ナイチンゲールに捧ぐ勝利を
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黒い煙と不気味な毒ガスが充満する林間合宿場。
俺は切島や轟たちと交戦しながらも、頭の片隅でずっと『あの女』の存在を追っていた。
自分にバフがかけらんねぇ癖に、あいつは絶対に引き下がらねぇ。
放課後、俺の手首を容赦なく捕縛布で絡め取ってきたあのしなやかな腕で、また無茶をして生徒を庇ってんじゃねぇか——その予感は、最悪の形で当たることになった。
「捕獲完了(ミッションコンプリート)だ。……爆豪勝己、そして……Ms.フローレンス」
不気味な仮面をつけたMr.コンプレスの手から、圧縮球体として解放された瞬間。
俺の視界に飛び込んできたのは、漆黒のワープゲートから伸びてきた「数本の青白い指」に首筋を掴まれ、引きずり込まれそうになっているフローラの姿だった。
「……つかまえた」
掠れた低い声。死柄木弔だ。
「死柄木……ッ!?」
「言ったろ……君がボロボロになったら、僕が引き取ってあげるってさ。……二度と、あの男(イレイザー)の元へは帰さない……」
(——ふざけんな)
頭の中で、何かがぶち切れる音がした。
「逃げろ、フローラ!!!」
森の奥から、相澤のオッサンが目を血走らせて走ってくるのが見えた。首元の捕縛布を伸ばし、必死に手を伸ばしている。
だが、俺の足は相澤よりも早く動いていた。
爆炎を背後で炸裂させ、前傾姿勢のまま地面を蹴り飛ばす!
「指一本でも……その人に触れてんじゃねぇぞクソヴィランがぁぁぁぁぁッッ!!!!」
放課後、夕暮れの演習場で泥まみれになりながら笑っていた顔が脳裏をよぎる。
自分を削って他人にバフをかけ、自分は血吐くような体術で前線にしがみついてきたプロヒーロー。
あんなに強くて、あんなに気高い女が、なんでこんな泥の底みたいな奴らに気安く触れられてんだ!
「爆豪くん……ダメ、来ちゃダメ……ッ!」
引きずり込まれながら、フローラが俺に向かって手を伸ばす。
相澤のオッサンに助けを求めるんじゃない。自分自身が囚われているのに、なおも『生徒の俺』を逃がそうとするその眼差し。
(ふざけんな……ふざけんなよ!! いつまで俺を『守る対象(ガキ)』として見てやがる!!)
俺は右手のニトロを限界まで爆発させ、歪むワープゲートの中へ手を手を伸ばした。
あと数センチ。あと数ミリで、あの女の細い手首に指が引っかかる——。
「……来んな、デク」
届かなかった。
コンプレスに後頭部を押さえつけられ、俺とフローラの身体は黒い渦の向こう側へと完全に飲み込まれた。
視界が闇に染まる直前、俺が見たのは、遠ざかる相澤の絶望に満ちた顔と、俺の目の前で力を失いかけているフローラの白い首筋だった。
(クソが……ッ!!)
自分の無力さに、奥歯を噛みしめる。
守れなかった。
対人戦で俺を地面に叩き伏せたあの強い女を、俺は目の前でヴィランの手に奪われたのだ。
黒い闇の中で、俺は胸の奥の爆発的な怒りと共に、ドス黒い決意を固めていた。
(二度と……二度とこの女に無駄な傷負わせねぇ。アジトに着いたら、死んでも俺がこいつを守り切る……!!)
