ナイチンゲールの杞憂
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八斎會との死闘から数日。
集中治療室を抜け出し、一般病棟の個室へと移動したものの、過度な個性使用による全身の細胞疲労でフローラはまだベッドから起き上がれずにいた。
窓から差し込む夕日の中、ベッドの傍らに置かれたパイプ椅子には、相澤消太が座っている。
教員としての書類仕事の合間を縫い、彼は日課のようにフローラの付き添いを続けていた。
「……私、相澤先生に怒られてばかりですね……」
点滴のチューブが繋がれた手を少しだけ動かし、フローラは困ったような、申し訳なさそうな苦笑いを浮かべた。
「自覚があるならいい」
相澤は手元のアタッチメント(資料)から目を離さず、短くそっけなく返した。
しかし、その声のトーンは先日病室で激怒した時のような鋭さはなく、どこか疲れと安堵が混ざり合った静けさを帯びている。
フローラは天井を見上げ、ぽつりと本音を漏らした。
「……でもね、相澤先生。私……後悔はしていないんです」
「……あ?」
相澤の手が止まる。フローラは静かな、けれど頑固な瞳で言葉を続けた。
「自分にバフをかけられない私が、自分の命を少し削るだけで……みんなが助かって、壊理ちゃんが救われた。私なんかの命で全員が無事に戻れるなら、安いものですから……」
「——ッ」
その瞬間、静まり返った病室に、相澤が資料を乱暴に机へ叩きつける音が響いた。
相澤はゆっくりと立ち上がると、圧迫感すら覚える足取りでベッド脇へと歩み寄る。
そして、逃げ場を無くすようにフローラの顔の横に両手を突き、上から覗き込んだ。
「……『私なんか』だと?」
「ひ……っ」
相澤の黒い目が、地獄の底から響くような深い暗闇を宿してフローラを射抜く。
自分の命を軽視する彼女の悪癖に、相澤の胸中で長年燻っていた「何か」が、ついに限界を超えて弾け飛んだ。
「いいか、よく聞けフローラ。お前がそうやって自分の命を軽視して、勝手に死にかけようとするなら……俺にも考えがある」
「は、はい……っ?」
あまりの気圧に身を縮めるフローラに対し、相澤は逃がさないと言わんばかりに顔を近づけ、低い低音で一字一字を噛み締めるように告げた。
「お前が自分自身の命を管理できないっていうんなら……これからは俺がお前の体調も、生活も、命も、全部一生管理して監視してやる。 二度と一人で命を捨てる隙なんて与えねぇ。……覚悟しておけ」
「……っ!!」
それは、教員や上司という一線を遥かに越えた、「お前の人生と存在のすべてを一生俺に背負わせろ」という、執着と愛に満ちた激重感情の告白(誓い)だった。
相澤は息を荒くしながら、フローラの表情を見つめる。
(……言っちまった。これで、俺がどれだけお前を抱え込むつもりか……少しは自覚したか……)
そう思っていた相澤の前で、フローラは——。
(……っ! ま、またお説教になっちゃった……!!)
完全に「激しいお説教とペナルティの宣言」だと受け取っていた。
『一生監視してやる』=『副担任・元弟子としての危険人物として、一生相澤先生の厳しい監視と指導の下に置かれる罰』だと脳内変換されてしまったのだ。
「うぅ……すみません相澤先生……ッ! 『一生監視』だなんて、そんなご迷惑はおかけできません……っ!」
「……は?」
シュンと眉を下げ、心底反省した顔で布団を握りしめるフローラ。
「私、悟りました……! 『私なんか』なんて言って諦めるから、反動で死にそうになって相澤先生の監視対象になっちゃうんだって……! これからは……もっと体力の分配を計算して、もっと上手く命を削って完璧にサポートしてみせます……!!」
完璧に明当違いな方向へ「決意」を固め、キラキラとした瞳で相澤を見つめ返すフローラ。
「……」
相澤は絶句した。
自分の「人生を共にする覚悟(告白)」が、ただの「厳しいお指導・お説教」として処理され、しかも『もっと上手く命を削る』という謎のポジティブな決意に変換されている。
「……お前……本気で言ってるのか?」
「はい! もう相澤先生にお説教されたり、一生監視されるようなヘマはしません! もっと上手くやってみせます!」
「……ッハ」
相澤は脱力したように大きくため息をつき、片手で顔を覆った。
(……ダメだこいつ、何も伝わってねぇ……)
「相澤先生……? 顔色が悪いですが、大丈夫ですか……?」
心配そうに覗き込んでくる純粋すぎるフローラに対し、相澤は頭をごしごしと乱暴に掻きむしると、半目で彼女の額をペシッと指で小突いた。
「……大バカ野郎。お前は本当に……自分のことになると呆れるほど鈍いな」
「いたっ!? な、なんでまた怒るんですかぁ……っ!」
「……もういい。早く治して寮に戻れ。……言っておくが、俺の『監視』からは一生逃がさねぇからな」
「ひぇっ……やっぱり厳しいペナルティなんですね……っ」
お説教の延長だと信じてシュンとするフローラと、伝わらなかった歯痒さに頭を抱えつつも「もう逃がさない」と心に決める相澤先生。
二人の甘く噛み合わない距離感は、全寮制での日常へと続いていくのでした——。
八斎會との死闘から数日。
集中治療室を抜け出し、一般病棟の個室へと移動したものの、過度な個性使用による全身の細胞疲労でフローラはまだベッドから起き上がれずにいた。
窓から差し込む夕日の中、ベッドの傍らに置かれたパイプ椅子には、相澤消太が座っている。
教員としての書類仕事の合間を縫い、彼は日課のようにフローラの付き添いを続けていた。
「……私、相澤先生に怒られてばかりですね……」
点滴のチューブが繋がれた手を少しだけ動かし、フローラは困ったような、申し訳なさそうな苦笑いを浮かべた。
「自覚があるならいい」
相澤は手元のアタッチメント(資料)から目を離さず、短くそっけなく返した。
しかし、その声のトーンは先日病室で激怒した時のような鋭さはなく、どこか疲れと安堵が混ざり合った静けさを帯びている。
フローラは天井を見上げ、ぽつりと本音を漏らした。
「……でもね、相澤先生。私……後悔はしていないんです」
「……あ?」
相澤の手が止まる。フローラは静かな、けれど頑固な瞳で言葉を続けた。
「自分にバフをかけられない私が、自分の命を少し削るだけで……みんなが助かって、壊理ちゃんが救われた。私なんかの命で全員が無事に戻れるなら、安いものですから……」
「——ッ」
その瞬間、静まり返った病室に、相澤が資料を乱暴に机へ叩きつける音が響いた。
相澤はゆっくりと立ち上がると、圧迫感すら覚える足取りでベッド脇へと歩み寄る。
そして、逃げ場を無くすようにフローラの顔の横に両手を突き、上から覗き込んだ。
「……『私なんか』だと?」
「ひ……っ」
相澤の黒い目が、地獄の底から響くような深い暗闇を宿してフローラを射抜く。
自分の命を軽視する彼女の悪癖に、相澤の胸中で長年燻っていた「何か」が、ついに限界を超えて弾け飛んだ。
「いいか、よく聞けフローラ。お前がそうやって自分の命を軽視して、勝手に死にかけようとするなら……俺にも考えがある」
「は、はい……っ?」
あまりの気圧に身を縮めるフローラに対し、相澤は逃がさないと言わんばかりに顔を近づけ、低い低音で一字一字を噛み締めるように告げた。
「お前が自分自身の命を管理できないっていうんなら……これからは俺がお前の体調も、生活も、命も、全部一生管理して監視してやる。 二度と一人で命を捨てる隙なんて与えねぇ。……覚悟しておけ」
「……っ!!」
それは、教員や上司という一線を遥かに越えた、「お前の人生と存在のすべてを一生俺に背負わせろ」という、執着と愛に満ちた激重感情の告白(誓い)だった。
相澤は息を荒くしながら、フローラの表情を見つめる。
(……言っちまった。これで、俺がどれだけお前を抱え込むつもりか……少しは自覚したか……)
そう思っていた相澤の前で、フローラは——。
(……っ! ま、またお説教になっちゃった……!!)
完全に「激しいお説教とペナルティの宣言」だと受け取っていた。
『一生監視してやる』=『副担任・元弟子としての危険人物として、一生相澤先生の厳しい監視と指導の下に置かれる罰』だと脳内変換されてしまったのだ。
「うぅ……すみません相澤先生……ッ! 『一生監視』だなんて、そんなご迷惑はおかけできません……っ!」
「……は?」
シュンと眉を下げ、心底反省した顔で布団を握りしめるフローラ。
「私、悟りました……! 『私なんか』なんて言って諦めるから、反動で死にそうになって相澤先生の監視対象になっちゃうんだって……! これからは……もっと体力の分配を計算して、もっと上手く命を削って完璧にサポートしてみせます……!!」
完璧に明当違いな方向へ「決意」を固め、キラキラとした瞳で相澤を見つめ返すフローラ。
「……」
相澤は絶句した。
自分の「人生を共にする覚悟(告白)」が、ただの「厳しいお指導・お説教」として処理され、しかも『もっと上手く命を削る』という謎のポジティブな決意に変換されている。
「……お前……本気で言ってるのか?」
「はい! もう相澤先生にお説教されたり、一生監視されるようなヘマはしません! もっと上手くやってみせます!」
「……ッハ」
相澤は脱力したように大きくため息をつき、片手で顔を覆った。
(……ダメだこいつ、何も伝わってねぇ……)
「相澤先生……? 顔色が悪いですが、大丈夫ですか……?」
心配そうに覗き込んでくる純粋すぎるフローラに対し、相澤は頭をごしごしと乱暴に掻きむしると、半目で彼女の額をペシッと指で小突いた。
「……大バカ野郎。お前は本当に……自分のことになると呆れるほど鈍いな」
「いたっ!? な、なんでまた怒るんですかぁ……っ!」
「……もういい。早く治して寮に戻れ。……言っておくが、俺の『監視』からは一生逃がさねぇからな」
「ひぇっ……やっぱり厳しいペナルティなんですね……っ」
お説教の延長だと信じてシュンとするフローラと、伝わらなかった歯痒さに頭を抱えつつも「もう逃がさない」と心に決める相澤先生。
二人の甘く噛み合わない距離感は、全寮制での日常へと続いていくのでした——。
