ナイチンゲールの杞憂
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薄暗く、埃っぽいアジトの静寂を破るように、重々しい金属音が響いた。
「……くそがっ……!!」
椅子に強固な金属器具で拘束された爆豪勝己が、牙を剥き出しにして拘束を撒き散らそうと暴れる。そのすぐ隣には、同じく頑丈な鎖と拘束具によって身動きを封じられたフローラが座らされていた。
「無駄な足掻きはやめろ、爆豪勝己。それから……Ms.フローレンス」
目の前には、薄暗い部屋で首をガリガリと掻きながら、赤い目を血走らせて不気味に笑う死柄木が立っている。
今にも踊り出しそうなほど身体を揺らして
「あは……っ、あははははッ!! 本当に来てくれた……本当に俺の元に来てくれたんだ、フローラ……ッ!やっと手に入れた」
あまりの嬉しさに、指をワタワタと動かしながらフローラへじりじりと近づいてくる死柄木。
「触んな手カサカサ野郎が!! こいつに一歩でも近づいてみろ、ブッ殺すぞ!!」
「うるさいぞ爆豪勝己……お前はただのオマケ(スカウト対象)だ。静かにしてろ……俺はいま、大切な『恩人』と話してるんだからさ」
死柄木は爆豪を無視し、目の高さまでしゃがみ込んで、フローラの顔を覗き込む。
声のトーンを落とし、まるで恋人に語りかけるような歪んだ甘さ
「覚えてるだろ……? あの雨の日の路地裏でさ……。
お前は俺の痛みを消してくれた。俺を『死柄木弔』という怪物じゃなく、一人の人間として手当てしてくれた……。
ずっと探してたんだよ。あの温かい手が、どうしても忘れられなくてさ……。
もうヒーローなんて辞めろよ、フローラ。あんな偽物どもと一緒にいる必要なんてない。
これからは俺の傍で、俺だけを治して、俺だけをバフしてくれればいい……。俺たちの『仲間』になれよ」
死柄木弔が、拘束された二人の前へとゆっくり踏み出す。
その濁った赤黒い瞳は、爆豪を一切見ようともせず、ただひたすらにフローラの一点だけを凝視していた。
死柄木は乾いた声で呟き、首元をバリバリと掻きむしりながら膝をついた。フローラの前に顔を近づけ、その手に触れようと手を伸ばす。
執着と歪んだ所有欲に満ちた死柄木の瞳。だが、フローラはその視線を逃がさず、毅然とした強い眼差しで死柄木を真っ直ぐに見据え返した。
「……お断りします。私は雄英高校の副担任であり、人を救うために立つプロヒーローです。あなたの個人的な執着のために個性を動かすつもりはありません」
「……あはは! そう言うと思ってたよ」
死柄木が歪んだ笑みを浮かべたその時——隣で猛然と爆発の火花を散らした爆豪が、地獄のような低音で割り込んだ。
「……おい、そこの手だらけのクソ野郎」
「……あ?」
死柄木が疎ましそうに爆豪へ視線を向ける。爆豪は拘束具を軋ませ、殺気立つ瞳で死柄木を睨みつけていた。
「さっさとその薄汚い手を引っ込めろ。この人に二度と無駄な命削らせんじゃねぇ……ッ!! これ以上指一本でも触れてみろ、テメェの顔面吹き飛ばすぞ……!!」
合宿地でも自身の危険を顧みず生徒を守ろうとしていたフローラを見てきた爆豪は、彼女にこれ以上の負担をかけさせまいと猛然と威嚇する。
その緊迫した空気の中、アジトの奥に設置された大型モニターから、静かな笑い声が響き渡った。
『ふふ……元気な威勢だね、爆豪少年。そして……見事な意思だ、Ms.フローレンス』
オール・フォー・ワン(AFO)の声だ。
『自分自身には一切バフをかけられないという致命的な制約を負いながら、他者のために命すら削り落とす……。実に壊れた、しかし美しい個性【治癒(ドーピング)】だ。弔が君に固執するのもよく分かる。君の力があれば、弔の持つ『崩壊』のリスクすら相殺し、完璧な存在へと昇華できる……』
「……私は、誰かの破壊の道具になるためにヒーローになったのではありません……!」
フローラが毅然と突っぱねると、AFOはどこか冷酷に言葉を繋いだ。
『意思の強さは素晴らしいが、選択権が君にあると思わないことだ。……さて、イレイザーヘッドたちも今頃は対応に追われているだろうね。自分の一番最初の教え子であり、副担任として背中を預けていた君を奪われた。教員の責任としても、彼にとっても痛恨の極みだろう』
「……っ」
相澤の名を聞き、フローラはぐっと奥歯を噛みしめた。
教え子である爆豪と自分が奪われたことで、正担任である相澤先生や雄英の教師陣がどれほど苦しい立場に立たされているか。
(相澤先生……生徒たちを……雄英を、お願いします……ッ)
自らの立場とプロとしての誇りを胸に、フローラと爆豪は互いに視線を交わし、救出の時を信じて決して折れずに耐え忍ぶのだった。
