捧げた心臓の在処
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第8.5話:泥のなかの執着(生へと繋ぎ止める体温)
ウォール・マリア奪還作戦からの帰還後。
世界の真実が明かされ、壁内が激動の渦に飲み込まれていく中で、あさきの時間はあの日、あの屋根の上で完全に止まっていた。
兵舎の自室。
陽の光すら入らない暗がりの中、あさきは床に座り込み、光の失われた瞳でぼんやりと己の手を見つめていた。
前夜、兵舎の執務室で重なり合ったエルヴィンの温もり。
「生きた証を刻んでほしい」と乞い、本当の恋人のように互いを抱き締め合ったあの濃密な時間。
そして翌日、屋根の上で血まみれになりながら泣き叫び、エルヴィンに拒絶するように手を振り払われた残酷な感触。
(……どうして私を残していったの、エルヴィン……)
あさきの心は、完全にエルヴィンの死と共にあのシガンシナ区に置き去りにされていた。
生きている感覚がない。息をするだけで胸が引き裂かれそうになる。
あさきは震える手で、デスクの引き出しから刃物を手に取った。
冷たい刃を自らの手首にあてる。
(今、行くわ……。あなたを一人で寂しい場所へ行かせたりしない……)
刃に力を込め、皮膚が切れかけたその時。
ガタンッ!!
強引にドアが開かれ、入ってきた人物が躊躇なくあさきの手首を掴んだ。
刃物が床に転がり、金属音がむなしく響く。
「……何をしている、あさき」
傷だらけの身体に包帯を巻いたリヴァイだった。
冷たく、けれど激しい怒りと痛みを孕んだ瞳があさきを見下ろしている。
「……放してください、兵長」
あさきの声には、感情の一切がなかった。ただの空洞のような声。
「私にはもう、生きていく理由がありません。私の魂も、命も……すべてあの日、エルヴィンと一緒に死んだんです。……お願いですから、彼のもとへ行かせてください」
「ふざけるな」
リヴァイはあさきの手首を力任せに掴んだまま、彼女の身体を壁へと押しつけた。
「あいつの影と心中して、楽になろうとしてんのか。……てめえがここで死んだら、あいつがお前を逃がすために振り払った腕の意味はどうなる」
「嫌……! 嫌よ! 私はエルヴィンに生きてて欲しかった……! あの人がいないのに私が生きてく意味なんて……っ!!」
あさきの瞳から、枯れ果てていたはずの涙が激しく溢れ出す。
ボロボロと泣き叫び、リヴァイの胸を素手で殴りつけるあさき。
「どうして助けてくれなかったの!? 私が……私がどれだけお願いしたか知ってるでしょう!? 注射を打ってくれれば……エルヴィンは生きいていたのに……っ!!」
「そうだ。俺があいつを殺した。……だからお前は俺を恨め。あいつの後を追うな。俺を恨んで、死ぬまで俺の目の前で生き続けろ!!」
リヴァイは叫ぶと、あさきの後頭部を抱え込み、強引に自らの唇を重ねた。
「っ……!? んんっ……!?」
激しい、悲鳴すら突きのけるようなキス。
甘さなど一切ない。そこにあるのは、死に囚われたあさきを、無理やり「生」の現実へ引きずり戻すための暴力的なまでの体温だった。
あさきは抵抗し、リヴァイの唇を噛み切ろうとしたが、リヴァイは血を流しながらもあさきを離さなかった。
そのままあさきを抱き抱え、ベッドの上へと押し倒す。
「やめて……! リヴァイ兵長、やめて……っ! 私はエルヴィンの……っ!」
「黙れ!!」
リヴァイはあさきの両手首を片手で拘束し、冷たい服を剥ぎ取っていく。
その瞳には、あさきを失いたくないという狂暴なまでの執着と、エルヴィンを救えなかった己への深い絶望が宿っていた。
「……っ、お願い、私のなかにあの人を残しておいて! あの人の記憶まで奪わないで……!」
「嫌だね。あいつはもう死んだんだよ、あさき。この世のどこにもいねえ!
お前がどれだけあいつを想って泣こうが、あいつの冷てえ骨はお前を抱きしめてはくれない。今、お前を抱いて、お前の生ぬるい涙を拭えるのは……生きてる俺だけだ
……あいつの温もりなんか、俺が全部塗りつぶしてやる。……お前の身体に『生きている』って痛みを刻み込んでやるよ」
重ね合わされる肌と肌。
リヴァイの激しい抱擁と、全身を駆け巡る痛いほどの体温。
あさきは拒絶するように首を振ったが、リヴァイが自分に押しつけてくる圧倒的な「命の熱」から逃れることはできなかった。
リヴァイの腕の中で、あさきはエルヴィンの名を呼びながら泣き続けた。
「エルヴィン……っ! エルヴィン……っ!!」
「呼べ……好きなだけあいつの名前を呼べ。……だが、今お前を抱いているのは俺だ。お前を生かしているのは……俺の体温だ、あさき」
一線を超えたその夜。
それは愛の契りではなく、「死にたがるあさきを、リヴァイが自らの身を削って生き地獄へ繋ぎ止めるための契約」だった。
翌朝。
薄桃色の朝焼けが差し込む室内。
ベッドの上で、あさきはリヴァイの腕の中で目を覚ました。
肌に残る激しい熱の跡と、拭い去れない罪悪感。
けれど、昨日まで自分を支配していた「死にたい」という透明な虚無は消え、代わりにリヴァイから与えられた生々しい「生きている重み」が全身を支配していた。
傍らに横たわるリヴァイが、静かに目を開ける。
「……正気に戻ったか、あさき。」
「……、」
「あいつはお前に『愛してる』なんていう、とんでもねえ呪いを遺して逝きやがった。お前が一生、あいつのことだけを考えて泣き続けるのを分かっててな。……本当にタチの悪い男だ。
――だがな、あさき。お前が一生あいつを愛し続けるっていうなら、それでも構わねえ。お前の身体に染みついたエルヴィンの記憶も、その呪いも、全部持ったままでいい。……それを丸ごと、俺が引き受けてやる。あいつの代わりに、俺がお前を絶対に死なせねえ。だから……俺の隣で生きろ」
あさきは唇を噛み締め、涙の痕が残る顔を背けた。
「……ひどい人。……私から、エルヴィンとの綺麗な思い出まで奪ったくせに……?」
「ああ。綺麗事なんかで死なれてたまるかよ」
リヴァイは体を起こすと、ベッドの脇に落ちていたあさきの服を拾い上げ、彼女の膝の上に乱暴に投げ置いた。
「……服を着ろ。これから地下室から持ち帰った資料の分析が始まる。……お前の知識が必要だ」
「……」
あさきは服を抱き締め、ゆっくりと頷いた。
リヴァイは#あさきを、今度は驚くほど優しく後ろから包み込み、耳元で呟く。
「……俺を恨めばいい。最低の男だと罵れ。
だがな、あさき。これでてめえの身体は、半分俺のものだ。あいつだけのところへ逝くことは、もうできねえ。……俺と一緒に、地獄を生きるんだよ」
あさきの瞳からは微かに光が戻っていた。ただしそれは、かつてのような純粋な忠誠の光ではなく、「エルヴィンの死を背負い、リヴァイから与えられた生に呪われながら生き抜く」という、暗く冷たい覚悟の光だった。
第8.5話:泥のなかの執着(生へと繋ぎ止める体温)
ウォール・マリア奪還作戦からの帰還後。
世界の真実が明かされ、壁内が激動の渦に飲み込まれていく中で、あさきの時間はあの日、あの屋根の上で完全に止まっていた。
兵舎の自室。
陽の光すら入らない暗がりの中、あさきは床に座り込み、光の失われた瞳でぼんやりと己の手を見つめていた。
前夜、兵舎の執務室で重なり合ったエルヴィンの温もり。
「生きた証を刻んでほしい」と乞い、本当の恋人のように互いを抱き締め合ったあの濃密な時間。
そして翌日、屋根の上で血まみれになりながら泣き叫び、エルヴィンに拒絶するように手を振り払われた残酷な感触。
(……どうして私を残していったの、エルヴィン……)
あさきの心は、完全にエルヴィンの死と共にあのシガンシナ区に置き去りにされていた。
生きている感覚がない。息をするだけで胸が引き裂かれそうになる。
あさきは震える手で、デスクの引き出しから刃物を手に取った。
冷たい刃を自らの手首にあてる。
(今、行くわ……。あなたを一人で寂しい場所へ行かせたりしない……)
刃に力を込め、皮膚が切れかけたその時。
ガタンッ!!
強引にドアが開かれ、入ってきた人物が躊躇なくあさきの手首を掴んだ。
刃物が床に転がり、金属音がむなしく響く。
「……何をしている、あさき」
傷だらけの身体に包帯を巻いたリヴァイだった。
冷たく、けれど激しい怒りと痛みを孕んだ瞳があさきを見下ろしている。
「……放してください、兵長」
あさきの声には、感情の一切がなかった。ただの空洞のような声。
「私にはもう、生きていく理由がありません。私の魂も、命も……すべてあの日、エルヴィンと一緒に死んだんです。……お願いですから、彼のもとへ行かせてください」
「ふざけるな」
リヴァイはあさきの手首を力任せに掴んだまま、彼女の身体を壁へと押しつけた。
「あいつの影と心中して、楽になろうとしてんのか。……てめえがここで死んだら、あいつがお前を逃がすために振り払った腕の意味はどうなる」
「嫌……! 嫌よ! 私はエルヴィンに生きてて欲しかった……! あの人がいないのに私が生きてく意味なんて……っ!!」
あさきの瞳から、枯れ果てていたはずの涙が激しく溢れ出す。
ボロボロと泣き叫び、リヴァイの胸を素手で殴りつけるあさき。
「どうして助けてくれなかったの!? 私が……私がどれだけお願いしたか知ってるでしょう!? 注射を打ってくれれば……エルヴィンは生きいていたのに……っ!!」
「そうだ。俺があいつを殺した。……だからお前は俺を恨め。あいつの後を追うな。俺を恨んで、死ぬまで俺の目の前で生き続けろ!!」
リヴァイは叫ぶと、あさきの後頭部を抱え込み、強引に自らの唇を重ねた。
「っ……!? んんっ……!?」
激しい、悲鳴すら突きのけるようなキス。
甘さなど一切ない。そこにあるのは、死に囚われたあさきを、無理やり「生」の現実へ引きずり戻すための暴力的なまでの体温だった。
あさきは抵抗し、リヴァイの唇を噛み切ろうとしたが、リヴァイは血を流しながらもあさきを離さなかった。
そのままあさきを抱き抱え、ベッドの上へと押し倒す。
「やめて……! リヴァイ兵長、やめて……っ! 私はエルヴィンの……っ!」
「黙れ!!」
リヴァイはあさきの両手首を片手で拘束し、冷たい服を剥ぎ取っていく。
その瞳には、あさきを失いたくないという狂暴なまでの執着と、エルヴィンを救えなかった己への深い絶望が宿っていた。
「……っ、お願い、私のなかにあの人を残しておいて! あの人の記憶まで奪わないで……!」
「嫌だね。あいつはもう死んだんだよ、あさき。この世のどこにもいねえ!
お前がどれだけあいつを想って泣こうが、あいつの冷てえ骨はお前を抱きしめてはくれない。今、お前を抱いて、お前の生ぬるい涙を拭えるのは……生きてる俺だけだ
……あいつの温もりなんか、俺が全部塗りつぶしてやる。……お前の身体に『生きている』って痛みを刻み込んでやるよ」
重ね合わされる肌と肌。
リヴァイの激しい抱擁と、全身を駆け巡る痛いほどの体温。
あさきは拒絶するように首を振ったが、リヴァイが自分に押しつけてくる圧倒的な「命の熱」から逃れることはできなかった。
リヴァイの腕の中で、あさきはエルヴィンの名を呼びながら泣き続けた。
「エルヴィン……っ! エルヴィン……っ!!」
「呼べ……好きなだけあいつの名前を呼べ。……だが、今お前を抱いているのは俺だ。お前を生かしているのは……俺の体温だ、あさき」
一線を超えたその夜。
それは愛の契りではなく、「死にたがるあさきを、リヴァイが自らの身を削って生き地獄へ繋ぎ止めるための契約」だった。
翌朝。
薄桃色の朝焼けが差し込む室内。
ベッドの上で、あさきはリヴァイの腕の中で目を覚ました。
肌に残る激しい熱の跡と、拭い去れない罪悪感。
けれど、昨日まで自分を支配していた「死にたい」という透明な虚無は消え、代わりにリヴァイから与えられた生々しい「生きている重み」が全身を支配していた。
傍らに横たわるリヴァイが、静かに目を開ける。
「……正気に戻ったか、あさき。」
「……、」
「あいつはお前に『愛してる』なんていう、とんでもねえ呪いを遺して逝きやがった。お前が一生、あいつのことだけを考えて泣き続けるのを分かっててな。……本当にタチの悪い男だ。
――だがな、あさき。お前が一生あいつを愛し続けるっていうなら、それでも構わねえ。お前の身体に染みついたエルヴィンの記憶も、その呪いも、全部持ったままでいい。……それを丸ごと、俺が引き受けてやる。あいつの代わりに、俺がお前を絶対に死なせねえ。だから……俺の隣で生きろ」
あさきは唇を噛み締め、涙の痕が残る顔を背けた。
「……ひどい人。……私から、エルヴィンとの綺麗な思い出まで奪ったくせに……?」
「ああ。綺麗事なんかで死なれてたまるかよ」
リヴァイは体を起こすと、ベッドの脇に落ちていたあさきの服を拾い上げ、彼女の膝の上に乱暴に投げ置いた。
「……服を着ろ。これから地下室から持ち帰った資料の分析が始まる。……お前の知識が必要だ」
「……」
あさきは服を抱き締め、ゆっくりと頷いた。
リヴァイは#あさきを、今度は驚くほど優しく後ろから包み込み、耳元で呟く。
「……俺を恨めばいい。最低の男だと罵れ。
だがな、あさき。これでてめえの身体は、半分俺のものだ。あいつだけのところへ逝くことは、もうできねえ。……俺と一緒に、地獄を生きるんだよ」
あさきの瞳からは微かに光が戻っていた。ただしそれは、かつてのような純粋な忠誠の光ではなく、「エルヴィンの死を背負い、リヴァイから与えられた生に呪われながら生き抜く」という、暗く冷たい覚悟の光だった。
