ナイチンゲールの杞憂
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全面戦争の傷痕が残る中、雄英高校では避難民の受け入れや最終決戦に向けた準備が進められていた。
そんなある日の朝、1-Aの教室。
ホームルームのチャイムが鳴り、生徒たちが席につく中、ガラリとドアが開いた。
先頭を切って入ってきたのは、首元に捕縛布を巻き、少し痛む右脚をかばうように歩く相澤消太。
そして——そのすぐ後ろから、少し緊張した面持ちで入ってきたのは、長らくの入院生活から無事に復帰を果たした副担任のフローラだった。
「……あっ! Ms.フローレンス……っ!!」
緑谷が真っ先に声をあげ、教室全体に歓喜の波が広がる。
「先生! 無事退院できたんだね……っ!」
「よかった……! 本当によかった……ッ!!」
麗日や飯田、切島たちが一斉に瞳を輝かせ、安堵の表情を浮かべた。
命を削って自分たちや相澤を救い、生死の境を彷徨っていた副担任が、再び自分たちの前に立ってくれたのだ。
フローラは目元を少し潤ませながら、愛おしい生徒たちへ向けて柔らかく微笑んだ。
「みんな……心配をかけてごめんね。もうすっかり元気になりました。今日からまた、みんなの副担任として精一杯サポートさせてもらうわね」
教壇の横で深々と頭を下げるフローラ。
生徒たちから温かい拍手が沸き起こる中、相澤が教壇の真ん中に立ち、パンパンと軽く手を叩いて教室を静まり返らせた。
「……よし、静かにしろ。復帰の挨拶は後でいくらでもやれ。……それと、HR(ホームルーム)の連絡事項がもう二点ある」
相澤はいつも通りの低く淡々とした声で、ポケットから教務手帳を取り出した。
「世間がこんな状況だ。……全面戦争で多くのヒーローが犠牲になった以上、当面の間、俺たちの個人的な事柄を外部に公表する気はない。……だが、お前たちには報告しておく」
「? なんですか先生、改まって」
上鳴が首をかしげる。
相澤は手帳から目を離すことすら触れず、何でもない雑談でもするような、恐ろしいほどの「サラッと感」で言い放った。
「退院手続きに合わせて、本日付で彼女と入籍した。……今日からこの人は『相澤フローラ』だ。……それからついでだ」
相澤は手帳のページをパラッとめくると、さらに追加の連絡事項のように淡々と付け加えた。
「婚姻に伴い、ヒーロー名も本日付で『Ms.フローレンス』から『Mrs.フローレンス』に変更手続きを完了している。今後の提出書類等、間違えないように。……以上だ」
「…………」
教室が一瞬で完全な無音(静寂)に包まれた。
教壇の隣で、フローラは顔を真っ赤にして、左手の薬指に輝く指輪を隠すように小さく身を縮めている。
「……ミズから……」
「ミセスに……」
そして次の瞬間——。
「「「「えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇッッ!!???」」」」
教室の天井が吹き飛ぶかのような、1-A全員の絶叫が轟いた!
「えっ……!? い、入籍……!? 相澤フローラ……ッ!?」
「しかもヒーロー名まで『Mrs.』に変えてるぅぅぅぅぅッッ! 仕事が早すぎる!!」
「さらっと追加連絡事項みたいに発表することじゃねぇだろぉぉぉっ!?」
緑谷はノートを落とし、麗日と芦戸は机をガタッと鳴らして跳び上がった。飯田は眼鏡を落としそうになりながらチョップの手を高速で振っている。
「ちょっと待てオッサン急すぎるだろ!!? なんで退院した当日に婚姻届もヒーロー名変更届も全部出し終わってんだよ!!」
爆豪すらも目を見開いて怒鳴り散らした。
「おいおいおいマジかよイレイザー!!? どさくさに紛れて一番デカい成果挙げてんじゃねぇよ!!」
教室の前の廊下を通りかかった山田ひざし(プレゼント・マイク)が、ドアをバーン! と開けて叫び込んできた。
生徒たちが大混乱に陥る中、相澤は一切動じることなく、首元の捕縛布を少し直しながら冷めた目で言い捨てた。
「騒ぐな。事務手続きの一括処理だ。合理的判断だぞ。……それに、外堀は最初から埋めてあったと言ったはずだ」
「相澤先生ぇぇぇっ! ヒーロー名まで『Mrs.』に変えるなんて私聞いてませんからぁぁぁっ////!!」
真っ赤になって相澤の袖を引っ張るフローラ。
相澤はその手を払うどころか、ごく自然な動作でギュッと指を絡めて握り直してみせた。
「お前はもう俺の妻だ。……当然の変更だろ」
「〜〜〜〜ッッ////!!」
その二人の完璧な「夫婦」の空気感と、相澤先生の逃がす気ゼロの過保護なドヤ顔を目撃し、生徒たちは「うわぁぁぁ……尊すぎて目が潰れる……っ!」と甘い悲鳴をあげる。
重く苦しい戦いが続く中で、教壇の上に咲いた温かく幸せな光。
心操が呆れ顔で「……『Ms.』から『Mrs.』への変更をHRで連絡する担任、世界で相澤先生だけだろ……」と呟く横で、1-Aの教室は、久々の温かい祝福と大歓声に包まれるのだった——。
