ナイチンゲールの杞憂
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全寮制が始まり、生徒たちがそれぞれの部屋へ引越しを終えた日の夜。
フローラは「1-A副担任」として、生徒寮(ハイアット・クアトロ)の共用スペースや周辺の安全確認のために見回りをしていた。
ふと、寮の裏手にある自販機前で、缶ジュースを片手に夜風に当たっている爆豪勝己の姿を見つける。
「……爆豪くん」
「……っ」
爆豪は背後からの声に肩を跳ねさせ、振り向いた。
そこにいたのは、昼間の引越し作業を終え、ラフな服装に羽織りをかけたフローラの姿だった。
「夜更かしは感心しないけれど……引越し、お疲れ様。部屋は片付いたかしら?」
「……あぁ。だいたい終わった」
爆豪は視線を逸らし、缶ジュースを乱暴に口へ運ぶ。
神野での拉致事件以来、二人がこうしてじっくり言葉を交わすのはこれが初めてだった。
静寂が二人を包む。
フローラ小さく息を吸い込み、少し意を決したように爆豪の数歩手前で立ち止まった。
「……爆豪くん。あのね……ずっと、あなたに謝りたかったの」
「……あ?」
爆豪が眉をひそめて振り返る。
フローラは両手を前に重ね、自責の念に駆られた表情で視線を落とした。
「神野のアジトでのことよ。……私、1-Aの副担任であり、プロヒーローなのに……あの死柄木に拘束されて、されるがままになって……あんな情けない姿をあなたの前で晒してしまったわ」
「……ッ」
「私がもっと強く立ち回れていれば、あなたに余計な恐怖や不安を与えずに済んだかもしれない……。生徒であるあなたに……あんな胸糞悪い光景を見せてしまって、本当にごめんなさい……」
頭を下げようとするフローラ
だが、その言葉が言い終わるか終わらないかのうちに——。
(——ドォンッ!!)
爆豪の手から小さな爆破音が弾け、地面を叩きつけるような強い足音が響いた。
「ふざけんな——誰が情けねぇつったよ!!!?」
「爆豪……くん……?」
顔を上げたフローラは、息をのんだ。
爆豪が、血走った眼光で激昂しながら自分を睨みつけていたからだ。だがその怒りは、フローラに向けられたものでは到底なかった。
「情けねぇのは……俺の方だろが!!! クソがッ!!!」
爆豪は歯を食いしばり、胸の奥から絞り出すように吼えた。
「ヴィランやに捕まって拘束されて……目の前でその人が汚ねぇ手で触られてんのに……何一つ手出しできずに見てることしか出来なかった……俺が! 一番クソで情けねぇんだろうがよぉぉッ!!!」
「爆豪くん……」
「アンタは……自分にはバフも掛けられねぇ身体で、合宿でも神野でも俺を庇って命削ってただろ!! 最後の最後まで俺を逃がすために体を張り続けてただろ!!そんな奴を気安く触らせて、泣かせたままにした俺の負けなんだよ!!」
爆豪は悔しさと怒りで握りしめた拳を震わせ、吐き捨てるように言った。
「謝るんじゃねぇよ……! アンタが情けねぇなんて言ったら……あの場所で何も出来なかった俺は、どうすりゃいいんだよ……ッ!!」
「……っ」
爆豪の不器用で、けれど純粋すぎるヒーローとしての矜持と悔しさに、フローラは胸を強く打たれた。
彼は不安やトラウマを感じていたのではない。副担任である自分が傷つけられているのを前にして、何も出来なかった「自分の無力さ」に誰よりも腹を立て、悔しがっていたのだ。
「……そっか。……ごめんなさい、私……あなたの強さと優しさを、甘く見ていたわね」
フローラは目元に浮かんだ小さな涙を拭い、柔らかく、温かい微笑みを爆豪に向けた。
「ありがとう、爆豪くん。……あなたのおかげで、私も救われたわ」
「……ハッ、勘違いすんな。二度とあんな無防備にヴィランに触られてんじゃねぇって言ってんだよ」
爆豪はプイッと顔を背け、頭を掻きむしりながら自販機横のゴミ箱へ缶を叩き込んだ。
「……もう、二度と連れてかせねぇからな」
爆豪の熱い叱咤激励に救われ、目元を拭って「ありがとう」と微笑んだフローラ。
一度深呼吸をして覚悟を決めたような表情を見せたあと、ふと何かを思い出して、急に頬を赤く染め始めます。
そのままソワソワと周囲を気にしながら、爆豪の目の前で、人差し指を自分の口元にそっと当てました。
「……あ、あのね……爆豪くん。最後にもうひとつだけ……お願いがあるの」
「(眉をひそめて)……あ? なんだよ」
恥ずかしさに耐えかねて、声をひそめながら
「その……あのアジトで……死柄木に……変な触られ方をされてたこと……。
……相澤先生以外のみんなには、ぜったい、内緒にしておいてほしいの……ッ」
「……ッ!」
普段は凛としたプロヒーローであり、みんなのお姉さん的存在のフローラが、一人の女性として耳まで真っ赤にして「秘密にして」と頼んでくる。
そのあまりの恥ずかしがりようと、急な距離感の近さに、爆豪も一瞬でカッと顔が熱くなります。
咄嗟に明後日の方向へ顔を背けて、首筋まで真っ赤にしながら
「……あーーーッ!! 当たり前だクソバフ女!! 誰がそんな話他の奴らに言うかよ!!
余計な心配してねえで、さっさと自分の部屋戻れ!!」
「うぅ、ありがとう。……ふたりだけの、秘密ね」
爆豪は「秘密」という言葉にさらに顔を真っ赤にして「うるせえ!! 早く寝ろや!」と乱暴に叫びますが、その手は少し震えていて、荒い息を吐きます。
(……秘密とか気安く言ってんじゃねえぞクソが……ッ!!
……絶対……あいつ(死柄木)の思い通りになんてさせねえ……。絶対に俺たちが……先生を守る……!!)
背を向けて寮の入口へ歩き出しながら、ぽつりと落とされた小さな一言。
そこには、自分を庇ってくれた副担任を「次は必ず自分が守る」という、爆豪勝己なりの誓いが込められていた。
フローラはその背中を静かに見送り、プロとして、そして教員として生徒と共に強くなることを胸に誓うのだった——。
全寮制が始まり、生徒たちがそれぞれの部屋へ引越しを終えた日の夜。
フローラは「1-A副担任」として、生徒寮(ハイアット・クアトロ)の共用スペースや周辺の安全確認のために見回りをしていた。
ふと、寮の裏手にある自販機前で、缶ジュースを片手に夜風に当たっている爆豪勝己の姿を見つける。
「……爆豪くん」
「……っ」
爆豪は背後からの声に肩を跳ねさせ、振り向いた。
そこにいたのは、昼間の引越し作業を終え、ラフな服装に羽織りをかけたフローラの姿だった。
「夜更かしは感心しないけれど……引越し、お疲れ様。部屋は片付いたかしら?」
「……あぁ。だいたい終わった」
爆豪は視線を逸らし、缶ジュースを乱暴に口へ運ぶ。
神野での拉致事件以来、二人がこうしてじっくり言葉を交わすのはこれが初めてだった。
静寂が二人を包む。
フローラ小さく息を吸い込み、少し意を決したように爆豪の数歩手前で立ち止まった。
「……爆豪くん。あのね……ずっと、あなたに謝りたかったの」
「……あ?」
爆豪が眉をひそめて振り返る。
フローラは両手を前に重ね、自責の念に駆られた表情で視線を落とした。
「神野のアジトでのことよ。……私、1-Aの副担任であり、プロヒーローなのに……あの死柄木に拘束されて、されるがままになって……あんな情けない姿をあなたの前で晒してしまったわ」
「……ッ」
「私がもっと強く立ち回れていれば、あなたに余計な恐怖や不安を与えずに済んだかもしれない……。生徒であるあなたに……あんな胸糞悪い光景を見せてしまって、本当にごめんなさい……」
頭を下げようとするフローラ
だが、その言葉が言い終わるか終わらないかのうちに——。
(——ドォンッ!!)
爆豪の手から小さな爆破音が弾け、地面を叩きつけるような強い足音が響いた。
「ふざけんな——誰が情けねぇつったよ!!!?」
「爆豪……くん……?」
顔を上げたフローラは、息をのんだ。
爆豪が、血走った眼光で激昂しながら自分を睨みつけていたからだ。だがその怒りは、フローラに向けられたものでは到底なかった。
「情けねぇのは……俺の方だろが!!! クソがッ!!!」
爆豪は歯を食いしばり、胸の奥から絞り出すように吼えた。
「ヴィランやに捕まって拘束されて……目の前でその人が汚ねぇ手で触られてんのに……何一つ手出しできずに見てることしか出来なかった……俺が! 一番クソで情けねぇんだろうがよぉぉッ!!!」
「爆豪くん……」
「アンタは……自分にはバフも掛けられねぇ身体で、合宿でも神野でも俺を庇って命削ってただろ!! 最後の最後まで俺を逃がすために体を張り続けてただろ!!そんな奴を気安く触らせて、泣かせたままにした俺の負けなんだよ!!」
爆豪は悔しさと怒りで握りしめた拳を震わせ、吐き捨てるように言った。
「謝るんじゃねぇよ……! アンタが情けねぇなんて言ったら……あの場所で何も出来なかった俺は、どうすりゃいいんだよ……ッ!!」
「……っ」
爆豪の不器用で、けれど純粋すぎるヒーローとしての矜持と悔しさに、フローラは胸を強く打たれた。
彼は不安やトラウマを感じていたのではない。副担任である自分が傷つけられているのを前にして、何も出来なかった「自分の無力さ」に誰よりも腹を立て、悔しがっていたのだ。
「……そっか。……ごめんなさい、私……あなたの強さと優しさを、甘く見ていたわね」
フローラは目元に浮かんだ小さな涙を拭い、柔らかく、温かい微笑みを爆豪に向けた。
「ありがとう、爆豪くん。……あなたのおかげで、私も救われたわ」
「……ハッ、勘違いすんな。二度とあんな無防備にヴィランに触られてんじゃねぇって言ってんだよ」
爆豪はプイッと顔を背け、頭を掻きむしりながら自販機横のゴミ箱へ缶を叩き込んだ。
「……もう、二度と連れてかせねぇからな」
爆豪の熱い叱咤激励に救われ、目元を拭って「ありがとう」と微笑んだフローラ。
一度深呼吸をして覚悟を決めたような表情を見せたあと、ふと何かを思い出して、急に頬を赤く染め始めます。
そのままソワソワと周囲を気にしながら、爆豪の目の前で、人差し指を自分の口元にそっと当てました。
「……あ、あのね……爆豪くん。最後にもうひとつだけ……お願いがあるの」
「(眉をひそめて)……あ? なんだよ」
恥ずかしさに耐えかねて、声をひそめながら
「その……あのアジトで……死柄木に……変な触られ方をされてたこと……。
……相澤先生以外のみんなには、ぜったい、内緒にしておいてほしいの……ッ」
「……ッ!」
普段は凛としたプロヒーローであり、みんなのお姉さん的存在のフローラが、一人の女性として耳まで真っ赤にして「秘密にして」と頼んでくる。
そのあまりの恥ずかしがりようと、急な距離感の近さに、爆豪も一瞬でカッと顔が熱くなります。
咄嗟に明後日の方向へ顔を背けて、首筋まで真っ赤にしながら
「……あーーーッ!! 当たり前だクソバフ女!! 誰がそんな話他の奴らに言うかよ!!
余計な心配してねえで、さっさと自分の部屋戻れ!!」
「うぅ、ありがとう。……ふたりだけの、秘密ね」
爆豪は「秘密」という言葉にさらに顔を真っ赤にして「うるせえ!! 早く寝ろや!」と乱暴に叫びますが、その手は少し震えていて、荒い息を吐きます。
(……秘密とか気安く言ってんじゃねえぞクソが……ッ!!
……絶対……あいつ(死柄木)の思い通りになんてさせねえ……。絶対に俺たちが……先生を守る……!!)
背を向けて寮の入口へ歩き出しながら、ぽつりと落とされた小さな一言。
そこには、自分を庇ってくれた副担任を「次は必ず自分が守る」という、爆豪勝己なりの誓いが込められていた。
フローラはその背中を静かに見送り、プロとして、そして教員として生徒と共に強くなることを胸に誓うのだった——。
