随筆的な……
日常系漫画とカンパン
2026/03/04 07:40日常
療養期間はまだまだ続く。今はありとあらゆる外部からの刺激が毒なのでニュースやSNSは勿論、電子書籍での読書もダメ。執筆もダメ。ブルーライトが安眠を妨げるから。
両手両足を縛られている閉塞感。日を追う事に病巣が発見される。
半ば自暴自棄に陥ってしまい、半ば腐ってしまい、半ば自己肯定感が最底辺に落ちている。
はずだったーーーーー!?!?!?(米国製のお馬鹿なコメディ映画の予告CM風に)
そんな私を救ってくれたのが日常系漫画だ。紙の本最強!! という話ではなく、紙の本でも低刺激な本(エッセイや自伝など)ならOKだったので「それならゆるふわな日常系漫画も良いだろう」と、段ボールに押し込んで封印していたコミックスの束を発掘してゆるふわな漫画とかゆるふわ系の百合漫画を片っ端から読んだ。
結果から言うと、日常系漫画はカンパンだなと。
うん。カンパンだ。非常食としてもおやつとしても優秀なカンパンそのものだ。
カンパンというものは基本的に連食に耐えるように設計されているので空腹の時であればいついかなる時でも飽きることがない上に最低限栄養が含まれている。更に腹持ちもいい。
却って、ゆるふわ系漫画はこれに当て嵌るのだ。既に読了したのでオチを知っている。だが、何度繰り返し読んでもドーパミンやエンドルフィンは大して体感せずにどちらかと言うと、オキシトシンを感じる。オキシトシンは性質上、ドーパミンのように逓減することがない。
飽きたと思っていた漫画を読み返しても、頭に染み入るように入っていき、癒しの効果が得られる。多分本当にオキシトシンがでているのではないか? と思う。
日常系漫画を中心に低刺激な漫画を読んで療養しています。
執筆も葉巻もSNSも外部情報の取得も封じられている時間が長いので、体が鈍りそうです。そんな世を儚んでしまいそうな気分の時にゆるふわ系日常漫画は本当に緩やかに浸透するんですよ。心に。
病巣に振り回されて、やさぐれた心がページを捲る事に癒される。
そして翌日になるとその快楽というか心地よさを忘れてしまうのですが、また、読むと癒しを得られる。
いつも本を読むときは不信の停止をして1周目を楽しみ、2周目から創作のネタや何かの気付きはないかと目を皿のようにして読むのですが、それらの本は知的探究心や純粋な好奇心を刺激させられる本ばかりなので、正直、大量の認知的リソースを消費します。
ですが、ゆるふわ系日常漫画は元から肯定でも否定でも刺激が低く、人物に投影して良し、俯瞰して見守っても良しのスタイルが多いので様々な角度から読んでも、血湧き肉躍る展開にはなりにくい。……まあ、この辺はどんな漫画を読んでいるかによりますが。
自宅療養で良かった。
早めに退院して良かった。
検査のたびに通院するのはこの季節は辛いですが、自宅でいるうちはほんの少しでも娯楽に親しむことができるので、なんとか精神衛生を守れている気がします。
今は療養に専念と思いつつも、運動不足によるフレイルに怯えながら生きています。
いつどのように変化する容態かはわかりません。このテキストを打ち込んでいる今は安定していますが、寛解とは程遠く、いつ、急変するか分かりません。
どうしてこうなったとか、このさきどうすればとか、昔を思い返して後悔しても何も解決しませんし、先を考えても、今の精神状態では見通しが明るいわけではないので不安しかありません。
少しでも自分の機嫌を大切にして、療養生活が少しでも快適になるように模索しています。
コーヒーや甘味も控え気味になりました。今まで以上に就寝起床の時間が厳密になり、睡眠の質の向上が厳しくなりました。
……よりによって衆議院選挙投票日に倒れてしまうとは。お陰でSNSのTLで選挙速報のライブ感が味わえなかったのが残念。
今日もゆるふわ日常系漫画を読みながら、白湯で腹を温めて布団に包まっています。
今の私の体力では自宅の周りを歩くだけの体力もありません。
私の気力を保つモチベーションは過去に散々読んで飽きてしまった(と、思っていた)一迅社とその他の漫画です。
これらの漫画は認知資源の消費が低いので実に心地良いのです。場合によっては緩やかなモルヒネを摂取しているような感覚に陥ります。
油断すれば悪い考えが叢雲のように湧き上がりますが、それをじっくりと鎮静してくれる漫画を称えて筆を起きます。
皆様に大変なご心配をおかけしましたことを心よりお詫び申し上げると共に、沢山のお見舞いの言葉をありがたく頂戴して感涙に咽び泣いております。
一日でも早く復帰して皆様の前に登場したいと思います。
両手両足を縛られている閉塞感。日を追う事に病巣が発見される。
半ば自暴自棄に陥ってしまい、半ば腐ってしまい、半ば自己肯定感が最底辺に落ちている。
はずだったーーーーー!?!?!?(米国製のお馬鹿なコメディ映画の予告CM風に)
そんな私を救ってくれたのが日常系漫画だ。紙の本最強!! という話ではなく、紙の本でも低刺激な本(エッセイや自伝など)ならOKだったので「それならゆるふわな日常系漫画も良いだろう」と、段ボールに押し込んで封印していたコミックスの束を発掘してゆるふわな漫画とかゆるふわ系の百合漫画を片っ端から読んだ。
結果から言うと、日常系漫画はカンパンだなと。
うん。カンパンだ。非常食としてもおやつとしても優秀なカンパンそのものだ。
カンパンというものは基本的に連食に耐えるように設計されているので空腹の時であればいついかなる時でも飽きることがない上に最低限栄養が含まれている。更に腹持ちもいい。
却って、ゆるふわ系漫画はこれに当て嵌るのだ。既に読了したのでオチを知っている。だが、何度繰り返し読んでもドーパミンやエンドルフィンは大して体感せずにどちらかと言うと、オキシトシンを感じる。オキシトシンは性質上、ドーパミンのように逓減することがない。
飽きたと思っていた漫画を読み返しても、頭に染み入るように入っていき、癒しの効果が得られる。多分本当にオキシトシンがでているのではないか? と思う。
日常系漫画を中心に低刺激な漫画を読んで療養しています。
執筆も葉巻もSNSも外部情報の取得も封じられている時間が長いので、体が鈍りそうです。そんな世を儚んでしまいそうな気分の時にゆるふわ系日常漫画は本当に緩やかに浸透するんですよ。心に。
病巣に振り回されて、やさぐれた心がページを捲る事に癒される。
そして翌日になるとその快楽というか心地よさを忘れてしまうのですが、また、読むと癒しを得られる。
いつも本を読むときは不信の停止をして1周目を楽しみ、2周目から創作のネタや何かの気付きはないかと目を皿のようにして読むのですが、それらの本は知的探究心や純粋な好奇心を刺激させられる本ばかりなので、正直、大量の認知的リソースを消費します。
ですが、ゆるふわ系日常漫画は元から肯定でも否定でも刺激が低く、人物に投影して良し、俯瞰して見守っても良しのスタイルが多いので様々な角度から読んでも、血湧き肉躍る展開にはなりにくい。……まあ、この辺はどんな漫画を読んでいるかによりますが。
自宅療養で良かった。
早めに退院して良かった。
検査のたびに通院するのはこの季節は辛いですが、自宅でいるうちはほんの少しでも娯楽に親しむことができるので、なんとか精神衛生を守れている気がします。
今は療養に専念と思いつつも、運動不足によるフレイルに怯えながら生きています。
いつどのように変化する容態かはわかりません。このテキストを打ち込んでいる今は安定していますが、寛解とは程遠く、いつ、急変するか分かりません。
どうしてこうなったとか、このさきどうすればとか、昔を思い返して後悔しても何も解決しませんし、先を考えても、今の精神状態では見通しが明るいわけではないので不安しかありません。
少しでも自分の機嫌を大切にして、療養生活が少しでも快適になるように模索しています。
コーヒーや甘味も控え気味になりました。今まで以上に就寝起床の時間が厳密になり、睡眠の質の向上が厳しくなりました。
……よりによって衆議院選挙投票日に倒れてしまうとは。お陰でSNSのTLで選挙速報のライブ感が味わえなかったのが残念。
今日もゆるふわ日常系漫画を読みながら、白湯で腹を温めて布団に包まっています。
今の私の体力では自宅の周りを歩くだけの体力もありません。
私の気力を保つモチベーションは過去に散々読んで飽きてしまった(と、思っていた)一迅社とその他の漫画です。
これらの漫画は認知資源の消費が低いので実に心地良いのです。場合によっては緩やかなモルヒネを摂取しているような感覚に陥ります。
油断すれば悪い考えが叢雲のように湧き上がりますが、それをじっくりと鎮静してくれる漫画を称えて筆を起きます。
皆様に大変なご心配をおかけしましたことを心よりお詫び申し上げると共に、沢山のお見舞いの言葉をありがたく頂戴して感涙に咽び泣いております。
一日でも早く復帰して皆様の前に登場したいと思います。
