ナイチンゲールの杞憂
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USJでの凄惨な襲撃事件が終息し、怪我人の搬送と事後処理が一段落した夜。
病院の一室、薄暗い病室のベッドの上で、相澤は全身にぐるぐると痛々しい包帯を巻きつけた姿で身体を起こしていた。
そのベッドの脇で、フローラは静かに肩を落として立っている。
「……座れ」
低い、抑圧された声。
包帯の隙間から覗く相澤の双眸が、鋭くフローラを射抜いていた。
「相澤先生……あの、お身体は大丈夫ですか……? 骨折も酷いですし、まだ無理をなさっては——」
「俺の体調を聞いているんじゃない」
相澤はフローラの言葉を途中で遮り、深くため息をついた。
その瞳には、いつもの冷徹な合理主義だけではなく、どこか重苦しい懸念と苛立ちが混ざり合っている。
「単刀直入に聞く。あいつ……あの『死柄木』という敵(ヴィラン)と、どこで会った?」
「そ、それは……」
「……広場でのやり取りだ。奴——死柄木弔はお前を見て『あの雨の日、俺の手を治してくれた』と言っていたな」
「……っ」
フローラの身体が小さく強張る。
相澤は包帯に包まれた腕を組み、畳みかけるように言葉を続けた。その鋭い観察眼は、彼女のわずかな動揺も逃さない。
「誤魔化すな。USJでお前を見た時のあいつの反応、言葉、目……ただの初対面のヒーローに向けられたものじゃない。完全に『お前個人』を知っていて、固執していた。お前がプロとして、あるいは副担任として軽率な行動を取る奴じゃないことは分かっている。……だが、なぜ奴はお前に執着している? いつ、どこで接触した。正直に話せ」
隠し通すことはできないと悟り、フローラはゆっくりと視線を下げた。
「……雄英の副担任に着任する、少し前のことです。冷たい雨が降る日の夕刻、買い出しの途中の裏路地で……全身傷だらけで倒れている青年を見つけました」
「……それが、死柄木だったと」
「はい。その時はフードを被っていて顔もよく見えず……お互いに名前も、ヒーローやヴィランという立場も知りませんでした。ただ、血だらけの手で苦しそうに震えていて……」
フローラは自身の両手をぎゅっと握りしめた。
「……見過ごせませんでした。だから、ほんの少しだけ個性を使って傷を治し、傘を渡して立ち去ったんです。まさか、あの時の彼がヴィラン連合のリーダーだなんて……私、夢にも思わなくて……」
静寂が部屋を支配する。
話を聞き終えた相澤は、長い沈黙のあと、包帯越しに額を押さえるようにして天を仰いだ。
「……はあー、お前という奴は……やっぱりか。」
「うっ……」
「お前は昔からそうだ。目の前に傷ついてる奴がいたら、相手が何者かも確認せずに首を突っ込む」
」
「……申し訳、ありません。……私の軽率な行動のせいで……私の甘さが、敵に隙を与えてしまったのかもしれません……」
うつむくフローラに対し、相澤の声は怒りというよりも、どこか痛々しいほどの情けなさと心配に満ちていた。
「責めているんじゃない。街で傷ついた人間に手を差し伸べる……ヒーローとして、人として、お前のその判断自体は間違っちゃいない。……ただ、お前のその『目の前で苦しんでいる者を放っておけない性分』が、最悪の形で奴の歪んだ執着を生んでしまったんだ」
相澤はベッドの上から身を乗り出し、フローラのすぐ目の前で視線を合わせる。
包帯で覆われた手を伸ばし、彼女の頭の上にぽんと置いた。
「奴はお前のその『無償の優しさ』に、狂ったように救われ、そして歪んだ執着を持った。
奴にとってお前は『奪いたい対象』だ。次接触されたら、お前の身が一番危ない。お前を……自分だけのものにしようとしている。……いいか、フローラ。奴の執着を甘く見るな」
「相澤先生……」
「お前のその優しい手も、命も、奴らに差し出す必要はどこにもない。二度と一人で抱え込むな。……俺の目の届く範囲から離れるなよ」
教え子であり、副担任であり、そして何より失いたくない大切な存在である彼女へ——。
相澤の手から伝わる不器用で重い温もりに、フローラは溢れそうになる涙を必死にこらえながら、強く頷くのだった。
