随筆的な……

心のガス欠とその対処。自分なりの。

2023/07/09 22:00
日常
 ここ暫く心のガス欠。

 疲労で脳のリソースを使い果たして無気力が続く。回復には何をすればいいだろうと考える毎日。実のところ、心のガス欠はこれが初めてではない。今までに何度も経験している。

 思考の空転。これも心のガス欠の症状だ。何か有意義な事をすることもなく、言うわけでもなく、一日が過ぎる。毎日が過ぎる。

 休養が一番なのは重々承知。

 自分のできる範囲で筋トレとウォーキング。ぬるま湯にゆっくりと浸かる。瞑想で一旦、脳内をリセット。人との接触やSNSから距離を置いて平静な環境を保つ。

 方法は幾らでも経験として知っている。それに同じ経験をするごとに、実際にバトルプルーフされた方法を試して何とか乗り切る。今回の心のガス欠も前述の方法を維持していれば必ず回復するだろう。

 いつ回復するかは分からない。それは仕方がない。体調だけでなく、体の加齢による変化も影響している。

 今回の心のガス欠に拍車をかけているのは、この梅雨の不快指数と気圧の変化だ。

 私は気圧の変動に覿面に弱い。
 直ぐに眩暈、頭痛、頭重、耳鳴りに悩まされる。起床時などは二度見したくなるような高血圧の数値が出る。

 心のガス欠に加えて気圧の激しい変化。

 実は……これはこれで、心のどこかが喜んでいる節がある。

 『今回の危機はこれで乗り越えた』
 『今回は前にから試したかったこの方法が試せた』
 『前はこうだったが、今回はこうなのか……』

 と、あたかも、実験のデータを採取するように苦しんでいる自分をメタ的に見ているのだ。

 決して辛いのや苦しいのが好きではない。辛い苦しいから世を儚んで呪詛を垂れ流す行為を全くの無駄だと考えているからだろう。どうせならこの苦痛苦難をいかに楽しもうか考えている自分が自分の中にいるのだ。


 今回は久しぶりの心のガス欠。
 それも気圧の変動の最中。
 楽しみ甲斐がある。さぞや面白いデータが取れるだろう。

 心のガス欠で死にはしない。私の場合、希死念慮すら浮かんでこない。

 なので、それが一種の安全装置になって、自分で自分を試す行為に及んでいるのだろう。

 若い頃は先人の言う有難い言葉や呼吸法だの瞑想だのを鼻で笑っていた。

 実際に頼る術もなく……医者も気圧の変動に対抗できる有効な治療法は持っていなかった。

 それで這う這うの体で、藁にも縋る思いで昔ながらの呼吸法や瞑想、軽い筋トレ、できる範囲でのウォーキングを試す。……重い体を引きずって完全に眉唾な顔でマジナイだと思っているそれらを試す。

 するとどうだろう。筋トレ十分、ウォーキング十分で掌を返したような状態になる。

 即ち、たちどころに動けるようになった。

 理屈は後から知った。
 脳内のセロトニン不足が原因。
 うつやうつっぽい症状は兎に角、有酸素運動をしていれば勝手にセロトニンが分泌される。

 過去に、この方法で何度もうつっぽい症状を脱した。

 今回はガス欠だけでなく梅雨の気圧が大きな壁。

 今までに集めてきた知識の試験場としては申し分なし。

 先日仕入れた、新しい学説やエビデンスで証明された対処の方法を試す機会にもなる。

 苦しいから何もせずに呪詛を垂れ流し、うつのスパイラルに陥るよりも、充分に抗ってから世の中の先人や医者を呪えばいい。

 先ずは馬鹿正直に挑戦してみようと思う。

 この文章を書きながら、自分自身に対して決意を表明しているのかもしれない。
 この程度の苦痛では負けないぞ! と。


 決意を紙に書いて人に見せると言う自己成長法が有ったと思うが……名前を失念した。
(2025.7.26カクヨムより移植)

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