随筆的な……

AI、便利ですよねー。

2025/07/29 14:51
デジタル全般
 これでも時代に取り残されないように(作風に影響されない範囲で)創作の一助としてAIをどのように使うか模索している。
 確かに便利。誤字脱字や日本語の誤用の『検索』程度ならば及第点で、単なる『たたき台』としてなら明らかに人間より優秀……まあ、AI生成の『たたき台』は感情論ではなく、自分のカラーではないのが生成されるので食指が動かないだけですが。
 それに推敲させると、どのAIをどのようなプロンプトで用いるかによると思いますが、書き手の個性というか手癖というか、文章の『ゆらぎ』が平坦に均されてしまう傾向が強いのでAIはまだまだ実戦投入したくないのが正直な所。

 創作全振り人間だから、創作方面からAIの活用を考えたけど、それ以外ならば割と【高い確率で正答を出す】ので、検索エンジンと同じくらい活用しています。

 それを踏まえた上で今回は少し思う所を書きたいと思います。

 ぶっちゃけAI時代は依存症の時代だと思う。
 AIは人が望むものを【割と高い確率】で生成する。それだけで既に脳に認知的負荷がなくなり頭脳の認知機能が低下する原因になる。
 それだけではなく、【高確率】でも生成されなかった場合、生成されるまでソーシャルゲームのガチャのように、生成するためのプロンプトを打ち込み続ける。一度でも欲しい物が生成されたという成功体験を積むと、後は望むものに近いものが生成される度にドーパミンが出て、プロンプトを打ち込んで生成を命じる手が止まらなくなる。快楽物質のドーパミンは記憶と結びつきやすいので依存症の物質とも言われている。
 そうなると娯楽としてヘビーに使う側としては、AIという人類史開闢以来の自律型ツールのAIに、選択や思考や決断を委ねて、快楽のみを享受しているだけの生物となる。 

 確たる意思を持って能動的に認知機能を活用せず、ドーパミンまみれの大脳辺縁系に支配された人間は【人間である所以】も捨ててしまっているのでは? とさえ思う。

 核兵器や銃火器は怖いけど、使用するか否かは、飽く迄人間が意思で決定する。
 だが、自律するAIは生活から切り離せないデジタル機器としてインフラの一つに数えられ、我々の認知的負荷の軽減に大変役立っている。
 最近のビジネス書の傾向を見ていても……特に社会人の勉強法や記憶術の本なのだけど、『知識や情報の記憶なんてスマホやPCに任せて、どんなワードやプロンプトを最適最速で脳内で引き出したり組み立てたりしてアウトプットするか?』という点に着目した書籍が多くなってきた感がある。
 それはビジネス書としても商業主義としても正しい判断で、これからも類似したカテゴリのビジネス書や実用書がたくさん生まれるだろう。

 どんなに喚いてもAIの利便性には勝てないし手放せないのだ。

 それは認めよう。
 で、だ。

 そこで私のような『自律思考型超音速戦闘機に対して零戦で戦いを挑むことに価値を見出すタイプ』の面倒くさい旧人類は、どうしてもAIよりも人間の方が優れているのかを証明したいしその方法を模索したい。……アプローチは人それぞれだが、私の場合は「そこに術があるのだから、それを道に昇華させる」ことにフェチズムを持っている人間にしか通用しないだろうが、時代遅れが最先端を打ち倒すジャイアントキリングをやってのけたいという【本能】だ。
 「よろしい、ならば戦争だ」というスタンスではない。
 新しいライバルが出現して心が踊っている戦闘民族っぽい気概さえある。
 
 で、まあ、冒頭のようにドーパミンに大脳辺縁系を支配されないようにするには? という点に着目した。
 具体的には、AI時代だからこそ、本来はAIを用いて秒で終わる書き物を、キーボードは使うが、精神はアナログで自分の頭で考えた文字列にこれでもか! と性癖や性的嗜好をガン積みして、AIが人の形をしていたのなら、完全にドン引きして汚物を見るような目をされるようなヘキの煮凝りを書きたい。
 それこそ、誰が読んでも、「これはAIで再現はできるが、AIでは生み出せない」と言われるような作品が書きたい。
 ……否。作品だけに留まらず、エッセイでもコラムでも壁新聞でも。勿論、SNSでの発信でも。
 
 以下は持論だが……。
 情報は劣化しやすく、知識は劣化しにくい。
 インプットとアウトプットの比率は2:8がちょうどいい。
 情報(ネット)2:知識(本)8くらいがちょうどいい。
 それにどんなに頭に叩き込んでも人間は最終的にその99%を忘れてしまう動物なのだ。それ以上を望むと今度は脳疲労を起こし、執筆どころではない。
 従って、少量の情報を多数の知識を活用して【加工】して世に送り出す事を考えているし、練習を繰り返している。この随筆的なものもその一環だ。

 コレに徹している間はAIを使用していてもドーパミンの作用により過剰なまでに依存することは避けられるし、認知機能は訓練される。
 少なくとも言語を司るブローカ野は動きっぱなしだ。プロットや下書きをペンと紙で書いているのなら、網様体賦活系が活性している。
 それに作業興奮で筆が乗ると、正直、作業興奮からのドーパミン分泌からしか得られない栄養素が摂取できる。シナプス後膜とシナプス前膜の隙間が脳内物質で繋がる瞬間を味わえる!
 と、同時に物書きならば誰もが欲しがる、想像と集中力を司る脳内物質アセチルコリンも分泌される。

 そんな訳で、目下の所、AIとの自分なりの共存を模索しています。
 何でもかんでも、「何も無かった昔に戻ろう!」という思想の人がいますが、それはただの自然主義的誤謬であり思考停止なのです。昔の人は食べられるもの食べていただけで、健康的なものを食べていたわけではないのです。

 最後に、個人的にAIに強く求めるのは……。




 【主人公の拳銃の残弾と発砲回数が一致していないと赤ペンを入れてくれる機能】です。

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