捧げた心臓の在処
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第5話・(情話):深夜の執務室、解かれた理性
壁外からの生還を果たし、数日が過ぎた深夜。
右腕の切断というあまりにも大きな代償を払い、激しい高熱と痛みに耐え抜いたエルヴィンは、奇跡的に意識を取り戻し、病室から執務室へと戻っていた。
「……無理をしないでと言ったはずですが、団長」
あさきは温かいお茶を入れた湯呑みをデスクに置くと、少し呆れたように、けれど愛おしさを隠しきれない瞳でエルヴィンを見つめた。
右袖が虚しく畳まれ、ピンで留められたエルヴィンの制服。
彼が「悪魔」として振る舞えば振る舞うほど、その身体は傷つき、削られていく。
「君が淹れてくれたお茶を飲むくらいは許してくれ、あさき」
エルヴィンは残された左手で静かに湯呑みを持ち上げると、一口口にし、ふっと柔らかく目を細めた。
厳格な団長としての顔が剥がれ落ち、あさきにだけ見せる、穏やかで一人の男としての素顔。
「……腕を失って、不便をかけることになるね。これからは君に、今まで以上に私の『右腕』となってもらうことになる」
「……ええ、いくらでも。あなたの手となり、足となり、頭脳となります。それが私の役割ですから」
あさきはデスクの傍らに寄り添うと、失われた右腕の袖口にそっと手を触れた。
あの日、雨の中で自分に温かい手を差し伸べ、地獄から引き上げてくれた大切な手。それがもう存在しないという現実に、あさきの胸がぎゅっと締め付けられる。
「……あさき」
その悲しげな揺らぎを見逃さず、エルヴィンは左手であさきの細い手首を掴むと、力強く自分の方へと引き寄せた。
「っ……エルヴィン……!?」
バランスを崩したあさきの身体が、エルヴィンの膝の上へと滑り落ちる。
エルヴィンは残された左腕一本で、逃がさないようにあさきの腰を強く、壊れ物を抱くように固く抱きしめた。
「……団長、身体に響きます……っ」
「……頼むから、少しの間だけ静かにしていてくれ」
あさきの首筋に顔をうずめ、エルヴィンは低く掠れた息を吐き出す。
その体に伝わってくるのは、エルヴィンの力強い心臓の鼓動と、狂おしいほどの熱量だった。
「……君が巨人の前で、私のためにあんな恐ろしい速度で飛び込んできたのを見た時……胸が引き裂かれそうだった。右腕を喰われた痛みなど、君を失うかもしれない恐怖に比べれば微々たるものだ」
「……エルヴィン……」
「人類の未来も、壁の真実も……一瞬だけ、すべてを捨てて君のもとへ引き返したくなった。……冷徹な団長でいなければならない私が、君の前ではこうも脆く、嫉妬深く、愚かな一人の男になってしまう……」
悲痛なほど切なく澄んだ青い瞳があさきを見つめる。
あさきは息を呑み、胸の奥から溢れ出る愛おしさに目頭を熱くした。
「……ずるい人。そんな顔を私に見せるなんて……」
あさきはエルヴィンの残された左手に自分の手を重ね、彼の首筋に愛おしそうにそっと顔を寄せた。
「私だって……あなたを失うくらいなら、世界なんてどうなったってよかった……。私を地獄から救ってくれたのはあなたです。私の命も、心も、愛も……最初からすべてあなたのものなんですから」
「あさき……」
エルヴィンの目から理性のタガが音を立てて外れた。
左腕であさきの後頭部を優しく包み込むと、吸い寄せるように深く、甘いキスを重ねた。
何度も、何度も。お互いの息が途切れるまで、命の尊さと愛おしさを確かめ合うように唇を重ね、お互いの体温を貪り合う。
「……んっ……エルヴィン……っ」
離れ際、熱い息を吐き出しながら、エルヴィンはあさきの額にそっと自分の額を重ねた。
「……生きていてくれて、ありがとう、あさき」
「……あなたこそ。生きて私の隣にいてくれて、ありがとうございます……」
月明かりが二人を優しく照らす執務室。
「悪魔の指導者」と「冷徹な補佐官」の仮面を脱ぎ捨て、互いを心から慈しみ、愛し合う濃密な時間。
この固い絆と愛があるからこそ、二人はこれから訪れる「王政とのドロドロとした政治戦」というさらなる地獄へと、迷いなく足を踏み入れることができるのだった。
第5話・(情話):深夜の執務室、解かれた理性
壁外からの生還を果たし、数日が過ぎた深夜。
右腕の切断というあまりにも大きな代償を払い、激しい高熱と痛みに耐え抜いたエルヴィンは、奇跡的に意識を取り戻し、病室から執務室へと戻っていた。
「……無理をしないでと言ったはずですが、団長」
あさきは温かいお茶を入れた湯呑みをデスクに置くと、少し呆れたように、けれど愛おしさを隠しきれない瞳でエルヴィンを見つめた。
右袖が虚しく畳まれ、ピンで留められたエルヴィンの制服。
彼が「悪魔」として振る舞えば振る舞うほど、その身体は傷つき、削られていく。
「君が淹れてくれたお茶を飲むくらいは許してくれ、あさき」
エルヴィンは残された左手で静かに湯呑みを持ち上げると、一口口にし、ふっと柔らかく目を細めた。
厳格な団長としての顔が剥がれ落ち、あさきにだけ見せる、穏やかで一人の男としての素顔。
「……腕を失って、不便をかけることになるね。これからは君に、今まで以上に私の『右腕』となってもらうことになる」
「……ええ、いくらでも。あなたの手となり、足となり、頭脳となります。それが私の役割ですから」
あさきはデスクの傍らに寄り添うと、失われた右腕の袖口にそっと手を触れた。
あの日、雨の中で自分に温かい手を差し伸べ、地獄から引き上げてくれた大切な手。それがもう存在しないという現実に、あさきの胸がぎゅっと締め付けられる。
「……あさき」
その悲しげな揺らぎを見逃さず、エルヴィンは左手であさきの細い手首を掴むと、力強く自分の方へと引き寄せた。
「っ……エルヴィン……!?」
バランスを崩したあさきの身体が、エルヴィンの膝の上へと滑り落ちる。
エルヴィンは残された左腕一本で、逃がさないようにあさきの腰を強く、壊れ物を抱くように固く抱きしめた。
「……団長、身体に響きます……っ」
「……頼むから、少しの間だけ静かにしていてくれ」
あさきの首筋に顔をうずめ、エルヴィンは低く掠れた息を吐き出す。
その体に伝わってくるのは、エルヴィンの力強い心臓の鼓動と、狂おしいほどの熱量だった。
「……君が巨人の前で、私のためにあんな恐ろしい速度で飛び込んできたのを見た時……胸が引き裂かれそうだった。右腕を喰われた痛みなど、君を失うかもしれない恐怖に比べれば微々たるものだ」
「……エルヴィン……」
「人類の未来も、壁の真実も……一瞬だけ、すべてを捨てて君のもとへ引き返したくなった。……冷徹な団長でいなければならない私が、君の前ではこうも脆く、嫉妬深く、愚かな一人の男になってしまう……」
悲痛なほど切なく澄んだ青い瞳があさきを見つめる。
あさきは息を呑み、胸の奥から溢れ出る愛おしさに目頭を熱くした。
「……ずるい人。そんな顔を私に見せるなんて……」
あさきはエルヴィンの残された左手に自分の手を重ね、彼の首筋に愛おしそうにそっと顔を寄せた。
「私だって……あなたを失うくらいなら、世界なんてどうなったってよかった……。私を地獄から救ってくれたのはあなたです。私の命も、心も、愛も……最初からすべてあなたのものなんですから」
「あさき……」
エルヴィンの目から理性のタガが音を立てて外れた。
左腕であさきの後頭部を優しく包み込むと、吸い寄せるように深く、甘いキスを重ねた。
何度も、何度も。お互いの息が途切れるまで、命の尊さと愛おしさを確かめ合うように唇を重ね、お互いの体温を貪り合う。
「……んっ……エルヴィン……っ」
離れ際、熱い息を吐き出しながら、エルヴィンはあさきの額にそっと自分の額を重ねた。
「……生きていてくれて、ありがとう、あさき」
「……あなたこそ。生きて私の隣にいてくれて、ありがとうございます……」
月明かりが二人を優しく照らす執務室。
「悪魔の指導者」と「冷徹な補佐官」の仮面を脱ぎ捨て、互いを心から慈しみ、愛し合う濃密な時間。
この固い絆と愛があるからこそ、二人はこれから訪れる「王政とのドロドロとした政治戦」というさらなる地獄へと、迷いなく足を踏み入れることができるのだった。
