ナイチンゲールの杞憂
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死穢八斎會の事件からしばらくして無事に退院し、教員寮へと戻ってきたフローラ。
相澤消太は、宣言通り彼女の体調管理と行動チェックを「副担任の管理」という名目で徹底的に行い始めていた。
放課後。教員寮の共用リビングで、相澤と山田ひざし(プレゼント・マイク)がコーヒーを片手に並んで座っていた。
少し離れたキッチンでは、フローラが「相澤先生の今夜の栄養管理メニューです!」と嬉しそうに夕食の準備をしている。
そんな彼女の背中を、相澤はいつにも増して重く、深い眼差しで見つめていた。
病室で彼女を失いかけたあの瞬間、相澤は自分の中にある感情が「教員としての責任感」や「師匠としての情」などという綺麗な枠組みに収まるものではないことを、嫌というほど自覚させられていたからだ。
(……ただの教え子や副担任が死にかけたからって、あんなに心が引きちぎられるわけがねぇ。……俺はもう、あいつを誰にも、何物にも渡す気はない)
覚悟を決めた男の眼光。……だが、当のフローラ「相澤先生の厳しい体調管理のお指導」と信じ切っており、まったく色っぽい雰囲気にならない。
その二人の様子を交互に見ていた山田が、呆れたように頭を抱え、相澤に低音で耳打ちした。
「……おいイレイザー。俺、ずっと気になってたんだけどさ。
お前、仮免前からもそうだけど、特にインターン終わってからのMs.フローレンスへの囲い込み、エグいことになってんぞ?
外出の同行からスケジュールの管理まで全部握って……で、いつから付き合ってんの?」
「……付き合ってない」
「……はぁッ!? お前らまだ付き合ってねぇの!?!?嘘だろおい!あの神野の件もインターンの決死のサポートもあったろ!? 周りはもうお前らのこと夫婦か何かだと思ってんぞ!?何でまだ付き合ってもねぇんだよ?!」
あまりの形相に相澤は鬱陶しそうに深々と溜息を吐く。
「……声がデカい、ひざし」
「デカくもなるわ! なんで告白しねぇんだよ! お前がMs.フローレンスにどんだけクソデカ感情抱いてんのか、側から見てりゃ一目瞭然だろ! 早く告っちまえばいいだろうが!お前らしくねぇ、ズバッと言えズバッと!」
「……」
痺れを切らした山田の突っ込み。
しかし相澤は、コーヒーを一口すすると、何でもないことのようにぽつりと呟いた。
「……言った」
「……は?言ったの?」
山田が目を見開く。
「……言った。病室で、退院前に告白はした」
「マジで!? え、じゃあなんであの雰囲気なんだよ!? フラれたのか!?」
「いや。……『お前が自分を管理できないなら、一生俺がお前の体調も生活も命も監視してやる、腹をくくれ』と伝えた」
「……」
山田は数秒間、口を半開きにして停止した。
そして、自分の眉間を力任せに押さえながら、叫びたいのを必死で殺した低音で突っ込んだ。
「分かりずれぇえええええッッ!!!」
「なんだ」
「なんだじゃねぇよ! なんだよそのプロポーズか脅迫か分からない激重ワードは!! ホラー映画か! どこに愛の言葉が入ってんだよ! 普通に『好きだ』とか『付き合ってくれ』って言えや!!」
もう一口コーヒーを啜り、苦い顔で相澤はため息をついた。
「……あいつは自分を評価しない。
昔からそうだ。『自分は元教え子だから』『迷惑をかけているから』と、勝手に線を引いて納得しやがる。
生半可に『好きだ』なんて言ってみろ。『先生の優しさですね』だの『私なんかが申し訳ない』だの言って、俺の視界から逃げるのが目に見えてる」
「あー……まあ、Ms.フローレンスのあの自己評価の低さと生真面目さはな……」
相澤は冷めた目でキッチンの方を見やった。
「だから……作戦を変えた」
「作戦……?」
「逃げ道を潰す。言葉で伝えるより先に、俺が隣にいるのが『当たり前の日常』にする。あいつが自覚した時には、もう俺以外を頼れない状態にしておけばいい。周囲にも『あいつは俺の監視下にある』と認識させ、余計な虫がつかないように根回しする。そうやって逃げ道をすべて塞いでから、最後に一気に詰める。それが一番確実で合理的だ」
「……お前、相変わらず愛が重ぇし思考が捕縛布並みに絡みついてんな……激重なんだよ……」
「……フン。文句があるならあいつの鈍感さをどうにかしてから言え」
山田はドン引きしながらも、同期のあまりに回りくどく、けれど執念深すぎる愛にハァと深くため息をついた。
「……で? 当の本人はどう思ってんだよ」
相澤が何も言わずに視線を送ると、ちょうど料理を完成させたフローラが、満面の笑みでこちらへ歩いてきた。
「相澤先生、山田先生! お夕飯できましたよ! 相澤先生、今日も完璧に栄養バランスと塩分控えめで作りました! 私、しっかり体調管理して見せますからね!」
胸を張ってドヤ顔をするフローラ。
山田は思わず天を仰いだ。
(……ダメだこいつ。相澤の『一生お前を抱え込む』っていう重い愛を、ただの『厳しいスパルタ指導』だと思ってやがる……!!)
「……なぁイレイザー。お前の外堀埋め作戦、完成する前にあっちが勘違いしたまま『厳しい指導に耐え切った素晴らしい弟子』として卒業しちまうぞ?」
「……させん。その前に外堀はすべて埋まる」
相澤は力強く言い捨てると、自分を想って作られた料理に向かって「いただきます」と静かに手を合わせた。
重すぎる愛で外堀を埋めようとする相澤先生と、トンチンカンな勘違いでスパルタ指導を乗り越えようとするフローラ、そしてその間に挟まれてマイクは頭を抱えるのだった――。
死穢八斎會の事件からしばらくして無事に退院し、教員寮へと戻ってきたフローラ。
相澤消太は、宣言通り彼女の体調管理と行動チェックを「副担任の管理」という名目で徹底的に行い始めていた。
放課後。教員寮の共用リビングで、相澤と山田ひざし(プレゼント・マイク)がコーヒーを片手に並んで座っていた。
少し離れたキッチンでは、フローラが「相澤先生の今夜の栄養管理メニューです!」と嬉しそうに夕食の準備をしている。
そんな彼女の背中を、相澤はいつにも増して重く、深い眼差しで見つめていた。
病室で彼女を失いかけたあの瞬間、相澤は自分の中にある感情が「教員としての責任感」や「師匠としての情」などという綺麗な枠組みに収まるものではないことを、嫌というほど自覚させられていたからだ。
(……ただの教え子や副担任が死にかけたからって、あんなに心が引きちぎられるわけがねぇ。……俺はもう、あいつを誰にも、何物にも渡す気はない)
覚悟を決めた男の眼光。……だが、当のフローラ「相澤先生の厳しい体調管理のお指導」と信じ切っており、まったく色っぽい雰囲気にならない。
その二人の様子を交互に見ていた山田が、呆れたように頭を抱え、相澤に低音で耳打ちした。
「……おいイレイザー。俺、ずっと気になってたんだけどさ。
お前、仮免前からもそうだけど、特にインターン終わってからのMs.フローレンスへの囲い込み、エグいことになってんぞ?
外出の同行からスケジュールの管理まで全部握って……で、いつから付き合ってんの?」
「……付き合ってない」
「……はぁッ!? お前らまだ付き合ってねぇの!?!?嘘だろおい!あの神野の件もインターンの決死のサポートもあったろ!? 周りはもうお前らのこと夫婦か何かだと思ってんぞ!?何でまだ付き合ってもねぇんだよ?!」
あまりの形相に相澤は鬱陶しそうに深々と溜息を吐く。
「……声がデカい、ひざし」
「デカくもなるわ! なんで告白しねぇんだよ! お前がMs.フローレンスにどんだけクソデカ感情抱いてんのか、側から見てりゃ一目瞭然だろ! 早く告っちまえばいいだろうが!お前らしくねぇ、ズバッと言えズバッと!」
「……」
痺れを切らした山田の突っ込み。
しかし相澤は、コーヒーを一口すすると、何でもないことのようにぽつりと呟いた。
「……言った」
「……は?言ったの?」
山田が目を見開く。
「……言った。病室で、退院前に告白はした」
「マジで!? え、じゃあなんであの雰囲気なんだよ!? フラれたのか!?」
「いや。……『お前が自分を管理できないなら、一生俺がお前の体調も生活も命も監視してやる、腹をくくれ』と伝えた」
「……」
山田は数秒間、口を半開きにして停止した。
そして、自分の眉間を力任せに押さえながら、叫びたいのを必死で殺した低音で突っ込んだ。
「分かりずれぇえええええッッ!!!」
「なんだ」
「なんだじゃねぇよ! なんだよそのプロポーズか脅迫か分からない激重ワードは!! ホラー映画か! どこに愛の言葉が入ってんだよ! 普通に『好きだ』とか『付き合ってくれ』って言えや!!」
もう一口コーヒーを啜り、苦い顔で相澤はため息をついた。
「……あいつは自分を評価しない。
昔からそうだ。『自分は元教え子だから』『迷惑をかけているから』と、勝手に線を引いて納得しやがる。
生半可に『好きだ』なんて言ってみろ。『先生の優しさですね』だの『私なんかが申し訳ない』だの言って、俺の視界から逃げるのが目に見えてる」
「あー……まあ、Ms.フローレンスのあの自己評価の低さと生真面目さはな……」
相澤は冷めた目でキッチンの方を見やった。
「だから……作戦を変えた」
「作戦……?」
「逃げ道を潰す。言葉で伝えるより先に、俺が隣にいるのが『当たり前の日常』にする。あいつが自覚した時には、もう俺以外を頼れない状態にしておけばいい。周囲にも『あいつは俺の監視下にある』と認識させ、余計な虫がつかないように根回しする。そうやって逃げ道をすべて塞いでから、最後に一気に詰める。それが一番確実で合理的だ」
「……お前、相変わらず愛が重ぇし思考が捕縛布並みに絡みついてんな……激重なんだよ……」
「……フン。文句があるならあいつの鈍感さをどうにかしてから言え」
山田はドン引きしながらも、同期のあまりに回りくどく、けれど執念深すぎる愛にハァと深くため息をついた。
「……で? 当の本人はどう思ってんだよ」
相澤が何も言わずに視線を送ると、ちょうど料理を完成させたフローラが、満面の笑みでこちらへ歩いてきた。
「相澤先生、山田先生! お夕飯できましたよ! 相澤先生、今日も完璧に栄養バランスと塩分控えめで作りました! 私、しっかり体調管理して見せますからね!」
胸を張ってドヤ顔をするフローラ。
山田は思わず天を仰いだ。
(……ダメだこいつ。相澤の『一生お前を抱え込む』っていう重い愛を、ただの『厳しいスパルタ指導』だと思ってやがる……!!)
「……なぁイレイザー。お前の外堀埋め作戦、完成する前にあっちが勘違いしたまま『厳しい指導に耐え切った素晴らしい弟子』として卒業しちまうぞ?」
「……させん。その前に外堀はすべて埋まる」
相澤は力強く言い捨てると、自分を想って作られた料理に向かって「いただきます」と静かに手を合わせた。
重すぎる愛で外堀を埋めようとする相澤先生と、トンチンカンな勘違いでスパルタ指導を乗り越えようとするフローラ、そしてその間に挟まれてマイクは頭を抱えるのだった――。
