ナイチンゲールの杞憂
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神野の事件から数日後。雄英の仮設寮へと移る直前、寮の爆豪の部屋の前。
フローレンスは何度も深呼吸をし、意を決して扉を叩く。
「……誰だ」
「爆豪くん……私よ。Ms.フローレンス。少し……話せるかな?」
少しの沈黙の後、乱暴に扉が開く。そこには、いつもの攻撃的な顔ではなく、どこか険しくフローレンスを見つめる爆豪が立っていた。
室内に入り、扉が閉まると、静寂が二人を包む。
フローレンスは爆豪と真っ直ぐ目を合わせることができず、ギュッと拳を握りしめながら、頭を深く下げた。
「……ごめんなさい、爆豪くん。本当に……ごめんなさい」
「……は? なんでアンタが謝ってんだよ」
声の震えを抑えながら
「私が……私が頼りない先生だったから。あんな……ヴィランに手を出されているような無様な姿を、あなたの目の前で見せてしまって……。
あなたを助けるどころか、一緒に捕まって……怖い思いをさせて、不安にさせて……本当に、ごめんなさい……!」
あのアジトで死柄木に髪を触られ、口づけを落とされていた時の恐怖、そして生徒である爆豪を守れず、むしろ彼に心配されてしまったという自分への情けなさが溢れ出してしまいます。
しかし、頭を下げ続けるフローレンスに対して、爆豪から返ってきたのは怒号でも呆れでもありませんでした。
チッ、と大きく舌打ちをして
「……ふざけんな」
「え……?」
爆豪はフローレンスの肩を掴むと、力任せに顔を上げさせる。その瞳は、怒りと、それ以上の不甲斐ない自分への悔しさで激しく揺れていた。
「何が『無様』だ、何が『申し訳ない』だッ!!
あの時、一番怖くて嫌な思いをしてたのはアンタだろうが!!
俺が……俺がもっと強けりゃ、あのクソ手カサカサ野郎の手を吹き飛ばして、アンタを今すぐ引っつかんで逃げられてたんだよ!!」
自分を守れなかったことを謝る先生に対して、爆豪は自分が弱かったせいで、先生があんな目に遭うのを目の前で見ていることしかできなかったという怒りと屈辱を爆発させます。
「アンタは必死に俺やみんなを守ろうとしてただろ!
だったら……そんな奴に気安く触らせて、泣かせたままにした俺の負けなんだよ!!
謝るんじゃねえクソバフ女!! アンタは堂々としてろ!! 俺が……二度とあいつらにアンタの髪一本文触らせねえくらい強くなってやるからな!!」
「爆豪……くん……」
言葉は乱暴で荒削りだけれど、そこには爆豪なりの「先生への絶大な尊敬」と「一人の男としてのプライド」が詰まっていました。
フローレンスは、自分が悲劇のヒロインぶって謝っていたことが恥ずかしくなると同時に、爆豪の不器用な優しさに救われ、涙を拭って少しだけ微笑みます。
「……ありがとう、爆豪くん。……うん、私も……もう絶対に負けない。強い先生になるね」
爆豪の熱い叱咤激励に救われ、目元を拭って「ありがとう」と微笑んだフローレンス。
一度深呼吸をして覚悟を決めたような表情を見せたあと、ふと何かを思い出して、急に頬を赤く染め始めます。
そのままソワソワと周囲(ドアの隙間など)を気にしながら、爆豪の目の前で、人差し指を自分の口元にそっと当てました。
「……あ、あのね……爆豪くん。最後にもうひとつだけ……お願いがあるの」
「(眉をひそめて)……あ? なんだよ」
恥ずかしさに耐えかねて、声をひそめながら
「その……あのアジトで……死柄木に……変な触られ方をされてたこと……。
……相澤先生以外のみんなには、ぜったい、内緒にしておいてほしいの……ッ」
「……ッ!」
普段は凛としたプロヒーローであり、みんなのお姉さん的存在のフローレンスが、一人の女性として耳まで真っ赤にして「秘密にして」と頼んでくる。
そのあまりの恥ずかしがりようと、急な距離感の近さに、爆豪も一瞬でカッと顔が熱くなります。
咄嗟に明後日の方向へ顔を背けて、首筋まで真っ赤にしながら
「……あーーーッ!! 当たり前だクソバフ女!! 誰がそんな話他の奴らに言うかよ!!
余計な心配してねえで、さっさと自分の部屋戻れ!!」
「ふふ、ありがとう。……ふたりだけの、秘密ね」
爆豪は「秘密」という言葉にさらに顔を真っ赤にして「うるせえ!! 出てけ!!」と乱暴にドアを閉めますが、その手は少し震えていて、背中越しにドアに寄りかかりながら、荒い息を吐きます。
(……秘密とか気安く言ってんじゃねえぞクソが……ッ!!
……絶対……あいつ(死柄木)の思い通りになんてさせねえ……。絶対に俺たちが……先生を守る……!!)
