ナイチンゲールに捧ぐ勝利を
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着任からわずか数日後。俺は放課後の廊下で、一人職員室へ戻ろうとしていたフローラの前に立ちふさがった。
「……爆豪くん? どうしたの、そんな怖い顔して」
両腕に包帯を巻き直しながら、呑気な声を出すクソバフ女。
「おいクソバフ女。放課後、俺に対人戦の訓練付けろ」
「……え?」
「聞こえなかったのかよ。お前が相澤のオッサンから盗んだあの近接のいなし方と捕縛術だ。個性に頼らねぇ泥臭い崩し方、俺に教えろっつってんだ」
フローラは一瞬、目を丸くして驚いた顔を見せた。
クラスの連中は、こいつを「優しい治癒・支援の先生」としか思ってねぇ。だが、己のプライドに厳しい俺が、わざわざ『バフの使えねぇ副担任』に頭を下げて訓練を要求した意味を、この女はすぐに察したらしい。
ふっと、いつもの柔らかい微笑みが消え、その瞳にプロの鋭い光が宿った。
「……いいわよ。でも、私との訓練は甘くないわ。手加減なしで、あんたが音を上げるまで付き合ってもらうからね」
「ハッ、言ってろクソバフ女! 音上げんのはお前の方だ!!」
——それから、誰もいなくなった夕暮れの演習場(グラウンドγ)は、俺たちの秘密の練兵場になった。
(ドッ……! ガンッ……!!)
個性の爆発音ではない、肉体と肉体が激しくぶつかり合う重い打撃音が響く。
俺の容赦ない右ストレートを、フローラは首を一瞬紙一重でかわすと、俺の踏み込んだ足の軸へすっと自分の足を滑り込ませてきた。
同時に、腕から解かれた捕縛布が俺の手首に巻きつき、俺の体重移動をそのまま利用して一気に身体を跳ね飛ばす!
(ドカァン……!!)
「が……っ!?」
地面に叩きつけられ、土煙が舞う。
「はぁ……はぁ……っ。力で押し切ろうとするんじゃないの爆豪くん! 私はあなたより筋力も体力もない。だから相手の力と視線を利用して崩すの!」
額の汗を拭い、腕の捕縛布をキュッと引き締めるフローラ。
ヘラヘラした微笑みなんて微塵もねぇ。目の前にいるのは、修羅場を潜り抜けてきた一人の勝負師だ。
地面から 跳ね起きた俺は、ニヤリと口角を上げた。
(……クソが。胸ぐら掴まれた瞬間に、俺の重心が完全に持ってかれてた……!)
自分にバフがかけらんねぇからって、諦めなかった女。
安全圏で守られることを拒否し、血吐くほど体術を鍛えて前線にしがみついてきた技術。
「……おい。もう一回だ」
「えっ、もう17時半よ? そろそろ帰らないと……」
「うるせぇ!! 俺が納得するまで終わらせねぇ! 教えてやる側が日和ってんじゃねぇよ!!」
「……ふふ、言うじゃない。いいわ、とことん付き合ってあげる!!」
すっかり日の暮れた演習場で、倒れ込むまで拳と捕縛布を交え続ける。
泥と汗にまみれた彼女の横顔を、荒い呼吸の中で見つめながら、俺の胸の奥でドス黒く熱い何かが確実に芽生え始めていた。
(この女の『強さ』を一番理解してんのは俺だ。この努力も、覚悟も、相澤のオッサン以上に俺が全部盗んで、俺が一番高く評価してやる……!)
「教え子と副担任」という立場を超えた、熱い信頼と、爆豪勝己の中の「絶対的な執着」が、この放課後の静かな演習場で刻一刻と組み上げられていったのだった。
