ナイチンゲールに捧ぐ勝利を
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オールマイトや相澤のオッサンたちがアジトへなだれ込み、命からがら救出されたあの神野の夜から数日。
俺たち生徒は全員、雄英の敷地内に建てられた生徒寮『ハイアット・クアトロ』へ引っ越すことになった。
昼間の引っ越し作業が終わり、すっかり静まり返った夜の寮裏。
俺は自販機の前で缶ジュースを片手に、夜風に当たりながら自分の手のひらを睨みつけていた。
(……チッ)
アジトの情景が、脳裏に焼き付いて離れねぇ。
死柄木が、フローラの髪や顔に触れ、強引に唇を奪っていたあの瞬間。
拘束器具に縛られた俺は、ただ歯を食いしばって怒鳴ることしかできなかった。
対人戦で俺を地面に叩き伏せたあの強い女が、自分以外の男(ヴィラン)の手で汚されていくのを、俺はただ指を咥えて見ていることしか出来なかったんだ。
爪が掌に食い込み、血が滲む。
自分の無力さに吐き気がした。
「……爆豪くん」
背後から掛けられた柔らかい声に、俺は思わず肩を跳ねさせた。
振り返ると、ラフな格好に羽織りをかけたフローラが立っていた。両腕には、いつもの見慣れた白い包帯(捕縛布)が巻き直されている。
「夜更かしは感心しないけれど……引っ越し、お疲れ様。部屋は片付いたかしら?」
いつもの顔だ。何事もなかったかのように微笑む副担任の面。
だが、俺は知っている。あのアジトで死柄木の手が伸びてきた時、こいつがどれだけ唇を噛み締め、恐怖に耐えていたかを。
「……あぁ。だいたい終わった」
俺は気まずさを誤魔化すように視線を逸らし、缶ジュースを口に運んだ。
静寂が夜の空気を満たす。
フローラは小さく息を吸い込むと、自責の念が籠もった瞳で俺を見つめ、数歩手前で立ち止まった。
「……爆豪くん。あのね……ずっと、あなたに謝りたかったの」
「……あ?」
眉をひそめる俺に、フローラは胸元で両手をぎゅっと握りしめ、申し訳なさそうに視線を落とした。
「神野のアジトでのことよ。……私、1-Aの副担任であり、プロヒーローなのに……あの死柄木に拘束されて、されるがままになって……あんな情けない姿をあなたの前で晒してしまったわ」
「……ッ」
「私がもっと強く立ち回れていれば、あなたに余計な恐怖や不安を与えずに済んだかもしれない……。生徒であるあなたに……あんな胸糞悪い光景を見せてしまって、本当にごめんなさい……」
頭を下げようとするクソバフ女。
(——情けない……?)
(——謝る……だと……?)
頭の中で、ブチッと何かが弾け飛ぶ音がした。
(ドォンッ!!)
右手のニトロが激しく爆発し、俺は地面を叩きつけるように一歩を踏み出した。
「——誰が情けねぇつったよ!!!?」
「爆豪……くん……?」
驚いて顔を上げたフローラを、俺は血走った両目で睨みつけた。
目の前の女に向けた怒りじゃねぇ。自分の不甲乙無さへ向けた、血の吐くような殺意だ。
「情けねぇのは……俺の方だろが!!! クソがッ!!!」
奥歯を叩き割る勢いで噛み締め、胸の底から怒号を叩きつける。
「ヴィランに捕まって拘束されて……目の前でその人が汚ねぇ手で触られてんのに……何一つ手出しできずに見てることしか出来なかった……俺が! 一番クソで情けねぇんだろうがよぉぉッ!!!」
「爆豪くん……」
「アンタは自分にはバフも掛けられねぇ身体で、合宿でも神野でも俺を庇って命削ってただろ!! 最後の最後まで俺を逃がすために体を張り続けてただろ!!」
握りしめた拳が、悔しさと怒りで激しく震える。
「謝るんじゃねぇ……! アンタが情けねぇなんて言ったら……あの場所で何も出来なかった俺は、どうすりゃいいんだよ……ッ!!」
夕暮れの演習場で、俺を泥まみれにしながら対人戦を教えてくれた強いヒーロー。
自分を粗末にしてまで他人(俺)を守ろうとした女が、なんで「自分が情けない」なんて言葉で自分を傷つけてんだ。
俺の叫びを聞いたフローラは、息を呑み、目元に小さな涙を浮かべた。
そして——ふっと、夜風に溶けるような柔らかい微笑みを俺に向けやがった。
「……そっか。……ごめんなさい、私……あなたの強さと優しさを、甘く見ていたわね」
涙を指先で拭い、温かい瞳で俺を見るクソバフ女。
「ありがとう、爆豪くん。……あなたのおかげで、私も救われたわ」
「……チッ」
面と向かってそんな顔すんじゃねぇ。胸の奥が熱くてドロドロした感情で塗りつぶされそうになる。
俺は乱暴に顔を背けると、頭を掻き散らしながら缶ジュースをゴミ箱へ叩き込んだ。
「勘違いすんな。二度とあんな無防備にヴィランに触られてんじゃねぇって言ってんだよ」
ポケットに手を突っ込み、背を向けて寮の入口へ歩き出す。
これ以上あの女の顔を見てたら、どうにかなりそうだった。
だが、すれ違いざまに、俺は誰にも聞こえねぇような低い声で、けれど絶対の誓いを口の端から吐き捨てた。
「……もう、二度と連れてかせねぇ。誰にも触らせねぇから覚悟しとけ……」
後ろでフローラが息を呑む気配がした。
あの相澤先生の影に隠れて教え子気分でいるなら、俺が力づくでそこから引きずり出してやる。
自分がどれだけ凄ぇヒーローで、どれだけ一人の女として魅力的なのか、俺が一生かけて分からせてやる。
背中に刺さる彼女の視線を感じながら、爆豪勝己は己の『絶対的な強さ』と『奪還』を夜空に誓ったのだった。
オールマイトや相澤のオッサンたちがアジトへなだれ込み、命からがら救出されたあの神野の夜から数日。
俺たち生徒は全員、雄英の敷地内に建てられた生徒寮『ハイアット・クアトロ』へ引っ越すことになった。
昼間の引っ越し作業が終わり、すっかり静まり返った夜の寮裏。
俺は自販機の前で缶ジュースを片手に、夜風に当たりながら自分の手のひらを睨みつけていた。
(……チッ)
アジトの情景が、脳裏に焼き付いて離れねぇ。
死柄木が、フローラの髪や顔に触れ、強引に唇を奪っていたあの瞬間。
拘束器具に縛られた俺は、ただ歯を食いしばって怒鳴ることしかできなかった。
対人戦で俺を地面に叩き伏せたあの強い女が、自分以外の男(ヴィラン)の手で汚されていくのを、俺はただ指を咥えて見ていることしか出来なかったんだ。
爪が掌に食い込み、血が滲む。
自分の無力さに吐き気がした。
「……爆豪くん」
背後から掛けられた柔らかい声に、俺は思わず肩を跳ねさせた。
振り返ると、ラフな格好に羽織りをかけたフローラが立っていた。両腕には、いつもの見慣れた白い包帯(捕縛布)が巻き直されている。
「夜更かしは感心しないけれど……引っ越し、お疲れ様。部屋は片付いたかしら?」
いつもの顔だ。何事もなかったかのように微笑む副担任の面。
だが、俺は知っている。あのアジトで死柄木の手が伸びてきた時、こいつがどれだけ唇を噛み締め、恐怖に耐えていたかを。
「……あぁ。だいたい終わった」
俺は気まずさを誤魔化すように視線を逸らし、缶ジュースを口に運んだ。
静寂が夜の空気を満たす。
フローラは小さく息を吸い込むと、自責の念が籠もった瞳で俺を見つめ、数歩手前で立ち止まった。
「……爆豪くん。あのね……ずっと、あなたに謝りたかったの」
「……あ?」
眉をひそめる俺に、フローラは胸元で両手をぎゅっと握りしめ、申し訳なさそうに視線を落とした。
「神野のアジトでのことよ。……私、1-Aの副担任であり、プロヒーローなのに……あの死柄木に拘束されて、されるがままになって……あんな情けない姿をあなたの前で晒してしまったわ」
「……ッ」
「私がもっと強く立ち回れていれば、あなたに余計な恐怖や不安を与えずに済んだかもしれない……。生徒であるあなたに……あんな胸糞悪い光景を見せてしまって、本当にごめんなさい……」
頭を下げようとするクソバフ女。
(——情けない……?)
(——謝る……だと……?)
頭の中で、ブチッと何かが弾け飛ぶ音がした。
(ドォンッ!!)
右手のニトロが激しく爆発し、俺は地面を叩きつけるように一歩を踏み出した。
「——誰が情けねぇつったよ!!!?」
「爆豪……くん……?」
驚いて顔を上げたフローラを、俺は血走った両目で睨みつけた。
目の前の女に向けた怒りじゃねぇ。自分の不甲乙無さへ向けた、血の吐くような殺意だ。
「情けねぇのは……俺の方だろが!!! クソがッ!!!」
奥歯を叩き割る勢いで噛み締め、胸の底から怒号を叩きつける。
「ヴィランに捕まって拘束されて……目の前でその人が汚ねぇ手で触られてんのに……何一つ手出しできずに見てることしか出来なかった……俺が! 一番クソで情けねぇんだろうがよぉぉッ!!!」
「爆豪くん……」
「アンタは自分にはバフも掛けられねぇ身体で、合宿でも神野でも俺を庇って命削ってただろ!! 最後の最後まで俺を逃がすために体を張り続けてただろ!!」
握りしめた拳が、悔しさと怒りで激しく震える。
「謝るんじゃねぇ……! アンタが情けねぇなんて言ったら……あの場所で何も出来なかった俺は、どうすりゃいいんだよ……ッ!!」
夕暮れの演習場で、俺を泥まみれにしながら対人戦を教えてくれた強いヒーロー。
自分を粗末にしてまで他人(俺)を守ろうとした女が、なんで「自分が情けない」なんて言葉で自分を傷つけてんだ。
俺の叫びを聞いたフローラは、息を呑み、目元に小さな涙を浮かべた。
そして——ふっと、夜風に溶けるような柔らかい微笑みを俺に向けやがった。
「……そっか。……ごめんなさい、私……あなたの強さと優しさを、甘く見ていたわね」
涙を指先で拭い、温かい瞳で俺を見るクソバフ女。
「ありがとう、爆豪くん。……あなたのおかげで、私も救われたわ」
「……チッ」
面と向かってそんな顔すんじゃねぇ。胸の奥が熱くてドロドロした感情で塗りつぶされそうになる。
俺は乱暴に顔を背けると、頭を掻き散らしながら缶ジュースをゴミ箱へ叩き込んだ。
「勘違いすんな。二度とあんな無防備にヴィランに触られてんじゃねぇって言ってんだよ」
ポケットに手を突っ込み、背を向けて寮の入口へ歩き出す。
これ以上あの女の顔を見てたら、どうにかなりそうだった。
だが、すれ違いざまに、俺は誰にも聞こえねぇような低い声で、けれど絶対の誓いを口の端から吐き捨てた。
「……もう、二度と連れてかせねぇ。誰にも触らせねぇから覚悟しとけ……」
後ろでフローラが息を呑む気配がした。
あの相澤先生の影に隠れて教え子気分でいるなら、俺が力づくでそこから引きずり出してやる。
自分がどれだけ凄ぇヒーローで、どれだけ一人の女として魅力的なのか、俺が一生かけて分からせてやる。
背中に刺さる彼女の視線を感じながら、爆豪勝己は己の『絶対的な強さ』と『奪還』を夜空に誓ったのだった。
