ナイチンゲールの影にキス
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雨の路地裏
世界で唯一、僕を痛ませなかった手
冷たい雨が打ち付ける、ゴミ溜めの裏路地。
あの頃の俺は、首から血を流し、激痛と身体を蝕む不快感にずっと苛まれていた。
俺の手は「崩壊」しか生まない。触れるもの全てを粉々に壊し、誰もが恐怖と嫌悪の目を向けて逃げ出していく。それが俺の存在理由であり、世界の答えだった。
なのに——。
「……大丈夫ですか!?」
バカな女が現れた。ボロボロで血生臭い俺を見て、通報するでも逃げ出すでもなく、無防備に膝をついた。
「触るな、消えろ」「崩壊させるぞ」と叫ぶ俺の拒絶を、彼女は全く気に留めなかった。
あろうことか、その温かい素手で、俺の血だらけの手をそっと包み込んだんだ。
(——【治癒(ドーピング)】)
その瞬間、体の中を走った温かな光。
首を掻きむしりたくなる酷い不快感も、皮膚が裂ける激痛も、彼女の手が触れている場所から溶けるように消え去っていく。
生まれて初めて味わった「痛みのない世界」。
「……なんで、俺を治す……?」と問いかけた俺に、彼女は困ったように柔らかく笑ってみせた。
「目の前に傷ついている人がいたら、手を差し伸べる。そこに理由なんて必要かしら?」
理解不能だった。けれど、彼女が去った後、俺の手には痛みの消えた皮膚と、彼女が握らせていった傘だけが残されていた。
(あんな綺麗な手……誰にも渡したくない。俺だけのものにしたい)
俺の壊れた世界に現れたたった一つの麻酔。あの温もりが、僕の執着の始まりだった。
USJ
希望の打ち砕かれと、溢れ出す醜い独占欲
数日後、USJの空間を切り裂いて乗り込んだ時、俺は歓喜に震えた。
また会えた。僕の痛みを止めてくれた、あの女に。
けれど、広場の中央で生徒やイレイザーヘッドを守るために立つ彼女の姿を見た瞬間、俺の胸底はドロドロとした怒りと絶望で満たされた。
「なんだ……お前も、ヒーローだったのか……」
俺を助けたのは、僕だからじゃない。ただの「ヒーローとしてのお仕事(偽善)」だったんだ。
一度味わわせておいて、突き落とすのか。俺にだけ向けられるはずだったあの温かい手を、大嫌いなヒーローやガキどものために使っている。
「……あはは、嘘だろ……。俺の手を治しておいて……ヒーローごっこかよ……!」
首を激しく掻きむしる。爪が皮膚に食い込み、血が滲む。
痛い。痒い。あいつの手が俺から離れた途端、世界はまた激痛で満たされる。
相澤消太の指示に従い、俺たちに毅然とした目を向けるフローラ。
「壊して、俺の手で繋ぎ止めて……僕のためだけにあの手を動かさせてやる」
お前がヒーローなら、俺が引きずり下ろしてやる。僕の痛みを止めるためだけのパーツにしてやる。
神野の奪還と喪失
「奪われた」記憶の刻印
神野のアジトで、爆豪勝己と一緒に彼女を引きずり込んだ時、俺は狂喜した。
パイプ椅子に縛られ、警戒と困惑の混ざった瞳で僕を見つめるフローラ。
五本指を立てればいつでも死ぬという恐怖の隣で、俺は彼女の髪に触れ、愛おしそうに頬を撫でた。
「……痛くないんだ、お前が近くにいると」
彼女の瞳にあったのは、俺への恐怖だけじゃない。
「たった一度傷を治しただけなのに、なぜここまで……」という、悲痛なまでの同情と、救えないことへの切ない哀れみだった。
俺を恐れながらも、俺という存在の悲劇に胸を痛めている。その視線すらも、俺にとっては心地よい麻酔だった。
だが——その安息は一瞬で打ち砕かれる。
オールマイトと相澤消太が壁を突き破り、俺の手の中からフローラを奪い去った。
相澤消太が彼女をしっかりと胸に抱きかかえ、俺を刺すような鋭い眼差しで見下ろす。
「……返せ……ッ!! 俺の……俺のフローラを返せよ……ッ!!」
手を伸ばした。けれど、黒霧のワープに引きずり込まれ、指先は虚空を切った。
一度は手に入りかけた俺の「救い」が、一番大嫌いなヒーローの腕の中に消えていく。
あの瞬間、僕の中で何かが決定的に壊れた。
「……イレイザーヘッド……お前だけは……絶対に許さない……!!」
あいつから奪い返す。世界をすべて崩壊させて、あいつの希望を全部打ち砕いた上で、フローラを俺の永遠の鳥籠に閉じ込めてやる。
