捧げた心臓の在処
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第7話・挿入章:決戦前夜、一度きりの契り
王都の不正を暴き、ヒストリアを新たな女王として戴冠させた調査兵団。あさきの手腕とエルヴィンの策謀によって奪還された「未来」を胸に、彼らは人類の命運を賭けたシガンシナ区へ足を踏み入れます。
ウォール・マリア奪還作戦を翌朝に控えた、最後の夜。
兵舎を包む静寂は、まるでこれから訪れる地獄を予撃するかのように重く、冷たかった。
明日、人類の命運を賭けた最大の作戦が始まる。
そして――自分も、エルヴィンも、生きてこの壁の内側へ戻れる保証はどこにもない。
あさきは静かに、エルヴィンの執務室のドアをノックした。
「……入れ」
低く落ち着いた声。扉を開けると、そこには書類の整理を終え、ランプのほの暗い光の中で一人佇むエルヴィンの姿があった。
右袖が虚しく畳まれた制服を脱ぎ、白いシャツ姿の彼は、どこか儚く、そして息を呑むほど綺麗だった。
「……あさき。作戦の最終確認はすべて終わったはずだが」
「……ええ。書類の手配も、兵士たちの配置も……すべて完了いたしました」
あさきはドアを閉め、ゆっくりとエルヴィンへと歩み寄った。
いつもなら完璧にこなす「補佐官」としての報告。だが、今のあさきの声はかすかに震えており、その瞳には溢れんばかりの切なさと情念が宿っていた。
「……団長ではなく、エルヴィンとお呼びしてもいいですか……? 今夜だけは……」
あさきの言葉に、エルヴィンは息を呑んだ。
彼女の眼差しを見た瞬間、エルヴィンはすべてを理解した。明日という日を前に、二人が同じ覚悟と、同じ狂おしいほどの情愛を抱いていることを。
「……ああ。あさき……」
エルヴィンは迷いなく残された左手を伸ばすと、あさきの腰を引き寄せ、力強くその身体を抱きしめた。
分厚い制服越しでも伝わってくる、お互いの激しい心臓の鼓動と体温。
「……怖いのか、あさき」
「……いいえ。死ぬことは怖くありません。……ただ、あなたを残して死ぬこと……そして、あなたが私のいない場所で命を捨てることだけが……恐ろしいのです」
あさきはエルヴィンの胸に顔をうずめ、しがみつくように彼のシャツを強く握りしめた。
「私に……あなたの『生きた証』を刻んでください。明日、たとえ世界が滅びようと……私があなたのものであったという証を……っ」
「……あさき……っ」
エルヴィンの目から、冷徹な指揮官としての理性が完全に崩れ落ちた。
(ああ、私は本当に卑怯な男だ。彼女を突き放すのが私なりの誠実さだったはずなのに……。死を前にして、私は彼女の温もりに飢えている。彼女を抱くことは、彼女の未来に私の消えない呪いを刻みつけることだと分かっていながら、私は、この心地よい地獄を拒むことができない――)
左手であさきの後頭部を抱え込み、奪うような熱いキスを重ねる。
何度も、互いの息が詰まるほど深く、深く。あさきもまた、彼の首に腕を回し、溢れ出る愛をすべて差し出すようにその唇を受け入れた。
「私は卑怯だ。君の気持ちを知っていながら、最期になって、君の温もりに縋ろうとしている……。君の未来を、私の呪いで縛ろうとしている……!」
「いいのです、それでいいのです……。あなたに呪われるなら、私は本望です。」
エルヴィンはあさきを抱き抱えると、執務室の奥にある小さなベッドへと静かに横たえた。
ランプの灯火がゆらゆらと揺れ、二人の重なる影を壁に映し出す。
右腕を失ったエルヴィンは、左手一本で丁寧にあさきの服のボタンを解いていった。
その不器用で、けれどどこまでも愛おしさに満ちた手つきに、あさきの目からひとすじの涙が伝い落ちる。
「……綺麗だ、あさき」
「……エルヴィン……私を……あなたで満たしてください……」
あさきを突き放しきれず、一人の男としての「弱さ」と「愛」に負けて彼女を抱き寄せるエルヴィン。それは、彼が人生で初めて、人類のためでも父親のためでもなく、「自分自身の生身の欲望と愛」のために犯す、最初で最後の甘美な罪。
あさきは自分の手をエルヴィンの残された左手に重ね、指を強く絡め合わせた。
互いの肌が触れ合った瞬間、電撃のような熱量が二人を包み込む。
痛いほどの抱擁、重ね合わされる体温、途切れることのない深いキス。
「……あさき、愛している。……私の命も、魂も、過去も未来も……すべて君のものだ」
「……私もです、エルヴィン。……私の身体も心も、来世までも……あなたのものです……っ」
死の予感が渦巻く絶望の夜に、ふたりだけの熱い愛が昇華していく。
(これが最初で最後でいい。明日、この人が悪魔に戻って、私のことを忘れても構わない。ただ、今夜だけは、この人の張り詰めた心を、私が全部溶かしてあげたい。この温もりがあれば、私はこの先どんな地獄でも生きていける――)
「人類の指揮官」でも「鉄の補佐官」でもなく、ただ愛し合い、互いを求め合う一人の男と女として。
一線を超えたその夜、二人は永遠の愛の契りを交わしたのだった。
やがて、遠くで一番鶏の鳴き声が響き、薄桃色の朝焼けが静かに部屋へ差し込み始める。
あさきはエルヴィンの胸の中で目を覚ました。
彼の腕の中で感じる、力強い体温と愛おしさ。
エルヴィンは愛おしそうにあさきの額に口づけを落とすと、静かに、けれど固い決意を込めて囁いた。
「……行こう、あさき。……人類の未来を、引き寄せに」
「……はい、エルヴィン」
ベッドから起き上がり、二人は再び、いつもの凛とした「調査兵団制服」へと身を包む。
ボタンを留め、深緑のマントを羽織った瞬間、二人の顔には再び「団長」と「補佐官」としての冷徹で美しい覚悟が戻っていた。
だが、交わした視線の奥には、昨夜誓い合った「誰にも引き裂けない絶対的な絆」が、揺るぎなく宿っていた。お互いに「最高の思い出」と「最大の呪い(未練)」を胸に抱いた状態で、あのシガンシナ区の地獄へと向かうことになるのであった。
第7話・挿入章:決戦前夜、一度きりの契り
王都の不正を暴き、ヒストリアを新たな女王として戴冠させた調査兵団。あさきの手腕とエルヴィンの策謀によって奪還された「未来」を胸に、彼らは人類の命運を賭けたシガンシナ区へ足を踏み入れます。
ウォール・マリア奪還作戦を翌朝に控えた、最後の夜。
兵舎を包む静寂は、まるでこれから訪れる地獄を予撃するかのように重く、冷たかった。
明日、人類の命運を賭けた最大の作戦が始まる。
そして――自分も、エルヴィンも、生きてこの壁の内側へ戻れる保証はどこにもない。
あさきは静かに、エルヴィンの執務室のドアをノックした。
「……入れ」
低く落ち着いた声。扉を開けると、そこには書類の整理を終え、ランプのほの暗い光の中で一人佇むエルヴィンの姿があった。
右袖が虚しく畳まれた制服を脱ぎ、白いシャツ姿の彼は、どこか儚く、そして息を呑むほど綺麗だった。
「……あさき。作戦の最終確認はすべて終わったはずだが」
「……ええ。書類の手配も、兵士たちの配置も……すべて完了いたしました」
あさきはドアを閉め、ゆっくりとエルヴィンへと歩み寄った。
いつもなら完璧にこなす「補佐官」としての報告。だが、今のあさきの声はかすかに震えており、その瞳には溢れんばかりの切なさと情念が宿っていた。
「……団長ではなく、エルヴィンとお呼びしてもいいですか……? 今夜だけは……」
あさきの言葉に、エルヴィンは息を呑んだ。
彼女の眼差しを見た瞬間、エルヴィンはすべてを理解した。明日という日を前に、二人が同じ覚悟と、同じ狂おしいほどの情愛を抱いていることを。
「……ああ。あさき……」
エルヴィンは迷いなく残された左手を伸ばすと、あさきの腰を引き寄せ、力強くその身体を抱きしめた。
分厚い制服越しでも伝わってくる、お互いの激しい心臓の鼓動と体温。
「……怖いのか、あさき」
「……いいえ。死ぬことは怖くありません。……ただ、あなたを残して死ぬこと……そして、あなたが私のいない場所で命を捨てることだけが……恐ろしいのです」
あさきはエルヴィンの胸に顔をうずめ、しがみつくように彼のシャツを強く握りしめた。
「私に……あなたの『生きた証』を刻んでください。明日、たとえ世界が滅びようと……私があなたのものであったという証を……っ」
「……あさき……っ」
エルヴィンの目から、冷徹な指揮官としての理性が完全に崩れ落ちた。
(ああ、私は本当に卑怯な男だ。彼女を突き放すのが私なりの誠実さだったはずなのに……。死を前にして、私は彼女の温もりに飢えている。彼女を抱くことは、彼女の未来に私の消えない呪いを刻みつけることだと分かっていながら、私は、この心地よい地獄を拒むことができない――)
左手であさきの後頭部を抱え込み、奪うような熱いキスを重ねる。
何度も、互いの息が詰まるほど深く、深く。あさきもまた、彼の首に腕を回し、溢れ出る愛をすべて差し出すようにその唇を受け入れた。
「私は卑怯だ。君の気持ちを知っていながら、最期になって、君の温もりに縋ろうとしている……。君の未来を、私の呪いで縛ろうとしている……!」
「いいのです、それでいいのです……。あなたに呪われるなら、私は本望です。」
エルヴィンはあさきを抱き抱えると、執務室の奥にある小さなベッドへと静かに横たえた。
ランプの灯火がゆらゆらと揺れ、二人の重なる影を壁に映し出す。
右腕を失ったエルヴィンは、左手一本で丁寧にあさきの服のボタンを解いていった。
その不器用で、けれどどこまでも愛おしさに満ちた手つきに、あさきの目からひとすじの涙が伝い落ちる。
「……綺麗だ、あさき」
「……エルヴィン……私を……あなたで満たしてください……」
あさきを突き放しきれず、一人の男としての「弱さ」と「愛」に負けて彼女を抱き寄せるエルヴィン。それは、彼が人生で初めて、人類のためでも父親のためでもなく、「自分自身の生身の欲望と愛」のために犯す、最初で最後の甘美な罪。
あさきは自分の手をエルヴィンの残された左手に重ね、指を強く絡め合わせた。
互いの肌が触れ合った瞬間、電撃のような熱量が二人を包み込む。
痛いほどの抱擁、重ね合わされる体温、途切れることのない深いキス。
「……あさき、愛している。……私の命も、魂も、過去も未来も……すべて君のものだ」
「……私もです、エルヴィン。……私の身体も心も、来世までも……あなたのものです……っ」
死の予感が渦巻く絶望の夜に、ふたりだけの熱い愛が昇華していく。
(これが最初で最後でいい。明日、この人が悪魔に戻って、私のことを忘れても構わない。ただ、今夜だけは、この人の張り詰めた心を、私が全部溶かしてあげたい。この温もりがあれば、私はこの先どんな地獄でも生きていける――)
「人類の指揮官」でも「鉄の補佐官」でもなく、ただ愛し合い、互いを求め合う一人の男と女として。
一線を超えたその夜、二人は永遠の愛の契りを交わしたのだった。
やがて、遠くで一番鶏の鳴き声が響き、薄桃色の朝焼けが静かに部屋へ差し込み始める。
あさきはエルヴィンの胸の中で目を覚ました。
彼の腕の中で感じる、力強い体温と愛おしさ。
エルヴィンは愛おしそうにあさきの額に口づけを落とすと、静かに、けれど固い決意を込めて囁いた。
「……行こう、あさき。……人類の未来を、引き寄せに」
「……はい、エルヴィン」
ベッドから起き上がり、二人は再び、いつもの凛とした「調査兵団制服」へと身を包む。
ボタンを留め、深緑のマントを羽織った瞬間、二人の顔には再び「団長」と「補佐官」としての冷徹で美しい覚悟が戻っていた。
だが、交わした視線の奥には、昨夜誓い合った「誰にも引き裂けない絶対的な絆」が、揺るぎなく宿っていた。お互いに「最高の思い出」と「最大の呪い(未練)」を胸に抱いた状態で、あのシガンシナ区の地獄へと向かうことになるのであった。
