ナイチンゲールに捧ぐ勝利を
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「——それと、今年度の1-Aは副担任がもう一人つく」
相澤の低い声が教室に響いた瞬間、教室の空気がわずかに揺れた。
教壇の脇から入ってきたのは、一人の女だった。ナイチンゲールを思わせる落ち着いたエプロンドレス風の姿。どこか柔らかい、悪く言えば隙だらけのような微笑みを浮かべている。
「初めまして。今年度、1-Aの副担任を務めさせていただきます、Ms.フローレンスです。よろしくお願いしますね」
けっ。何が『Ms.フローレンス』だ。
ヒーローとしての体格じゃねぇ。顔立ちも大人しけりゃ、立ち姿も弱そうだ。
『治癒・支援系』のヒーローだってのは一目で分かった。最前線で拳を交える側の人間じゃなく、後ろで守られてヘラヘラ笑ってるタイプの女。
(……相澤のオッサンが副担に置くような奴か、これが?)
胸の中で吐き捨てた瞬間、前の席でデクの奴がガタッと音を立てて立ち上がりやがった。
「Ms.フローレンス……! メディア露出は控えめだけど、救急医療の最前線じゃ『奇跡の生還率を叩き出す伝説の支援ヒーロー』なんだ! 自身の生命力や体力を分け与える特殊な支援・治癒個性……! でも、そのリスクゆえに自分にバフがかけられないっていう決定的な弱点を抱えていて……!」
ブツブツと耳障りな声で講釈を垂れるデクを「うるせぇ」と睨みつけながらも、俺の脳細胞はその言葉を正確に拾い集めていた。
自分にバフがかけられない。
他人の傷を癒し、他人の能力を底上げするだけの個性。
つまり、自分自身はただの「丸腰の一般人」と変わらねぇってことだ。
(ハッ……何だそりゃ。じゃあ本当に、誰かに守られなきゃ何もできねぇ置物じゃねぇか)
そう思って切り捨てようとした、その時だった。
「でも彼女はそれを克服するために、個性に頼らない徹底した体術と捕縛術を叩き込んだんだ! ほら、両腕に巻いてあるあの包帯……あれ、怪我の処置用じゃなくて相澤先生と同じ特種鋼糸入り炭素繊維の『捕縛布』なんだよ……!」
デクの言葉に重なるように、俺の視線はフローラの『両腕に巻かれた包帯』と『立ち姿』に吸い寄せられた。
一見すると、怪我人を手当てするための衛生用品にしか見えねぇ両腕の白い包帯。
だが、よく見りゃただの包帯じゃねぇ。使い込まれてしなやかに馴染んだ、殺傷力と拘束力を秘めた特殊繊維。
そして何より、爪の先まで無駄な力が入っていない指先と、足の重心の位置だ。一見すれば隙だらけに見えたその立ち姿は、いついかなる方向から奇襲を受けても、最小限の予備動作で受身と迎撃が取れる『相澤の癖』そのものだった。
(……あァ……?)
背中に、冷たいニトロが走るような感覚がした。
自分にバフがかけられない。
その致命的なハンデを前にした時、普通の奴なら「私はサポートですから」と安全圏に逃げる。
だがこいつは逃げなかった。
個性が使えないなら、身一つで戦えるまで叩き上げればいい。
あの包帯を腕に巻きつけ、相澤のオッサンにしがみついて、吐くほどの血と汗を流して、己の肉体を武器に変えるまで泥を舐めてきた——その『足跡』が、あの女の身体中に刻まれてやがる。
「……チッ」
俺は腕を組み、深く椅子に背をもたれかかった。
包帯(捕縛布)で隠した大人しい面の下に、とんでもねぇ『執着』隠してやがる。
守られるだけの大人しい女じゃねぇ。
自分の弱さと正面から殴り合って、前線にしがみつき続けてきた『ヒーロー』だ。
教壇の上で、生徒たちのざわめきに困ったように笑っているクソバフ女。
その横顔を睨みつけながら、俺は舌の奥で熱い唾を飲み込んだ。
(面白ぇじゃねぇか、クソバフ女……)
「大人しくて優しい保健室の先生」として彼女を見るクラスの連中の中で、俺だけが、あの女が腕に巻きつけた包帯の裏にある血生臭い『覚悟』をハッキリと見抜いていた。
「——それと、今年度の1-Aは副担任がもう一人つく」
相澤の低い声が教室に響いた瞬間、教室の空気がわずかに揺れた。
教壇の脇から入ってきたのは、一人の女だった。ナイチンゲールを思わせる落ち着いたエプロンドレス風の姿。どこか柔らかい、悪く言えば隙だらけのような微笑みを浮かべている。
「初めまして。今年度、1-Aの副担任を務めさせていただきます、Ms.フローレンスです。よろしくお願いしますね」
けっ。何が『Ms.フローレンス』だ。
ヒーローとしての体格じゃねぇ。顔立ちも大人しけりゃ、立ち姿も弱そうだ。
『治癒・支援系』のヒーローだってのは一目で分かった。最前線で拳を交える側の人間じゃなく、後ろで守られてヘラヘラ笑ってるタイプの女。
(……相澤のオッサンが副担に置くような奴か、これが?)
胸の中で吐き捨てた瞬間、前の席でデクの奴がガタッと音を立てて立ち上がりやがった。
「Ms.フローレンス……! メディア露出は控えめだけど、救急医療の最前線じゃ『奇跡の生還率を叩き出す伝説の支援ヒーロー』なんだ! 自身の生命力や体力を分け与える特殊な支援・治癒個性……! でも、そのリスクゆえに自分にバフがかけられないっていう決定的な弱点を抱えていて……!」
ブツブツと耳障りな声で講釈を垂れるデクを「うるせぇ」と睨みつけながらも、俺の脳細胞はその言葉を正確に拾い集めていた。
自分にバフがかけられない。
他人の傷を癒し、他人の能力を底上げするだけの個性。
つまり、自分自身はただの「丸腰の一般人」と変わらねぇってことだ。
(ハッ……何だそりゃ。じゃあ本当に、誰かに守られなきゃ何もできねぇ置物じゃねぇか)
そう思って切り捨てようとした、その時だった。
「でも彼女はそれを克服するために、個性に頼らない徹底した体術と捕縛術を叩き込んだんだ! ほら、両腕に巻いてあるあの包帯……あれ、怪我の処置用じゃなくて相澤先生と同じ特種鋼糸入り炭素繊維の『捕縛布』なんだよ……!」
デクの言葉に重なるように、俺の視線はフローラの『両腕に巻かれた包帯』と『立ち姿』に吸い寄せられた。
一見すると、怪我人を手当てするための衛生用品にしか見えねぇ両腕の白い包帯。
だが、よく見りゃただの包帯じゃねぇ。使い込まれてしなやかに馴染んだ、殺傷力と拘束力を秘めた特殊繊維。
そして何より、爪の先まで無駄な力が入っていない指先と、足の重心の位置だ。一見すれば隙だらけに見えたその立ち姿は、いついかなる方向から奇襲を受けても、最小限の予備動作で受身と迎撃が取れる『相澤の癖』そのものだった。
(……あァ……?)
背中に、冷たいニトロが走るような感覚がした。
自分にバフがかけられない。
その致命的なハンデを前にした時、普通の奴なら「私はサポートですから」と安全圏に逃げる。
だがこいつは逃げなかった。
個性が使えないなら、身一つで戦えるまで叩き上げればいい。
あの包帯を腕に巻きつけ、相澤のオッサンにしがみついて、吐くほどの血と汗を流して、己の肉体を武器に変えるまで泥を舐めてきた——その『足跡』が、あの女の身体中に刻まれてやがる。
「……チッ」
俺は腕を組み、深く椅子に背をもたれかかった。
包帯(捕縛布)で隠した大人しい面の下に、とんでもねぇ『執着』隠してやがる。
守られるだけの大人しい女じゃねぇ。
自分の弱さと正面から殴り合って、前線にしがみつき続けてきた『ヒーロー』だ。
教壇の上で、生徒たちのざわめきに困ったように笑っているクソバフ女。
その横顔を睨みつけながら、俺は舌の奥で熱い唾を飲み込んだ。
(面白ぇじゃねぇか、クソバフ女……)
「大人しくて優しい保健室の先生」として彼女を見るクラスの連中の中で、俺だけが、あの女が腕に巻きつけた包帯の裏にある血生臭い『覚悟』をハッキリと見抜いていた。
