ナイチンゲールに捧ぐ勝利を
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終戦から時間が経ち、雄英高校の敷地内には再び穏やかな春が訪れていた。
瓦礫の撤去が進み、生徒たちの笑顔が戻った校庭で、満開の桜が風に揺れている。
あの日、要塞の上で命の底から叫び合ったこと。
命の途切れた彼の胸に触れ、自分のすべてを注ぎ込んだこと。
そして、「置いていくわけねぇだろ」と意識を取り戻した彼の圧倒的な眼差し。
あの瞬間、私の中で「爆豪勝己」という存在は、他の誰にも代えられない特別な人になっていた。
(だけど……)
校舎のテラスから、校庭で後輩たちに爆破の技術を指導している彼の姿を見下ろす。
背も伸び、体格も一段とがっしりとして、名実ともに「トップヒーロー」へと駆け上がっていく背中。
(私は……あなたの先生よ、爆豪くん)
彼がプロになり、どれだけ大人になろうと、自分が彼の副担任であり、導く側の人間であったという事実は変わらない。
彼が背負う未来に「教え子と教師の不適切な関係」なんていう小さな傷一つつけたくない。教員としての誇りと矜持があるからこそ、私はこの温かい想いを胸の奥底に鍵をかけて仕舞い込むと決めていた。
「——何黄昏れてんだ、クソバフ女」
不意に、後ろから聞き慣れた低い声が響いた。
振り向くと、そこには授業を終えた爆豪くんが、パイプ椅子に乱暴に腰掛けながら缶コーヒーをこちらに差し出していた。
「あ……ありがとう、爆豪くん」
受け取った缶の温もりに、心がじんわりと温かくなる。
「……復興の書類、相澤のオッサンに頼まれてんだろ。また無理して溜め込んでんじゃねぇぞ」
「ふふ、大丈夫よ。相澤先生も手伝ってくれているから」
言葉を交わしながら、彼はじっと私の顔を見つめてくる。
その鋭い赤の瞳には、かつ病院で見た時と同じ、どこまでも真っ直ぐで力強い熱が宿っていた。
「……おい」
「ん……?」
爆豪くんは缶コーヒーを握りつぶしそうな力加減で持ちながら、視線を桜の木へと向けた。
「……卒業したら、俺は一番のヒーローになる。事務所も立ち上げて、てっぺん獲る」
「ええ。あなたなら、間違いなく最高のヒーローになるわ」
「そしたら、お前を奪いに行く」
その言葉に、胸の奥がキュッと締め付けられる。
一人の女として、どれほどその言葉が嬉しく、愛おしいか。
けれど、私は優しく、けれど絶対に揺らがない「先生」としての微笑みを浮かべた。
「ふふ……嬉しいわ、爆豪くん。でもね……私は雄英の副担任として、あなたたちみたいな素晴らしいヒーローをこれからも育てていきたいの」
私の言葉に、彼はぴくりと眉を動かした。
「あなたがどれだけ強くなって、世界中の人々を救うヒーローになっても……私はずっと、あなたの『先生』よ。あなたが道を誤りそうになったら叱り、傷ついた時は背中を押す……それが私の誇りなの」
「……チッ。教員としての矜持、ってか」
「ええ。だから……私を『奪う』なんて無理よ」
きっぱりと言い切る私の言葉。
けれど、風に舞う桜の花びらを払うために伸ばした私の手が、ほんの少しだけ震えているのを、鋭い彼が見逃すはずもなかった。
爆豪くんは立ち上がると、私との距離をあえて一歩分だけ残して足を止めた。
触れようとすれば簡単に届く距離。けれど、私が引いた「教員と生徒」の一線を、彼は力任せに踏み越えようとはしなかった。
「……ハッ。相変わらずクソ頑固だな」
爆豪くんはフッと不敵に口端を吊り上げると、私の頭の上にポン、と乱暴に、けれど慈しむように手を置いた。
「いいぜ。お前がその『誇り』を捨てねぇってんなら……俺がその矜持ごと、お前を納得させるくらい圧倒的な男になってやる」
「……っ」
「先生だろうが何だろうが関係ねぇ。俺の気持ちも、お前が俺に向けるその隠しきれてねぇ視線も……全部本物だろ」
頭の上に置かれた手の温もりが、あの日、死の淵から引き揚げてくれた命の温かさと重なる。
教員としての線を頑なに守ろうとする私の誇りを壊すのではなく、「その矜持ごと包み込んで納得させてやる」という爆豪勝己の圧倒的な自負と愛しさ。
「……勝つのは俺だ。覚悟しとけ、クソバフ女」
そう捨てゼリフを残して、彼は制服のポケットに手を入れて歩き去っていく。
その背中は、どんな壁も、どんな立場や一線すらも超えていってしまうほどに眩しかった。
「……本当につれない……私の自慢の生徒ね」
誰もいなくなったテラスで、私は熱くなった頬を手で覆いながら、ポツリと呟いた。
教員としての誇りを守り続ける私と、それを知った上で正面から叩き潰しに来る一人の男。
果たされない一線を挟みながらも、二人の胸に灯った熱火は、これからもずっと消えることなく燃え続けていくのだった。
終戦から時間が経ち、雄英高校の敷地内には再び穏やかな春が訪れていた。
瓦礫の撤去が進み、生徒たちの笑顔が戻った校庭で、満開の桜が風に揺れている。
あの日、要塞の上で命の底から叫び合ったこと。
命の途切れた彼の胸に触れ、自分のすべてを注ぎ込んだこと。
そして、「置いていくわけねぇだろ」と意識を取り戻した彼の圧倒的な眼差し。
あの瞬間、私の中で「爆豪勝己」という存在は、他の誰にも代えられない特別な人になっていた。
(だけど……)
校舎のテラスから、校庭で後輩たちに爆破の技術を指導している彼の姿を見下ろす。
背も伸び、体格も一段とがっしりとして、名実ともに「トップヒーロー」へと駆け上がっていく背中。
(私は……あなたの先生よ、爆豪くん)
彼がプロになり、どれだけ大人になろうと、自分が彼の副担任であり、導く側の人間であったという事実は変わらない。
彼が背負う未来に「教え子と教師の不適切な関係」なんていう小さな傷一つつけたくない。教員としての誇りと矜持があるからこそ、私はこの温かい想いを胸の奥底に鍵をかけて仕舞い込むと決めていた。
「——何黄昏れてんだ、クソバフ女」
不意に、後ろから聞き慣れた低い声が響いた。
振り向くと、そこには授業を終えた爆豪くんが、パイプ椅子に乱暴に腰掛けながら缶コーヒーをこちらに差し出していた。
「あ……ありがとう、爆豪くん」
受け取った缶の温もりに、心がじんわりと温かくなる。
「……復興の書類、相澤のオッサンに頼まれてんだろ。また無理して溜め込んでんじゃねぇぞ」
「ふふ、大丈夫よ。相澤先生も手伝ってくれているから」
言葉を交わしながら、彼はじっと私の顔を見つめてくる。
その鋭い赤の瞳には、かつ病院で見た時と同じ、どこまでも真っ直ぐで力強い熱が宿っていた。
「……おい」
「ん……?」
爆豪くんは缶コーヒーを握りつぶしそうな力加減で持ちながら、視線を桜の木へと向けた。
「……卒業したら、俺は一番のヒーローになる。事務所も立ち上げて、てっぺん獲る」
「ええ。あなたなら、間違いなく最高のヒーローになるわ」
「そしたら、お前を奪いに行く」
その言葉に、胸の奥がキュッと締め付けられる。
一人の女として、どれほどその言葉が嬉しく、愛おしいか。
けれど、私は優しく、けれど絶対に揺らがない「先生」としての微笑みを浮かべた。
「ふふ……嬉しいわ、爆豪くん。でもね……私は雄英の副担任として、あなたたちみたいな素晴らしいヒーローをこれからも育てていきたいの」
私の言葉に、彼はぴくりと眉を動かした。
「あなたがどれだけ強くなって、世界中の人々を救うヒーローになっても……私はずっと、あなたの『先生』よ。あなたが道を誤りそうになったら叱り、傷ついた時は背中を押す……それが私の誇りなの」
「……チッ。教員としての矜持、ってか」
「ええ。だから……私を『奪う』なんて無理よ」
きっぱりと言い切る私の言葉。
けれど、風に舞う桜の花びらを払うために伸ばした私の手が、ほんの少しだけ震えているのを、鋭い彼が見逃すはずもなかった。
爆豪くんは立ち上がると、私との距離をあえて一歩分だけ残して足を止めた。
触れようとすれば簡単に届く距離。けれど、私が引いた「教員と生徒」の一線を、彼は力任せに踏み越えようとはしなかった。
「……ハッ。相変わらずクソ頑固だな」
爆豪くんはフッと不敵に口端を吊り上げると、私の頭の上にポン、と乱暴に、けれど慈しむように手を置いた。
「いいぜ。お前がその『誇り』を捨てねぇってんなら……俺がその矜持ごと、お前を納得させるくらい圧倒的な男になってやる」
「……っ」
「先生だろうが何だろうが関係ねぇ。俺の気持ちも、お前が俺に向けるその隠しきれてねぇ視線も……全部本物だろ」
頭の上に置かれた手の温もりが、あの日、死の淵から引き揚げてくれた命の温かさと重なる。
教員としての線を頑なに守ろうとする私の誇りを壊すのではなく、「その矜持ごと包み込んで納得させてやる」という爆豪勝己の圧倒的な自負と愛しさ。
「……勝つのは俺だ。覚悟しとけ、クソバフ女」
そう捨てゼリフを残して、彼は制服のポケットに手を入れて歩き去っていく。
その背中は、どんな壁も、どんな立場や一線すらも超えていってしまうほどに眩しかった。
「……本当につれない……私の自慢の生徒ね」
誰もいなくなったテラスで、私は熱くなった頬を手で覆いながら、ポツリと呟いた。
教員としての誇りを守り続ける私と、それを知った上で正面から叩き潰しに来る一人の男。
果たされない一線を挟みながらも、二人の胸に灯った熱火は、これからもずっと消えることなく燃え続けていくのだった。
