ナイチンゲールに捧ぐ勝利を
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ICUの重い扉が開き、面会許可が下りたという報せを受けた時、俺の足は勝手に病室へ向かっていた。
ドアを静かに開けると、白いベッドの上で、酸素マスクを外されたフローラが横たわっていた。
顔色はまだ紙のように白く、幾重もの医療チューブが痛々しく伸びているが、その大きな瞳はハッキリと開いていた。
「……爆豪……くん……?」
かすれた、今にも消えそうな声。
立ち尽くす俺を見上げ、フローラはどこか申し訳なさそうに、けれど心底安堵したような微笑みを浮かべた。
「よかった……無事だったのね……」
いつもの「優しい副担任」の顔。
相澤のオッサンや他の誰かを助けるために、当然のように自分の命を差し出してきたこの女の、いつもの顔だった。
(……いつもそうだ)
俺は何も言わず、足音を殺してベッドの脇へ歩み寄った。
普段なら「誰の心配してんだアホが!!」と怒鳴り散らしているはずだった。だが、喉の奥がカラカラに乾いて、怒声すら出てこなかった。
「……爆豪、くん……?」
声を荒げることもなく、ただ無言で自分を見つめてくる俺の雰囲気に異変を感じたのか、フローラが戸惑ったように眉を下げた。
俺はゆっくりと膝を折り、ベッドの脇に視線を合わせるようにかがみ込むと、彼女の白く細い手を……壊れ物に触れるように、両手で優しく包み込んだ。
その手首から伝わってくる脈拍。
冷たく乾いた彼女の手に対し、俺の手は情けないほど汗ばみ、ニトロ混じりの熱が籠もっていた。
そして、俺の手は……激しく震えていた。
「……っ」
フローラが息を呑むのが分かった。
強気で、誰の前でも不敵に笑う爆豪勝己の手が、まるで怯える子供のように震えている。
「……おい、クソバフ女……」
低く、押し殺した声。
怒りじゃない。感情の容量を超えて溢れ出してきたのは、純粋な『恐怖』だった。
「……心臓が止まったって聞いた時……冷たいガラスの向こうでお前が死にそうになってた時……俺がどんだけ生きた心地しなかったか……分かってんのか……」
「爆豪……くん……?」
フローラの瞳が大きく揺れた。彼女は目の前の男の姿に息を呑んでいた。
俺は彼女の手首に額を押し付け、震える息を吐き出した。
「お前が……相澤のオッサンや他のヒーローのために命かけるような奴だってことは……重々分かってんだよ……っ」
「……」
「分かって……分かってっけど……! 目の前でお前に死にかけられたら……俺は……っ!!」
声が裏返り、擦り切れる。
「……本気で……お前を失うのが……怖かったんだよ……ッ」
普段のオラついた態度はどこにもなかった。
ただ一人の男が、愛する女を失いかけた恐怖に耐えかねて、しがみついている。
その剥き出しの弱さと、自分に向けられた痛々しいほどの情熱。
「……っ……!」
手首から伝わる彼の熱と、絞り出された震える声に、フローラの胸がドキッ!!と大きく跳ね上がった。
(な……なに……いまの……)
『生徒』としての生意気な言葉でもなく、『教え子』としての成長の報告でもない。
「あなたを失うのが怖かった」という、一人の男としての切実な叫び。
今まで「守るべき大切な生徒」として見ていたはずの爆豪勝己という存在が、一瞬にして「自分を激しい熱量で愛し、揺さぶってくる一人の男」としてフローラの心の中に侵入してきた瞬間だった。
フローラの頬が、一気に熱く染まっていく。
「……爆豪……くん……」
震える俺の手を、フローラは拒絶しなかった。
それどころか、彼女の細い指先が、俺の手を小さく握り返してきた。
「……ごめんなさい……。私……あなたに……そんな思いをさせていたのね……」
俺は額を押し付けたまま、涙で濡れた彼女の手をギュッと握りしめた。
「……二度とこんな思いさせんな……」
静かな病室の中で、爆豪勝己の「誓い」と、フローラの「恋心の芽生え」が、確かな鼓動となって響き渡っていた。
