ナイチンゲールの影にキス
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
破壊衝動の停止と「選択」
蛇腔・神野に続く決戦の現場。
死柄木の身体は【崩壊】の過剰な行使とAFOの侵蝕により、今にも全方位へ壊亡の波を放とうとしていた。
ヒーローたちも、相澤消太も、すべてを巻き込んで世界を平らにしようとする死柄木。
だが、死柄木の腕の中で、命を削りながら彼に【治癒】を送り続けていたフローラは、彼の首筋に弱々しく腕を回すと、そっとその耳元で囁いた。
「……ねえ、転弧くん……」
「……っ……フローラ……! 邪魔するな……! 僕は……この汚い世界を全部崩壊させて……っ!」
「世界なんて、もうどうでもいいのよ……」
フローラは涙を零しながら、死柄木の頬を両手で優しく包み込んだ。
そこにあったのは、ヒーローとしての責任感や罪悪感ではない。目の前にいる傷ついた男——志村転弧への、まっすぐで偽りのない「愛」だった。
「あなたが壊したかったのは、世界じゃなくて……誰にも助けてもらえなかった『自分の孤独』でしょう?
……私がいるわ、転弧くん。私はあなたを愛している。だから……もう誰も殺さないで。私と一緒に、逃げましょう」
「……っえ……?」
死柄木の目から、ポロポロと大きな涙が溢れ出た。
世界への憎悪よりも重く、深く、彼の胸を叩いた「愛している」という言葉。
死柄木の手から崩壊の波動が消え去り、彼は幼子のようにフローラの胸へ顔をうずめて声を上げて泣いた。
「……あ……あああぁぁぁっ! フローラ……! 僕を選んで……僕を……愛してくれるのか……っ!?」
「ええ……ずっと、あなたの側にいるわ」
死柄木は黒霧のワープを呼び出すと、ヒーローたちや相澤消太が手を伸ばすよりも早く、フローラを大切に抱き抱えたまま闇の向こう側へと姿を消した。
世界を滅ぼす「ヴィラン」になることを放棄し、彼はただ「一人の女を愛する男(志村転弧)」として逃亡を選んだのだ。
世界の果ての隠遁生活
それから数年——。
ヒーロー社会からは「死柄木弔と、彼に連れ去られ寝返った元雄英副担任Ms.フローレンス」として、史上最悪の逃亡者・裏切り者の名が刻まれ続けていた。
だが、誰も近づかない辺境の地の廃墟(あるいは人里離れた孤島)に建てられた小さな家には、世界から隔絶された「ふたりだけの静かな時間」が流れていた。
「……転弧くん、朝よ。起きて」
朝日が差し込む部屋で、フローラが声をかける。
ベッドの上で丸くなっていた死柄木(転弧)は、ゆっくりと目を開けると、まどろみの中でフローラの腰に腕を回し、彼女の腹部に顔をうずめた。
「……ん……フローラ……」
かつて首筋を爪で掻きむしり、激痛に耐えていた彼の肌は、今や綺麗に治まり、穏やかな体温に包まれている。
彼の個性の過負荷を抑えるため、ふたりの個性の回路は依然として深く繋がったままだが、それはもう痛痛しい「生体バッテリー」としての拘束ではない。
お互いの生命力を分け合い、生きていくための「愛の絆」となっていた。
「……今日も……どこにも行かないよね……?」
四本の指で、フローラの服の裾を大切そうに握りしめながら、死柄木が尋ねる。
「ええ、どこにも行かないわ。あなたの側にいるわよ、転弧くん」
フローラは愛おしそうに目を細め、彼のパサついた髪に何度も指を通し、頭を撫でてやる。
「……あは……温かいや……」
死柄木は満足そうに微笑み、フローラの首筋や手首に、愛を確かめるように何度も優しいキスの雨を降らせた。
世界を捨てた代償と、永遠の愛
二人が手に入れたのは、世界から見れば「決して許されない逃走と怠惰」だった。
相澤消太や雄英の生徒たち、そしてヒーロー社会を捨て去り、命を懸けて守るはずだった正義を裏切ったという事実。
フローラの胸には、時折、遠い空を見上げるたびに鋭い罪悪感の針が刺さる。
(相澤先生……みんな……ごめんなさい……)
プロヒーローとしてのMrs.フローレンスは、あの日死んだのだ。
今の自分は、ただ一人の壊れた男(志村転弧)を愛し、彼の傷を癒やし続けるための「一人の女」でしかない。
「……フローラ? どうしたの……?」
不安そうに顔を覗き込んでくる死柄木の赤い瞳。
フローラは小さく首を振り、愛しい彼の頬を撫でて微笑み返した。
「ううん、なんでもないの。……大好きよ、転弧くん」
「……うん! 僕も……世界で一番、フローラが好きだ……っ!」
死柄木は子供のように無邪気な笑顔を浮かべ、彼女を強く抱きしめ返した。
世界を壊すことも、世界を救うこともやめたふたり。
誰の目も届かない鳥籠の中で、ふたりはお互いだけを呼吸し、お互いのためだけに生きていく。
逃げ場のない狂気の共依存は、確かな「愛」へと形を変え、彼らがこの世を去るその瞬間まで、永遠に失われることはないのだった。
Ifルート A:『二人だけの創世(逃亡・隠遁エンド)』完結
