれほど心を痛めているかも分からずに……」
しのぶは羽織をなびかせ、逃げるように去っていく義勇の後を静かに追いかけていく。
「……少し、冨岡さんとお話ししてくることにします」
あさきを傷つけ続ける義勇の態度に、胡蝶しのぶは笑顔の裏で静かに怒りを燃やし、柱邸の裏手へと去っていく義勇を追いかけた。
——竹林の小道。逃げるように歩く義勇の前に、しのぶがサラリと回って道を塞ぐ。
「冨岡さん。少しお時間、よろしいでしょうか?」
笑顔でありながら、少し説教でもしてやろうかと身構えるしのぶ。
だが、目の前に立つ義勇の様子がどこかおかしい。
義勇は冷酷な面構えを装おうとしているが、その残された左手は白くなるほど強く握り締められ、額にはうっすらと汗が浮かび、目はあさきが立ち去った方向を向いたまま悲痛なほど揺れていた。
「……あさきに、これ以上……関わらせるな」
低く呟いた義勇の声は、怒りでも冷淡さでもなく、まるで「自分という存在があさきを壊してしまう」と思い詰めているような、痛々しいまでの切迫感に満ちていた。
「俺の近くにいれば、あさきはまた傷つく。俺のような不甲斐ない奴に関われば……あさきが死んでしまう。あさきを守るためには、俺が遠ざかるしかないんだ……」
「……」
しのぶは思わず毒気を抜かれ、眉をひそめた。
あさきをこれ以上傷つけたくない、死なせたくない。そのためなら自分がどれだけ嫌われようが、どれだけ悪者にされようが、冷血漢を演じ切ってみせる——。
義勇の全身から滲み出ていたのは、不快な冷たさなどではなく、「あさきへの重すぎる愛情と、絶望的なまでに不器用な自己犠牲」だった。
(……あぁ、なるほど。そういうことですか)
しのぶの脳内で、すとんとすべての辻褄が合った。
あさきは「本当の義勇は優しい」と言い続け、義勇は「俺に関わるな」と悲惨な顔で逃げ回る。
意地悪でも冷酷でもなんでもない。ただただ、冨岡義勇という男の「あさきへのクソデカ感情」があらぬ方向に全力で拗れに拗れ切っているだけだったのだ。
しのぶは深く、本当に深いため息を吐いた。先ほどまでの怒りはどこかへ吹き飛び、代わりに頭痛を覚えるような呆れが押し寄せてくる。
「……冨岡さん」
「……何だ」
「貴方、自分が一番あさきさんを傷つけていることに、本気で気づいていないんですか?」
「……!?」
義勇がハッとしたように目を丸くする。しのぶは額を押さえながら、どこか哀れむような、呆れ果てた笑顔を向けた。
「『守るために遠ざける』ですか。結構ですがね、あさきさんは貴方に嫌われたと思って毎日泣いているんですよ。貴方のその不器用すぎる思い込みのせいで」
「な……あさきが、泣いて……?俺は……嫌われてもいいと思って……」
「嫌われてもいいから遠ざける、ですか? 本当に……つくづく救いようのない、不器用な人ですね」
自分の「守るための拒絶」が、実はあさきを一番深く傷つけていたのだと知らされ、義勇は雷に打たれたように固まった。
「姉(カナエ)も生前、言っていましたよ。『冨岡さんは本当に不器用な方ね』と。……言っておきますが、周囲のみなさんも貴方のその態度には呆れ果てていますからね。……だから皆から嫌われるんですよ、冨岡さん」
吐き捨てるようにそう言い残し、しのぶは呆れ混じりの溜息を吐きながら立ち去っていった。
一人残された竹林の中で、義勇は呆然と立ち尽くしていた。
あさきを守るために築いていたつもりの氷の壁が、自分のクソデカ感情の暴走でしかなかったのだと突きつけられ、義勇は頭を抱えてその場にしゃがみ込みたくなるほどの激しい後悔と混乱に呑み込まれていくのだった。
(完)
二、停滞する歳月と冷ややかな眼差し
それから数年の歳月が流れた。
胡蝶カナエが命を落とし、妹のしのぶ、そして煉獄杏寿郎や伊黒小芭内が新たに柱として加わった。
時代のうねりの中で鬼殺隊はより強固な組織となっていったが、ただ一つ、全く変わらないものがあった。
柱合会議の終わり、あさきが義勇へ静かに頭を下げ、言葉をかけようとする。
だが義勇は、数年前と全く同じように目を逸らし、一言も発することなく一歩を引いて去っていった。あさきは寂しそうに微笑み、静かに頭を下げ続ける。
その光景を初めて間近で目撃した新しい柱たちが、あ然として口を開いた。
「む! 冨岡のあの態度は感心できんな!」
腕を組んだ煉獄杏寿郎が、太い眉をひそめてはっきりと声を上げた。
「共に戦い、互いに背中を預ける仲間に対し、なぜあのように背を向けるのだ! あさき殿の心中を思えば、あまりにも悲しい態度である!」
「……あいつは言葉が足りないどころではないな」
柱の陰から蛇を連れた伊黒小芭内が、不快感を隠そうともせず吐き捨てる。
「周囲を不快にさせ、心から自分を案じる女性を泣かせて平然としている。心底反吐が出る態度だ」
新参の柱たちが怒りを露わにする横で、古株の柱たちは「怒り」を通り越し、呆れ果てた深いため息を吐いていた。
「おいおい……数年前から一歩も進歩してねぇぞ、あの根暗男」
宇髄天元が呆れたように額を押さえ、天井を見上げる。
「派手に重症だな。あさきがどれだけ健気に耐えてると思ってんだ。何年同じことやってんだあいつは」
「チッ……いつまでシケた面して女を遠ざけてやがる。見るたびにイライラすんだよ」
実弥があからさまに舌打ちをし、去っていく義勇の背中に苛立ちを隠さない。
そして、その光景を静かに見つめていた胡蝶しのぶは、怒りを押し殺した笑顔のまま、冷ややかな声でつぶやいた。
「……本当に、救いようがありませんね。あさきさんがどれほど心を痛めているかも分からずに……」
しのぶは羽織をなびかせ、逃げるように去っていく義勇の後を静かに追いかけていく。
「……少し、冨岡さんとお話ししてくることにします」
あさきを傷つけ続ける義勇の態度に、胡蝶しのぶは笑顔の裏で静かに怒りを燃やし、柱邸の裏手へと去っていく義勇を追いかけた。
——竹林の小道。逃げるように歩く義勇の前に、しのぶがサラリと回って道を塞ぐ。
「冨岡さん。少しお時間、よろしいでしょうか?」
笑顔でありながら、少し説教でもしてやろうかと身構えるしのぶ。
だが、目の前に立つ義勇の様子がどこかおかしい。
義勇は冷酷な面構えを装おうとしているが、その残された左手は白くなるほど強く握り締められ、額にはうっすらと汗が浮かび、目はあさきが立ち去った方向を向いたまま悲痛なほど揺れていた。
「……あさきに、これ以上……関わらせるな」
低く呟いた義勇の声は、怒りでも冷淡さでもなく、まるで「自分という存在があさきを壊してしまう」と思い詰めているような、痛々しいまでの切迫感に満ちていた。
「俺の近くにいれば、あさきはまた傷つく。俺のような不甲斐ない奴に関われば……あさきが死んでしまう。あさきを守るためには、俺が遠ざかるしかないんだ……」
「……」
しのぶは思わず毒気を抜かれ、眉をひそめた。
あさきをこれ以上傷つけたくない、死なせたくない。そのためなら自分がどれだけ嫌われようが、どれだけ悪者にされようが、冷血漢を演じ切ってみせる——。
義勇の全身から滲み出ていたのは、不快な冷たさなどではなく、「あさきへの重すぎる愛情と、絶望的なまでに不器用な自己犠牲」だった。
(……あぁ、なるほど。そういうことですか)
しのぶの脳内で、すとんとすべての辻褄が合った。
あさきは「本当の義勇は優しい」と言い続け、義勇は「俺に関わるな」と悲惨な顔で逃げ回る。
意地悪でも冷酷でもなんでもない。ただただ、冨岡義勇という男の「あさきへのクソデカ感情」があらぬ方向に全力で拗れに拗れ切っているだけだったのだ。
しのぶは深く、本当に深いため息を吐いた。先ほどまでの怒りはどこかへ吹き飛び、代わりに頭痛を覚えるような呆れが押し寄せてくる。
「……冨岡さん」
「……何だ」
「貴方、自分が一番あさきさんを傷つけていることに、本気で気づいていないんですか?」
「……!?」
義勇がハッとしたように目を丸くする。しのぶは額を押さえながら、どこか哀れむような、呆れ果てた笑顔を向けた。
「『守るために遠ざける』ですか。結構ですがね、あさきさんは貴方に嫌われたと思って毎日泣いているんですよ。貴方のその不器用すぎる思い込みのせいで」
「な……あさきが、泣いて……?俺は……嫌われてもいいと思って……」
「嫌われてもいいから遠ざける、ですか? 本当に……つくづく救いようのない、不器用な人ですね」
自分の「守るための拒絶」が、実はあさきを一番深く傷つけていたのだと知らされ、義勇は雷に打たれたように固まった。
「姉(カナエ)も生前、言っていましたよ。『冨岡さんは本当に不器用な方ね』と。……言っておきますが、周囲のみなさんも貴方のその態度には呆れ果てていますからね。……だから皆から嫌われるんですよ、冨岡さん」
吐き捨てるようにそう言い残し、しのぶは呆れ混じりの溜息を吐きながら立ち去っていった。
一人残された竹林の中で、義勇は呆然と立ち尽くしていた。
あさきを守るために築いていたつもりの氷の壁が、自分のクソデカ感情の暴走でしかなかったのだと突きつけられ、義勇は頭を抱えてその場にしゃがみ込みたくなるほどの激しい後悔と混乱に呑み込まれていくのだった。
(完)
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